強制死にイベントの推しキャラ救えるのは、悪役転生者の俺だけ
なんかイイ感じになりたい
第1話 イジメなんてやってる場合じゃねえ
どんなに救いたくとも、どんなに思っても、救えない人がいた。
そんな悲しい運命に抗えない。
だって、彼女はゲームの世界に登場する推しキャラだからだ。
ゲーム制作者はなんの恨みがあったのか、別にストーリーに直結するわけでもないのに、俺の推しキャラを強制死にイベントに巻き込んで行ってしまう。
あらゆる選択肢をやり直した。
他の道は、他の手段は、試行錯誤すること毎夜のごとく。
あらゆる分岐ルートを潰して、およそ1000をも超える可能性を潰して行った頃、俺はあきらめた。
「ダメだ」
そう。全てのルートを確認し尽くしたのだ。
それでも、彼女は死ぬしかなかった。
チートに手を出したところで不可能だ。ゲームが進行する以上、彼女は死ぬしかない。感動的なストーリー、ラストの美しい光景。何度結末にたどり着こうとも、彼女はいないのだ。絶対に。
なぜならば、彼女は死ぬ運命を背負っているから。
◇◇◇
まるで詩集でも作れそうな過去の自分の語りが、久しいものに感じられた。
それもそのはず。
どうやら、俺は新しい生を受けてしまったようだ。
「もうやめてえ!」
当たりから悲鳴に近い叫び声が響き渡る。
ん? なんだこれは。なんなんだ、目の前のこの光景は。
俺は誰かに馬乗りになり、汚い言葉を投げかけながら、暴力を加えている。
なんておぞましい光景だ。
傍には身なりの良い執事風の男が立っており、平然とこの光景を見ている。
なんなんだ、この終わっている状況は。
振り下ろす拳を止め、辺りから辞めるように懇願される言葉を聞いて、俺は気づいてしまった。
「レイヴン・ナイトメア様! どうか、どうか……」
膝をついて懇願する少女の言葉に、俺はあまりにも衝撃を受けた。
レイヴン・ナイトメアだと……!?
俺がこの名前を忘れるわけがない。
絶対に忘れることのない、憎き名前。クソでうんこで下水道の臭いがする名前とまで言ってしまおう。
愛してやまないRPGゲーム『オデッセイの秘宝』に登場する悪役キャラ。それだけに非ず。
なんと、こいつは……。こいつだけは許せない!
レイヴン・ナイトメアは、俺の推しキャラ『ミクリア』を殺すクズなのだ。強制死にイベントを迎えるミクリアは、1000を超えるストーリー分岐のあらゆるパターンにおいて、必ずレイブンに殺される結末を迎える。
必ずだ。クソレイブンがあ! 死ね、カス!
俺はそれを阻止するため、ブラック企業で搾取されながらも、更に自らを追い込み睡眠時間を削ってミクリアを救う未来を探し求めた。睡眠時間を削るのは、すなわち命を削る行為だ。それでも、俺はミクリアを救いたかった。それほどまでに、彼女は俺の推しであり、生きる目的だった。
「ははっ……」
なんてことだ。
ミクリアを救うために生きてきた俺が、ミクリアを殺す人物に転生しようとは。そりゃ渇いた笑いも出る。
馬乗りになった状態から立ち上がり、俺は現実を確かめるために近くにあった小川へと足を運ぶ。
透けるような水面に映ったイケメンは、間違いなくレイヴン・ナイトメアのそれだった。
男性とは思えない繊細で美しい容姿。どこか中性的なその顔は、女性だけでなく、中年男性をも刺激してしまうようで、原作でも尻を狙われる描写がなんどかあった。数少ない、レイブンのざまぁ回である。尻を掘られた直接的な描写はなかったにせよ、考察界隈ではやはり掘られている説が有力なようで、俺はその説を確かなものにするための材料を考察サイトに投稿しまくっていた。掘られてろ、カスめ。
何度見ても、目の前にはそのカスがいた。
美しいが、醜い内面を持った男、レイヴン・ナイトメアに違いない。
俺が暴力を辞めたからだろう。
叫んでいた少女が倒れた男性に肩を貸して立ち去ろうとしていた。一刻も、この災害に似た男(俺)から離れたいのだろう。
俺は貴族で、相手は一般市民。変に抗うより、離れるのが一番だ。
振り向いた俺がそれに気づいたが、止めることはしない。
もう、そんなくだらないことに時間を費やしている場合じゃない。
俺には新しい使命が生まれたのだ。
彼らへの謝罪は後にするとして……ていうかこんなことを当たり前のようにやっている時点で、レイヴン・ナイトメアは既にとんでもない恨みを背負っているんだろうな。
その負債を俺が返していくのか……。想像もつかない程の恨みを背負っている可能性もある。くぅ……。
まあ仕方ない。
前世でだって、俺はブラック企業の尻拭いを沢山してきた。
納期を守らない会社の代わりに、なんど取引先に謝罪に行ったことか。床にうつぶせになって謝る、最高土下座を習得したんだぞ。あんなスキル欲しくなかった。
この世界でも通用するかな? するなら是非とも使用してみたいと思う。
あまり暗いことばかり考えるな。今は前向きに考えよう。
皮肉にも、俺はなぜかレイヴン・ナイトメアに転生したのだが、これは考えようによっては幸運だ。
だって、今やこの体は前世の俺が乗り移っている。
記憶や過去の感情は脳内に残っているが、自我は俺そのものだ。
ということは、『ミクリアを殺さない』という選択肢がとれる。
あらゆるパターンにおいて、クソのレイブンがどうしてもミクリアを殺す運命を、この俺の手によって支配できるのだ。
なんという幸運。皮肉な運命だと思ったが、まさに俺がその運命を変えられる人物ではないか。
そう考えると、少しだけ気分が高揚してきた。
「悪役転生か。どうやらミクリアを救えるのは俺しかいない」
そうだ。そうなんだよ。
これは、変えられないと思われていた運命を変える、俺に与えられた新しいチャンスの物語なのだ。
俺に出来ること……それは――。
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