View ー 覗き見 ー
喜遊元 我可那
誘うモノ 誘われるモノ
第1話 当たり前のモノ
・序章・
こんにちは、こんばんは、おはよう、おやすみ、行って来ます、お帰りなさい…。
誰もが当たり前に、それは訪れる。
それと、出会いや別れも同じ様に、この世界の全ての人に、等しく訪れる…。
それは最早、この世界に居る全てのモノ達の特権だよね…。
僕にも君にも貴方にも。
そんな当たり前の特権を、この世界に居る全てのモノ達は、それをどう感じ、どう思っているのかな?
君は気にならない?
僕は、とても気になるよ。
この世界の全てのモノ達がさ、どう感じ、どう思ってるのかにね、とても興味があるんだ。
だから観察したいと思ってる。
知りたいと思ってる。
ねぇそこの君、君も僕と一緒に、観察しないかい?
ちょっとだけでも良いから、覗き見してみない?
一緒に覗き見すれば楽しいと思うから、僕と一緒に覗こうよ。
直ぐ椅子を用意するからさ、ゆっくり観察しようよ。
極上のお菓子と飲み物も用意するからさ、一緒に覗こう?
そんな所で立ってないで、さぁ座って座って。
ほら早く座って座って、遠慮は要らないから。
……良かった、座ってくれて。
一緒に覗き見してくれてありがとう、 凄く嬉しいよ。
僕だけじゃ、見ててもつまらないと思ってたんだよね。
覗き見した感想とか、色々と話をしてさ、語り合える方が絶対楽しいよね。
ん?えっ?どうしたの?何を言ってるの?
あぁ〜!そっか、そうだよね!
すっかり忘れてた!
確かに君の言う通り、覗き見したくても、今の状況じゃ、何も見る事出来ないよね。
急いでモニタースクリーンを設置するから、ほんのちょっとだけ待っててくれる?
それまで極上のお菓子と飲み物を堪能しててよ。
……………
ヨシッ出来た、お待たせ。
どう?この巨大なスクリーンは?
さながら、臨場感溢れる、映画館の映画を観てる気にもなるよね。
そう思うでしょ?
座り心地の良い椅子に座って、極上のお菓子を食べて、心休まる飲み物を飲みながら、様々なモノ達の観察は、きっと楽しいだろうね。
さぁそろそろ覗き見始めようか。
おっ?丁度良い具合に、最初の観察が始まるみたいだ。
最初の相手は、どんなモノなんだろうね?
ドキドキワクワクしてきたよ。
それじゃ、観察と言う名の覗き見、スタート…。
・
カタカタカタカタカタ…カタカタカタカタカタ…タンッ…カタカタカタカタカタ…
カチッカチ…カチカチカチ…カチッ…
カタカタカタカタカタ…カタカタカタカタカタ…カチカチカチ…タンッ……
「ふぅ〜…なんとか時間内に終わった〜〜〜…。う〜〜〜〜……ん、はぁ〜…。あ〜〜疲れた…」
両手を上げ、グッと筋を伸ばす女性。
凝り固まった体をほぐす為に、ストレッチを始めた女性が体を捻った時に、壁に掛かった時計が目に映る。
「………えっ!?ウソ!?もうこんな時間なの!?」
女性は慌てて、机の上に置いてある、小さな時計を見る。
「あれ?さっきと時間が変わってない…」
おかしいと、机の時計と壁掛け時計を何度も見返す。
段々と現状を理解し始め、血の気が引くと共にパニックとなり、額から汗が噴き出す。
「えっ、ちょっと待って待って、もしかしてこの時計…壊れてる?…」
そう思い、先程まで作業していたパソコンの時計を見ると、壁掛け時計と同じ時間を示していた。
女性は、声にならない程に驚き、心の中で、悲鳴を上げた。
(ちょっと待って!嘘でしょ〜!ヤバいヤバい!…どうしよう、このままじゃ約束の時間に間に合わない…。何で時計壊れてるのよ〜!どうしよう、どうする!?あぁどうしたら良いのよ〜!!)
更に、パニックになる女性。
慌ててカバンに必要な物を詰め込み、服を着替えながら洗面台で顔を洗い、簡単なメイクをし、家を飛び出して行く。
全力で走れば、今なら未だ電車に間に合うと、乱れる髪を気にする事なく、駅へと走り続ける。
そして彼女は、信号無視をした車に轢かれるのだった。
・
公園のベンチに座る男性。
晴れたこの日はとても暑く、ちょうど木の木陰がベンチを覆い、時折り穏やかに吹く優しい風に癒されながら、ただボーッと空を眺めていた。
青く澄んだ空。
ゆっくり流れる雲。
一筋の線を
何羽かの群れとなり、視界を横切る鳥達。
男は、唯それを何も考えずに、ボーッと見ていた…。
こんな日は、何もしたくない…。
する気にもなれない…。
そもそも今の彼には、何かを成し遂げたい思いが無かった。
今朝まで有った筈のやる気は、午前のうちに、消えて無くなっていた。
今有るのは、唯の虚しい思いだけ…。
その彼の耳に聞こえてくる、公園で遊ぶ子供達の、楽しそうな声と笑い声。
彼は、楽しそうにする子供達を見て、遂呟いてしまう。
「チッ…うるさいな、人が感傷にふけてるってのに、わいわいキャッキャと楽しそうにしやがって…。何の悩みも無い奴らは良いよな…。こっちは切迫詰まって、苦しんでるのに…。はぁ〜、世の中理不尽ばかりだ…」
小さく呟きながら、ため息を繰り返していた。
愚痴を洩らす彼に
「今日は暑いね〜…ちょっと寛いでるところで申し訳ない。私も木陰で一休みしたいから、横に座らせて貰っても良いかな?木陰のベンチはここだけだから、すまないけど座らせてくれないかい?」
そう言って、彼の広げた荷物をどかして、そのスペースに座らせて欲しいと、お願いする老人の男性が居た。
男は、老人の言われるままに、広げていた荷物を片付け、ゆったりと座れるスペースを作る。
「すいません、ベンチを占領しちゃいまして…。僕、充分休んだので、ゆっくり休んで下さい。では…」
そう言って、この場を去ろうとしたら
「おや、帰っちゃうのかい?君さへ良ければ、少し年寄りの話しに、付き合ってくれないかな?今丁度良い風も吹いて来た事だし、冷たい飲み物も有るんだが、しばらくこの年寄りに付き合ってくれたら嬉しいのだがね…」
柔らかな表情で、老人が男性にお願いしてきた。
見ず知らずの他人の話なんて、誰が聞きたいと思うんだ?と、断ろうと
「すいません、ちょっと予定が…」
予定など無いのに、相手を傷付けずに、体よい言葉で断ろうとしたが
「おやそうなのかい?そんな風には見えなかったが、君がそう言うのならそう何だろうね…。ありゃ〜、それじゃこれは無駄になちゃったなぁ…」
いつの間にか老人は、持参していたカバンから、2人分の冷たいお茶とお菓子を出していた。
老人にしては、大きな荷物だなぁと思っていたのだが、中にはお茶とお菓子が入っていたとは思ってもいなかった。
更に、お菓子の受け皿や、ガラスのコップに氷までもを用意していた。
見ず知らずの話し相手の為に、ここまでの物を用意し、重い思いをして、公園へやって来たのかと思うと、健気で居た堪れなくなって
「それだけの重い物を用意して持って来たのに、その気持ちを無下にして去るのは、気が引けますよ…。分かりました、少し…ほんの少しだけですが、お話のお相手になりますね。それでも良いですか?」
男は承諾する事にした。
老人の好意を無下に出来ないと言うのも本当なのだが、何よりも、出された冷たいお茶と、用意されたお菓子の、美味そうな匂いに釣られてしまったからだ…。
この暑さで、喉はカラカラ。
その上、今朝は慌ただしく、起きてから何も食べていなかったのだ。
所持金に余裕は無く、家に戻っても、碌な物が無い彼は、目の前に出されたお茶とお菓子に、心が揺らいだだけだったのだ。
それなのに、話し相手として残ってくれる彼に、老人はとても喜び
「本当かい?いや〜何とも嬉しいものだ。少しだけでも構わないから、是非お願いするよ」
そう言って、心から嬉しいと笑う老人。
綺麗に笑うその笑顔が、余りにも素敵で、いつか自分もこう成りたいと思う、憧れの様な感じで心を奪われてしまう。
老人の話よりも、冷たいお茶と、美味しそうなお菓子に釣られた事に、罪悪感を抱かずにはいられなかった。
先ずは、非礼を詫びてから話を聞こうと思い
「すみません、正直に言い」
「さぁ用意も出来た。ん?どうしたんだい?いつ迄も立ってないで、さあさあ座って座って。折角の冷たいお茶もぬるくなっちゃうから、ほら早く座って喉を潤しておくれよ」
「あっ…はい…」
非礼を詫びる前に、差し出されたお茶を受け取り、言われるまま、ベンチに腰を掛けてしまう。
「あの、僕」
「おや?このお茶は、お気に召さなかったかい?そうだったなら、すまない、悪い事したね…」
「いえ全然!僕このお茶、とても美味しくて好きです」
「そうかい?それなら良かったよ。それじゃさっそく、話を聞いてくれるかな?」
「あっはい…」
結局、詫びるタイミングを逃し、老人の話が始まるのだった…。
・
ビューーーゥビュービュービューーーーゥ…
ザァーーザァーーーザァーー…
昨夜から、強い雨と風が吹き荒れている。
もう直ぐ朝が訪れるはずなのに、外は未だ暗いままで、明るくなる気配がしない。
自分の体内時計がおかしいのかと、窓の外を眺める1匹の犬が居た。
窓を叩く雨と風に、時折、轟音と共に光落ちる歪な線に、尻尾を丸めて怯えてしまう。
激しい音を聞かない様に、耳を折りたたんで塞ぐのだが、耳の良い犬では効果は無く、余り意味が無かったみたいだ…。
ク〜ク〜ク〜…と、か細く鳴いてしまう。
早く、自分を怖がらせるこの轟音と、現状が終わって欲しいと願いながら、か細い声で鳴き続けるのだが、願いは届かず、激しさを増して行く、風雨と雷。
怖いと思いながら、同じ所をウロウロし、ソワソワしだす犬。
唯、恐怖でウロウロ、ソワソワしている訳ではなく、別の事が気になっていて、同じ所をウロウロし、ソワソワしていた。
何が気になってるのかと言うと、日課である散歩の事が気になって、ウロウロ、ソワソワしていたのだ…。
今日みたいな豪雨や強風に、激しい雷じゃなければ、毎日同じ時間に、毎日同じコースを時間を掛けて、ゆっくりと散歩をしていた。
それなのに今日は、荒れた天気で、散歩に行けそうにない…。
更に言えばこの数日、散歩に連れて行って貰えていない。
人の言い方なら、主人とペット。
でも、犬からしてみれば、掛け替えのない家族であり、頼れる仲間なのだ。
何を話しかけているのかは、分からないが、自分の事を呼んでいる事や、褒めたり叱ったりは、観察してて覚えた。
自分を呼ぶモノに対し、嬉しいと思った行動をしたら、ご褒美の食べ物や、優しく撫でてくれる。
たまには怒られる事もあったが、何を言っているのか分からないが、シュンとしてさへいれば、そのうち怒りも治る事も理解した犬は、今まで、深く考える事など無かった。
既に、毎日の日課であった散歩の時間は過ぎてしまい、今日もお預けなのかと、諦める事にした。
排泄なら、人で言う主人に、ここでする様にと、教えられた場所が在るから、今日もそれで済ませればいい。
食事と水は、機械仕掛けの優れた物で、自動的に提供してくれるのも、理解していたから、不安になる事は無かった。
でも何故か、不安が増して行く…。
それは、この悪天候だけじゃなさそうだ…。
ク〜ク〜ク〜と鳴き続ける犬は、一体何に対して、不安がっているのだろうか…。
・
「い〜ち、に〜い、さ〜ん、し〜い、ご〜ぉ、ろ〜く、な〜な、は〜ち、きゅ〜う、じゅう。もういいか〜い?」
「まぁ〜だだよ〜」
「もういいか〜い?」
「もういいよ〜」
薄暗い建物の中で、子供達が遊んでるみたいだ…。
「今隠れた場所から動いちゃダメだからね〜!それじゃ、今から探すからね〜」
どうやら、かくれんぼをしてるみたいだ。
「よ〜し、張り切っちゃうよ〜!皆んなどこかな〜」
今回、オニとなったのは、女の子の様だ。
少女は、隠れたモノを探し始める。
「クスクスクス…」
「クスクスクス…」
「クスクスクス…」
隠れたモノ達の薄い笑い声が、こだまの様に響く。
「全然見つけられない…。皆んな、上手く隠れたのね…」
「クスクスクス…未だ見つけられないの…」
「クスクスクス…私達はここよ…」
「クスクスクス…早く見つけてよ…」
「分かってるわよ〜。ねぇ本当に動いてない?移動したらダメなんだからね〜!」
「クスクスクス…ルールは守ってるわよ〜」
「クスクスクス…誰も動いちゃいないから…」
「クスクスクス…だから、早く見つけてよ…」
「「クスクスクス…」」
「も〜分かってるわよ〜。絶対見つけてみせるからね〜」
オニの少女は、隠れているモノ達を必死に探す。
「皆んな、本当に隠れるの上手ね…。インチキして無い事は、分かってるから、なかなか見つけられない私が、探すの下手なんだ…」
自分の捜査能力の低さに、少しショックを受けながらも、前向きに、隠れているモノ達を見つけようと奮闘するのだ。
それでもやはり、見つけられない少女は
「見つけられなーい!悔しい〜!…皆んなには悪いけど、疲れちゃったから、ちょっと休憩するね」
そう言ってその場に座ると、余程疲れていたのか、眠ってしまう少女だった。
「あらあら、眠ってしまったの?」
「あらあら、寝ちゃったのね…」
「あらあら、余程疲れてたのね…」
「「あらあらあら…」」
「クスクスクス…休めば良いわ…」
「クスクスクス…でも、早く起きて、私達を見つけてよね…」
「クスクスクス…そうしないと、大変な事になっちゃうから…」
「「クスクスクス…クスクスクス…クスクスクス…」」
隠れたモノ達の薄い笑い声が、少女を包む様に響いていく…。
「「「クスクスクス…クスクスクス…」」」
・
「最初の覗き見のモノ達が、彼らなんだね。未だ観察の途中だけど、君はどう思った?未だ彼らの事を観察したいと思ったかい?僕は覗…観察したいと思ってる。この後の彼らの続きが、この日の終わりがどうなるのか、知りたいし、気になるんだよね…。君はどう?この続きを僕と一緒に、見続けてくれるかい?一緒に見続けてくれるなら、僕はとても嬉しいよ。ねぇ良いだろ?一緒に見続け様よ…」
しばらく沈黙が続く間に
「ヨシッ完成。後、アレとアレも念の為に用意しておこうかな…。ん?えっ?何なに?どうしたの?何をしてるのかって?あぁコレねぇ〜。コレはね、君が疲れた時にね、いつでも眠れる様に、最高品質のベッドを用意してるんだ〜。観察を途中で止めても、向こうの時間も止まってくれるからね。いつでも好きな時に、続きを観察出来るから、安心して眠ってくれても良いよ。えっ?まるで録画みたいだって?あはっ本当だ、確かにそうだよね。もし気になるなら、時間を進めたり、戻したりも出来るけど、余り僕的にはお勧めしないかな?」
そんな事を言いながら、未だ何かを設置している。
「あぁコレね、やっぱりお風呂は入りたいでしょ?それにトイレも行きたくなるだろうからさ、お風呂とトイレも設置しておこうかな?ってね。後は食卓とキッチンも、用意しておくよ。それが準備出来るまで、ゆっくりどうするかを考えておいてね。それじゃ、また後で…」
そのモノは、どこか楽しそうにしていた。
どうやら、一緒に覗き見をしてくれるのだと、確信しているみたいに…。
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