Episode 61 - 無垢なる問い
「――お待たせ。チョコレートシェイクと、エイプリルはブラックコーヒー」
「わぁー。ありがと!」
「わ、私のぶんまでごめんなさい、ジョイナーさん」
「いいの、いいの。あ、そうそう、クロエのシェイク、薄めで作ったから」
クロエのカップへ目をやっていたエイプリルにそう声をかけると、明らかにホッとした様子で会釈を返してきた。「えー、わたし、濃いほうがすきー」と、頬を膨らませるクロエに対して、リエリーは「薄味のよさがわかるのがレディなんだけどね」と返すと、真ん丸い目をパチクリさせた少女は、ゴクゴクとストローを吸いながら「おいしー」とご満悦だ。
ソファに腰掛けた二人に飲み物を出し終え、リエリーはローテーブルへトレイを置くと、クロエの隣に座った。両手でカップを抱え、美味しそうに喉を鳴らすその細い髪をそっと指に絡ませていく。
「髪、のびた?」
「うんっ。もっともっと長くするの。ママみたいにするんだ!」
「そっか」
クロエに母はいない。正確には、彼女の母親は今もこの威療センターの一角で昏睡状態にある。
(あたしが、5人目に〈ドレスコード〉した“腹ぺこ”だ。あのときのクロエはまだ、泣いてばかりだったっけ)
リエリーはこれまで自分が
(“腹ぺこ”の人生を奪うんだ。あたしが、覚えててやらないと)
救命活動の結果がどちらへ転んでも、涙幽者となった相手の一生は様変わりしてしまう。涙幽者化以前まで回復する者もいると聞くが、それはごく少数に過ぎない。
威療士の仕事をそう捉えているリエリーにとって、自分が手に掛けた相手のことを知ろうとするのは、一種の責務だと考えていた。
命を救うため、人生を奪う。
そのことを、一度たりとも迷ったことはない。
命がなければ、人生も何も、ありはしないのだから。
だが、迷わないからといって、何も感じないわけがなかった。
(きっと、もっといいやり方があるんだ。あたしがそれを見つける。そうすれば、きっと……)
「ねーねー。エリーお姉ちゃんは、ルーママとパパロカのおしごとに行かないの? いっつもビューン! って〈ハレーラ〉ちゃんで飛んでいくでしょ?」
「……怒られたんだよ、あたし。だから、留守番」
「パパロカに?」
首を捻って、クロエが上目遣いで問い返してくる。やはり聡い子だ、と思いつつ、リエリーは自然と言葉を紡いでいた。クロエが相手だと、なぜだか素直に口にすることができる。
「そ。あたしの覚悟が足りないんだってさ」
「かくご?」
「まだまだお子ちゃまなんだって。クロエはそんなこと言われたら、どうおもう?」
「うーん……」
「いらいらとか、むかむかとかさ」
「しないかなー?」
「ふーん。クロエ、大人じゃん」
「ちがうよ。だって、わたし、まだ子どもだもん」
あっけらかんと言ってみせたその言葉に、リエリーは束の間、虚を衝かれていた。
「あれ? クロエ、いつも『はやく大人のレディになりたい』って、言ってなかったっけ?」
「うん、はやくレディになりたいよ? でも、子どものうちにいっぱい遊ばないと、大人のレディにはなれないって、ママが言ってたの」
「……クロエのママは、なんでそうしないと大人になれないのか、言ってた?」
「うん。いっぱい遊んで、いっぱい勉強して、ちょっぴり失敗して、たーくさんのことができるのは、子どものうちだけだからだって。……わたし、失敗ばっかりだけどね」
「なんでさ? クロエ、いつも図書室に行ったり、ちっちゃい子たちにいろいろ話してるし、遊んであげてるじゃん」
「でも、わたし、泣き虫さんになっちゃった。泣き虫さんは、みんなに嫌われるんだ。それに、いつか、わたしもママたちみたいになっちゃうんでしょ?」
「っ――」
つい、髪を編む手が止まっていた。
今すぐ『そんなことはない』と言ってやらなければならない。そうとわかっているのに、そんな簡単な一言が、どうしても出てこなかった。
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