ドキッ☆ 男だらけの健康診断。ラッキースケベは絶対回避! その4

 もう何人目、いや何十人目だろう。

 最初こそ、男子から「好き」だの「お前だけだ」だの、それこそ歯が浮くようなセリフに、悪寒や鳥肌がクソほど立ったのだが。慣れというのは怖いもので、五十人目を越えた辺りから、俺は冷笑を浮かべて「あぁ」とか「うん」とか心にも無い返事をしていた。


「今何時だ……」


 ポケットから取り出したスマフォの画面には“11:37”の文字。もうすぐで昼飯の時間だが、一日使うと言っていたし、午後からもこの地獄は続くのだろう。


「あぁ……、早く解放されたい……」


 机に突っ伏し、俺はこのまま寝てしまおうかと考える。だから気づけなかったのだ。次に誰が来ていたのかを。

 す……と右耳辺りを軽く撫でられ、俺は違う意味で背筋をぞくりとさせながら慌てて飛び起きた。健康そうに短く切られた赤髪が見え、俺はしまったと冷や汗をかく。


「なんだ、起きてたのかよ。そのまま寝ていても、いや嘘寝でもよかったんだけどな」

「た、太刀根……」

「なぁ護。前に俺が言ったこと、覚えてるか?」

「え? いや、あの……」


 知っているとは思うが、俺には“前”がそもそもとして存在していない。いや、設定では“前”があるのかもしれないが、俺に認識出来る範囲では思い当たらない。

 答えられずに口ごもっていると、太刀根は「いや、いいんだ」といつもは明るいその顔を、少しだけ曇らせた。


「覚えてなくてもいいから、聞いてくれ。俺、あの日のこと嬉しかったから。受け入れてくれたこと。それを伝えてなかったから、どうしても伝えたくて」

「あの日……?」


 なんだあの日って。俺は覚えていない、いや知らないはずなのに、それを思い出さなきゃいけない気がした。だから「太刀根……っ」と問い詰めようとしたところで、


「はぁい、午前の部は終了よぉ。ご飯を食べたら、終わってない項目の測定をしちゃうわよぉ!」


と牧地の校内放送に邪魔されてしまった。太刀根は「じゃ、また後でな」とニカッと笑い、保健委員から用紙を返してもらうと、急ぎ足で体育館を出ていった。


「なんだよあの日って……。“俺”は何を受け入れたんだよ……」


 P席の女子たちが「太刀根くん、儚げでよかったぁ」と騒ぎながら出ていく。教室のセット効果もあってか、今の俺は完全に『女子から意味深なことを言われた鈍感男子』の図だ。こんちくしょう。


 ちなみに今年会長が係になったのは、犠牲者を増やさないためだそうだ。そんな会長の去年のポージングとセリフは、顎を無理矢理上げさせてからの“喋るな”だったことは、この学園の伝説らしい。

 本当にどうでもいいんだが。

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