第17話 ある調教師との出会い②

「粗茶ですが」


 この方は大谷さんの奥さんである加奈子さん、現在大谷厩舎は家族経営でどうにかやりくりしているとの事、厩務員も弟さんだそうです、こりゃ廃業したら一家で首括らんといかん洒落になっとらんわ。


「では、実際預けられるかどうか話を聞き見極めに来たという訳ですか?」


「はい、そういう事ですね、こちらも大事な産駒を預ける訳ですから、そこはしっかりと確認しませんと」


 真理子さん、流石交渉はお手のものって感じだ


「……外村氏からお聞きになってると思いますが、正直言って今私に馬を預けるという事はお勧め出来ません」


「貴方!」


 おいおい、今苦境にあってるのにそれを馬鹿正直に話すのかよ、人が良いのかも知れんがメンタルがかなり駄目になってるぽいな、真理子さんが困惑気味に話を聞こうとするが俺が遮る、真理子さんごめん。


「正直に話すという事は貴方は誠実なのでしょうね、でも今の貴方にテイオーを預ける事は出来ませんね、単に力不足です、預けられるテイオーが可哀想だ」


「坊主、貴様に何がわかる、あの日以来苦しみ続けてきたが育成に手を抜いた事など一度だってない」


 いきなり話を遮って対応する子供に、力不足と罵られたのが効いたのか反発してきた、まだ気概が残ってるらしい。


「ええわかりませんね、手を抜いた事がない? そんな訳ね〜ですよ、実際その件以降成績が落ちたのですから、貴方が思ってる事と現実が隔離してる訳です、自分でも気付いてるのでしょう?」


「そんな事はあり得ません、この人は寝食を削って管理馬へ対応してきました、何も知らない癖に!」


 うお、奥さん激オコプンプン丸です、マジで怖ぇ〜、でも本人は顔を真っ青にして俯いている。


「そうですね、より正確に言えば負担がある調教をする際、貴方の心の心理的ブレーキが馬を思う余り緩めてしまう、そんな事があったんじゃないですか?」


 そう腕では無く心の問題、もう少し時が経つと心理的ケアと言うのが医療問題として大きくとりざたされるのだが、この頃はまだそこまで浸透してなかったのだ。


 心当たりがあるのか、本人は絶望して頭を抱える、逆に奥さんは般若の形相で俺を睨んでる、いやマジで怖えっす。


「腕ではなく心の問題なんです、一度何処か専門の心療内科にかかることをお勧めします、ですがこれを乗り越えればその心は貴方の武器になると思います」


 彼は思ってもない事を言われたと思わず顔を上げる、奥さんも般若面からキョトンとした顔に変わる


「馬の限界を見極められると言うのは本来とても難しい事なんでしょう? 外村氏から聞きましたあれ以来成績は落ちたが管理馬から怪我を出した事がないって、手を抜いた訳ではないんですよね? ならやり方を工夫して調教をすれば良いんです、緩めの調教後の引き運動を今までの倍に増やすとか、坂路での最終追い切りをしない等、どうです色々出来そうでしょ!」


 俺が案を出すと目を丸くしながらもその手があったかと驚いてる模様、この人はテイオーにとって当たりだと思った俺は最後に提案する。


「どうです、今からテイオーにあってみませんか?」

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