第35話:天使の恩返し

「にゃにゃにゃ、にゃにが、悪魔の処刑人よ!!」


 西方リリカはそう叫び、足踏みをした。

 床をガタンとする音さえも、余裕のなさが伝わってくる。


「さっさとそのスマホをこっちに寄越しなさい!!」

「渡すはずがないでしょ? アンタらを地獄に落とす絶好のチャンスに」

「あぁ〜あ、やっちゃたね❤︎ 折角、今ならまだ許してあげようと思ったのに」


 土下座して謝れば、まだ見逃してあげようってこの尊大なあたしが。

 でも、もう絶対に許してあげない。もう決めたから。

 そう腕を組み直しながら、西方リリカは強気な態度で。


「名誉毀損で訴えてやるわ!! 賠償金は100億円よ、100億円!!」


 バカに付ける薬はないというが、その通りである。

 テレビのニュースなどで知った難しい言葉を使うのだから。


「最近はね、プライバシーの侵害ってのがあるの!! 無知でバカなアンタには分からないかもしれないけど、あたしは知ってるんだから!! ドゥーユーノウプライバシー??」


 下手くそな英語をわざわざ話す西方リリカ。

 異なる言語も扱える自分カッコいいとでも思っているのだろうか。

 ともあれ、そんな脳内お花畑のバカ女に、東雲翼は言う。


「別にいいわよ。勝手にすればいいじゃん」


 天使のツバサは、決して挫けない。

 彼女にもう一度翼を与えてくれた人を助けるためには。

 自分がどんな被害を被ろうと関係ないと思っているのだ。


「アンタらが、わたしの彼氏にした仕打ちを全て暴露するから!!」

「そんなこと絶対にさせないわッ!! 覚悟しなさ〜い!!」


 女豹のような眼差しを向け、西方リリカは東雲翼へと飛びかかった。

 手を伸ばした先には、絶賛撮影中のスマホがある。

 生配信を終わらせ、全てをあやむやにさせるつもりなのだろう。

 でも、しかし——。


「……いたたたたたたッ〜!?」


 勢いをあまりにも付けすぎて、西方リリカは体勢を取れなかったようだ。

 頭から床へと倒れて、打ち付けた部分を押さえている。


「ちょ、ちょっと!? どういうことよ!! あたしの攻撃を避けるなんて!!」

「……いや、敵意丸出しの人が迫ってきたら誰でも避けるでしょ?」

「でも残念だったわねぇ〜❤︎ アンタは、あたしたちに何もできない」


 人気商売の世界では、数字を取れないと意味がない。

 廃進広大一味のチャンネル登録者数は300万人。

 それに対して。


「アンタのさ、チャンネル登録者はあたしたちの10分の1以下❤︎」


 天使のツバサ——チャンネル登録者は30万人規模。

 フォロワー数100万人を超えるのが当たり前になった動画界隈では、一見その数字は少なく見えるだろう。


「チャンネル登録者300万人のあたしと、30万人のアンタ❤︎ 視聴者がどっちを応援するかなんて、誰が見ても一目瞭然だと思うんだけど? さぁ、どっちかしらねぇ〜❤︎」


 だが、しかし——。


 動画クリエイターとして大切なのは、見かけの数字ではない。

 どれだけ人々の心を、視聴してくれた人の心を揺さぶれるのかだ。

 その点で語るとすれば、天使のツバサは超一流のクリエイターである。


「数字はただの数字。仮初めの数字じゃ、何の意味もないと思うけどね」

「ふんっ!! 何を言っているのかしら? 負け惜しみ??」

「アンタたちの動画って、300万人規模なのに……直近の再生回数3万ぐらいじゃない?」

「えええッ!!!!!! ちょ、ちょっと、そ、それは偶々よ、偶々ッ!!」

「わたしの動画は、毎回平均で100万回再生されてるけどね」


 天使のツバサは、単純な数字上では図ることができない。

 カルト宗教的な信者を生み出す化け物動画投稿者なのだ。

 彼女の歌声を聞いた者は、誰もが時間を忘れて、心を奪われてしまう。

 実際——歌の生配信を行えば、常時10万人超えの人々を集めている。


 そんな彼女が、久々の復活配信を行っているのだ。

 それも自分の顔を世間に晒した実写の生配信で。


「それに今も30万人規模の視聴者が見てるけど、まだ強がってみる?」

「ささっさささ、さんじゅうまんにんだと!!!!」


 我に返った廃進広大は、その視聴者数の多さに度肝を抜いてしまう。

 以前、生配信を行ったときでさえ、10万人を超えるのがやっとだったのにと。

 それなのに——今は、あのときの3倍の視聴者が見ているのかと。


「広大くん、何を言ってるの? 30万人なんて、あたしたちの動画でも簡単に出せるじゃん」

「リリカ!! 動画と配信は勝手が違うんだよ!! オレたちとは圧倒的に格が違うんだ!!」

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


 自分のことを世界で一番可愛いと思ってるバカな女は何も知らなかった。

 生配信の世界で数十万人も個人で集めるのは、世界でも指で数える程度しかいないことを。

 赤茶髪の悪魔は動画投稿者としての知識及び技量は何もないのだから。

 動画撮影をしない時間はエゴサして、自分を崇める信者の声に惚れ惚れしていたのだから。


「ねぇ、幼馴染みさん。まだ余興は始まったばかりだよ? 驚くべきことはこれからだよ」

「えっ……? どどどどど、どういうこと!! まだ何かあるっていうの!!」


 それに、悪魔たちは何も知らない。

 天使のツバサが配信するチャンネルのコメント欄があまりにも早く動いてることを。

 そのコメントの8割が、自称カリスマ動画投稿者——廃進広大と西方リリカへの誹謗中傷であることを。


「ありがとうね、幼馴染みさん」


 あなたのおかげで計画が上手く進んだからさ。


「あなたのお、おかげ……? あ、あたしは……な、何も」

「ううん、あなたのおかげよ。あなたがそのペンダントを持っててくれたから」

「えっ……?」

「実はね、それには小型カメラと盗聴機能が付いてたんだよね」

「はぁあああッ?」

「それでね、随時わたしのスマホに送られてきてたんだよね」

「や、やめ……やめて……やめ、やめて……やめて」


 突然の出来事に呆然とする西方リリカ。

 青ざめた表情で、弱々しく掠れた声を出すしかない。

 そんな彼女を心底楽しそうな笑みを浮かべて見下しながら、東雲翼は「その中にね」と呟き。


「あなたたちがバチャ豚くんわたしの彼氏をイジメる姿も、脅迫・強要していたことも」


 それに、と強めな口調で呟いてから。


「人様の死を利用して金儲けしようとしていたことも。ぜーんぶ、視聴者にバレてるんだよ」


 苔ノ橋剛が教室に入る前に、SNS上で投稿した一本の動画。

 暴露MAD動画。

 それはあくまでも——今までの布石に過ぎなかったのだ。


「うそよ!! うそよ!! そんなの全部嘘っぱちよ!! ありえないわ!!」


 最高の舞台を作り上げるための。

 最高の配信環境を整えるための。

 奴等全員を地獄へ突き落とすために。


「ありえないというなら、確認してみればいいじゃん。今、最も勢いがあるのはあなたたちだよ」


 まぁ、悪い意味でしかないけどね。

 そう呟きながら、東雲翼は満面の笑みを浮かべた。


「どうしてよ!! どうして!! あたしたちの悪口ばっかりなのよ!!!!」


 東雲翼の狙いは、SNS上位トレンド独占。

 SNSに表示されるのは、1位から20位のみ。

 それを全て奪うことができれば、ネット民の誰もがその情報を目にすることになる。

 だからこそ——。


「どこを見ても……どこを探しても……あたしたちの誹謗中傷しかない!!」


 東雲翼は利用したのだ。

 この絶好のタイミングを。

 廃進広大たちが生配信を行うこの日を。

 奴等の絶大的なフォロワー数を利用して、出来る限り多くの人間の目に届くように。


「鳴り止まないね、幼馴染みさんの通知音。今まで自分を愛してくれた信者さんからかな?」


 東雲翼は可愛らしい顔なのに、死神のように微笑んだ。

 西方リリカに届いたメッセージが、全て悪意あるものだというのを知っているのにも関わらず。


「お、お前……ど、どうやったんだ?? どうやってこんなことを……?」


 動画クリエイターとして悔しいのだろうか、廃進広大は頭を抱えた。


「簡単な話だよ。全国の大型ビジョンでアンタらの悪事を中継してたからさ」


 ネットの世界だけでは、全国規模なトレンド入りはできない。

 徹底的にやるには、地域別のトレンド入りも獲得する必要がある。

 それをするために——。

 東雲翼は、全国各地の大型スクリーンへ頼み込んだのである。


 それに加えて——。

 事前に暴露MAD動画を投稿し、勝手に『廃進広大』含む多数のワードがトレンド入りさせたのだ。『天使のツバサ』『素顔』『美少女』『バチャ豚』『暴露動画』などの言葉もトレンド入り。


 その結果、SNSを使用する者全員の関心を一気に集めることに成功したのだ。


————————————————————————————————————————————

作家から


 時間足らず。

 今日はここまで。


 ちなみに——。

 超大型スクリーンのアイデアは、読者様から頂きました( ̄▽ ̄)

 面白いアイデアがあれば採用する系の作家なので、悪しからず。

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