13.おやつはポテトチップス

 お茶の時間にはサンドイッチやケーキと一緒にポテトチップスが出された。

 初めてのポテトチップスを前に、ノエル殿下もハインリヒ殿下もノルベルト殿下も戸惑っている。


「これはどのようにして食べればいいのでしょうか?」

「薄くてフォークで食べられそうにないですね」

「ここに置いてあるトングで取り分ければいいのですか?」


 戸惑うノエル殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下に、クリスタちゃんがさっと自分の分を取り分けてお皿の上から手で一枚取った。そのまま口に持って行ってぱりぱりと食べている姿を見て、ノエル殿下もハインリヒ殿下もノルベルト殿下も手で食べ始める。


「これは美味しいですね」

「止まらなくなります。ジャガイモは食事だと思っていましたが、こんな美味しいおやつになるだなんて」

「サンドイッチと同じで手で食べればよかったのですね」


 ノルベルト殿下はポテトチップスの美味しさに魅了されているし、ハインリヒ殿下も食べるのが止まらないようだ。ノエル殿下は上品に少しずつ食べているが、本当はたくさん食べたいようで、お皿の上には山盛りになっていた。


「たくさん作ってありますから、存分に楽しんでくださいね」

「エリザベートが料理長に提案して作らせたのです。料理で出ているポテトフライが薄くてパリパリだったらもっと美味しいのではないかと考えたようです」


 両親が勧めるままにノルベルト殿下もハインリヒ殿下もノエル殿下も、冷たいフルーツティーを飲みながらポテトチップスと軽食を楽しんでいた。

 同席しているふーちゃんは両手に持って食べているし、まーちゃんは口に詰め込んでいる。


 ポテトチップスが好評でわたくしはよかったと思っていた。


 部屋の中には氷柱が立てられて部屋を涼しくしている。風が吹くたびに窓際の表中に風が当たって、涼しい風が入って来る。


 お茶の時間が終わると、わたくしとクリスタちゃんはノエル殿下のところに行っていた。


「ノエル殿下、お部屋に来られませんか?」

「一緒にお話がしたいのです」

「ノエル殿下だけですか?」

「ハインリヒ、女性の部屋に入るのは失礼にあたりますよ」

「あ、すみません、エリザベート嬢、クリスタ嬢」


 わたくしとクリスタちゃんが誘うとハインリヒ殿下も来たそうにしていたが、ノルベルト殿下に諫められて落ち着く。

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は子ども部屋に行ってもらって、わたくしとくりすたちゃんはノエル殿下と部屋に行った。


 わたくしの部屋を見て、ノエル殿下が机の上の詩集にすぐに気付いてくれる。


「わたくしが差し上げた詩集を大事にしてくださっているのですね」

「少しずつですが、クリスタと一緒に訳して読んで、感想を言い合っています」

「わたくしの部屋にもあるのですよ」

「お隣りがクリスタ嬢の部屋ですか? 窓で繋がっているのですね」

「小さい頃にわたくしがお姉様と別々の部屋で暮らすのを嫌がったら、お父様とお母様が窓を作ってくださいました」


 しみじみと語るクリスタちゃんに、もう五年近くも前のことになってしまったのだとわたくしもしみじみしてくる。

 あの頃のクリスタちゃんは常に何かに怯えていたような気がしていた。痩せて目も落ち窪んで頬もこけていたクリスタちゃんが、今は明るく元気いっぱいで、水色の目も輝き、薔薇色の頬で、年相応に成長しているのを見ると、クリスタちゃんを引き取ってよかったと心から思う。


 前世を思い出し、わたくしが『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の悪役で、クリスタちゃんが主人公だと気付いたときには、クリスタちゃんとできる限り関わらないようにしようと心に決めたものだったが、クリスタちゃんが元ノメンゼン子爵の妾に虐待されていることを知ったら助けずにはいられなかった。

 あのときの選択は何も間違っていないとわたくしは思っている。


 クリスタちゃんの部屋に行くと、ノエル殿下はテラスに出た。テラスはわたくしの部屋とクリスタちゃんの部屋で繋がっていた。


「いい眺めですね。庭の噴水が見えます」

「冬場はサンルームで暮らしているのですが、ハシビロコウのコレットは春と夏と秋は外で暮らすのです。テラスから見える噴水がコレットのお気に入りの場所です」

「そうなのですね。わたくしもコレットが庭を歩くのを見たかったですわ」

「ノエル殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下が来られるので、庭の警備を増やしたのです。それで、コレットはサンルームに入れられました」


 テラスから庭を見下ろしてノエル殿下とクリスタちゃんが仲良く話している。クリスタちゃんはノエル殿下と話すのを楽しみにしていたので、わたくしは少し後ろから見守っていた。


 ノエル殿下はクリスタちゃんの部屋の机の上の詩集にも気付いていた。


「わたくしが贈った詩集を読んでくださっているのですね。わたくしが目指す詩とは少し違いますが、その詩もとても素晴らしいのですよ」

「わたくし、ノエル殿下の詩が一番好きなのです。ノエル殿下の詩を暗唱できるのですよ」

「え!? 本当ですか!?」

「『親愛なるクリスタ嬢へ。恋を叶える天使がいるのだとすれば、友情を育む天使がいてもおかしくはないでしょう。その天使の矢がわたくしとクリスタ嬢を結んでくれたような気分です。わたくしはクリスタ嬢をかたわらに咲く花のように可愛らしく思っております。わたくしの気持ちをどうか届けてください、春風さん』ノエル殿下がわたくしのお誕生日に贈って下さった詩です」

「嬉しい! わたくし、一生懸命考えて書いたのです。クリスタ嬢、一緒に詩を学びましょうね」


 詩の暗唱が始まってしまった。

 わたくしはノエル殿下の詩の意味が分からなくて困惑してしまう。

 芸術とは難解なものだが、わたくしはどうしてもノエル殿下とクリスタちゃんの詩のよさがよく分からない。それどころか、意味もよく分からない。

 友情を育む天使とか、天使の矢とか、春風さんとか、意味が分からない単語が出て来て、考えることができなくなってしまうのだ。


「わたくし、またクリスタ嬢に詩を書きますわね」

「楽しみにお待ちしています」

「祖国では兄や姉がわたくしの詩を馬鹿にしていました。クリスタ嬢はわたくしの詩を理解してくれてとても嬉しいのです」


 手を取り合うノエル殿下とクリスタちゃんの姿は美しいが、わたくしには理解不能な世界だった。


 ちなみに、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』にはノエル殿下は出てこない。

 ハインリヒ殿下は後継者争いに巻き込まれていたので婚約もしていなかったし、ノルベルト殿下も同じだった。

 ハインリヒ殿下は自分が皇太子に選ばれたことをよしとせず、廃嫡になろうと酷いふるまいをしていたし、ノルベルト殿下はそれを止めようとしてはいたが、うまくできなくて苦しんでいた。


 物語が変わったのか、ハインリヒ殿下は既に自分が皇太子であることを認めているし、ノルベルト殿下は隣国の王女のノエル殿下と婚約をして、将来は大公になることでハインリヒ殿下を支える体勢に入っている。

 ハインリヒ殿下がしっかりと未来を見据えているので、長子こそこの国を継ぐべきだというハインリヒ殿下派の貴族たちも手が出せないでいる。


 元々『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』が、真実の愛で以て子爵令嬢なのに皇太子の婚約者となる無理な展開があったし、ハインリヒ殿下も廃嫡になろうとするような自暴自棄なところがあったのが修正されて、正しい方向に向かっていると言っていいだろう。

 子爵令嬢ならば皇太子殿下の婚約者にはなれないが、クリスタちゃんが今は侯爵令嬢なので皇太子殿下の婚約者になれるだけの地位がある。むしろ、この国唯一の公爵家の令嬢として、皇太子殿下の婚約者にクリスタちゃん以上に相応しい人物はいないくらいだ。


「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下がお待ちだと思います。子ども部屋に行きましょう」

「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下はフランツ殿とマリア嬢に困らされているのではないでしょうか」


 悪戯っぽく笑うノエル殿下に、それならばますます早く子ども部屋に行かなくてはとわたくしは足を急がせた。

 子ども部屋に行くと、ハインリヒ殿下のお膝の上にまーちゃんが座っていて、ノルベルト殿下のお膝の上にふーちゃんが座っていた。堂々と座っているのでヘルマンさんもレギーナも何も言えずにいるようだ。


「エリザベート嬢、助けてください。フランツ殿とマリア嬢が絵本を何回も読ませるのです」

「同じ絵本を何回も読んでいて、飽きて来てしまいました」


 助けを求めるハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお膝から、わたくしがふーちゃんを抱き上げて、クリスタちゃんがまーちゃんを抱き上げると、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は安堵したような顔になる。


「ハインリヒ殿下もノルベルト殿下も、ユリアーナ殿下が大きくなったらこれくらいはされるものと覚悟なさった方がいいのではないですか?」

「ノエル殿下、意地悪なことを言わないでください」

「ユリアーナもこんな風に育つのでしょうか」


 助けられたハインリヒ殿下とノルベルト殿下に、ノエル殿下はくすくすと笑っていた。

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