Episode 67 - 規則の抜け道
「――と、こういうわけですの。あなたの言葉を借りれば、チョロいと思いません?」
説明を終え、カニンガムは煽る意味も込めてリエリーの言葉を拝借してみる。ソバカスが目立つしかめっ面は相変わらずで、ギロッと、こちらを睨み返してきた。
「どこが? ぜんっぜん、チョロくないし」
「何を言ってますの。実戦経験の鬼のようなあなたにとっては、基礎の手技を競うなんて、朝飯前ではなくて?」
「内容のことじゃないってば。条件のこと」
そう言いながら、リエリーが競技大会――〈レンジャー・コンペティション〉の出場者に関する取り決めを定めた資料を指差す。
「『出場チームの最少構成人数は3名以上、1名の訓練生帯同につき、0.3倍の加点』って。無理じゃん、こんなの。てか、この条件ってあからさまに大チーム優遇じゃん。どこが、ペア・レンジャーの救済措置なのさ」
リエリーの指摘は的を射ていた。
カニンガムが分析しても、否、おそらく威療士に携わる者なら誰でも、この“救済措置”にとやらに眉をひそめることは間違いない。
チームの人数はともかく、訓練生の帯同に加点を設けている時点で、明らかに多人数のチームのほうが有利だ。
ただでさえ命がけの救命活動。
そこに、訓練生を連れて行くのは、威療士にとって大きな負担に他ならない。
少人数チームにそのような余裕があるはずもなく、自然、訓練生の実習は多人数のチームが受け持つことになる。
多人数のチームで実習を受けた訓練生は当然、ライセンス取得後も多人数のチームへの所属を好み、大半が実習を受けたその“古巣”に配属されることを望む。
この循環が根付いている以上、リエリーが言うとおり、競技大会が多人数のチームを重視していると指摘を受けるのは当然の流れだった。
「確かに、そう捉えられても仕方のない
「ハリハリ、大チーム推しだし?」
片方の眉をクイッと引き上げて、少女の威療士が皮肉をぶつけてくる。
これも、鋭い指摘ではあったが、同時に偏った指摘でもある。
「ハリス本部長は、この街の人口構成をもとにチームを采配していますの。多人数のチームと、少人数チームが効率よく救命活動できているのは、彼の采配の成果ですわ」
「カミカミはハリハリにお熱だしね。……痛っ」
「大人をからかうものではくてよ?」
リエリーの肩を小突きながら、だがカニンガムも似たようなことを感じていた。
(ジョンは何を考えているんですの。これでは、ただでさえ衝突の多いチーム間の諍いを増やしてしまいますわ。……まさか、それが狙いとでも?)
浮かんだ推測を、首を横に振ってすぐさま否定する。
ジョン・ハリスは突拍子もない決定を、面白半分で大真面目に下すが、そこには必ず、彼なりの
今回の競技大会開催も、きっと彼の目算があるに違いない。
「ま、ハリハリが許可してくれなかったら、あたしたちはここで救命活動できなかったわけだし、大目にみてやるよ」
「まったく、どの口で言っているんですの……」
呆れる一方、勝ち気な少女の威療士の口から自然と出た言葉に、カニンガムは少し驚いた。
(ジョイナーも、16ですものね)
訳ありゆえに、他の地では威療士活動が認められなかった当時のセオークを、カシーゴ・レンジャーに迎え入れたのはハリスだ。当時のカニンガムはハリスの秘書を務めていたので、あのときのことはよく覚えている。
――本当によろしいんですの、本部長? 彼の過去が明るみに出れば、カシーゴ・レンジャー全体に影響がおよびますわ。
――構わないとも。要は、明るみに出なければいいんだよ。
――それは、そうですが……。ですが、どうやって?
――カニンガム君。レンジャー・セオークの資料をすべて、暗記してくれ。終わったら、原本は破棄していい。それで、情報は我々の頭の中だけに残る。上に出す資料は、僕がやっておくから。
(あのころから、無茶ばかり言う人でしたわね)
危ない橋渡りではあったが、セオークがカシーゴ・レンジャーに加わって以来、救命活動の数も質も格段に向上したのは事実だ。
今でも一部の威療士はセオークに思うところがあると聞くが、それでも彼の救命活動に刺激を受け、カシーゴの威療士たちが向上心を高めていった功績は計り知れない。
「じゃあさ、カミカミ」
「何です?」
「あたしが、チームメイトをリクルートしていい?」
「……どういう風の吹き回しか、理由を聞いても?」
「あたし、風遣いだよ?」と、お決まりの返し文句を言い放ち、「人数が足りないんなら、引っ張ってくるだけだし」とリエリーが言葉を継いだ。
「あなたがそう言うと、なんだか嫌な予感しかしないのですが……。先に言っておきますが、
「わぁってるよ。そもそも、
「それを自慢げに訊かれても困りますけれど。……でしたら、どういう作戦か、聞かせていただけますかしら、レンジャー・ジョイナー」
「ふっふん。大会に出るんじゃん。だったら、とーぜん、狙うは
「……いつものわかりにくいジョーク、ではなさそうですわね。本気なんですの? レンジャー・セオークならまだしも、あなた、そういうのはできないんではなくて?」
「できないんじゃなくてやらなかっただけ。あたしは、ぜったい、独立するんだ。そのためなら、なんだって、やる」
「ジョイナー。あなた、その理由をレンジャー・セオークにしっかり伝えたことはありますの?」
「言ったってば。あたしは、世界最高の威療士になる、って何度も――」
「――もう一方の理由ですわ」
被せたカニンガムの言葉に一瞬、少女威療士の表情が曇るのをベテランオペレーターは見逃さなかった。
「……言う必要ない。カミカミ、もしロカに言ったら……」
「言いませんわよ。あなた、独立を目指してるんでしょう? いちいち節介を焼いたりしませんわ。ただのアドバイスです」
「はいはい、礼だけ言っておくよ」
片手をヒラヒラさせ、リエリーが背を向ける。人生の先達として掛けるべき言葉は他にもあるのだろうが、カニンガムはそれを呑みこんで見送る。
「これからどちらに?」
「いろいろ。やることが決まったら、それに向けて準備しないと」
「そうですわね。でしたら立場上、手伝いはしませんが、応援くらいはしてさしあげますわ、レンジャー・キッド」
「うっさいなあ、カミカミ。……サンキュ」
小さいが、微かに耳へ届いた、礼の言葉。
そのモスグリーンの背中が入ってきたときと同じように窓枠をくぐって消えると、直後に急上昇し、間を置かず救助艇の甲高いエンジン音が遠ざかっていく。
「頑張ってくださいまし、リエリー」
闖入者が去り、静けさを取り戻した部屋で、カニンガムはしばらく窓外の景色を眺めていた。
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