見上げれば降るかもしれない

夢月七海

第一話 古本の中の地図


 酷い曇天の下でも、ぼくらは外に出て、集まっていた。

 場所は、麦畑と道路を区切った低い石垣。そこに座っている子もいたけれど、僕は頬杖をついて、すでに刈り取られた麦畑を見ていた。


「なーんにもやることないな」


 カルロが、退屈そうに呟く。ぼくとサイモンドも頷いた。ぼくの足元で寝そべったシュルツも、猟犬見習いとは思えないような大あくびをする。

 ニッキとケイの女の子二人は、すぐそばの石垣に腰かけて、こしょこしょ話している。時々、忍んだ笑い声を立てた。十歳のニッキよりもケイは三歳年下なのに、村で二人だけの女の子は気が合うようだ。


「なあ、ウィリー」

「どうしたの?」


 ぼくと同じように、麦畑を眺めていたカルロが急にこちらを向いた。この中で一番年上の十二歳なのに、無邪気に目を輝かせている。そうして、地面をつついている雀を指さした。


「シュルツけしかけて、雀を狩ろうぜ」

「やだよ」

「なんでだよ。いい練習になるだろ」

「食べるためと駆除のため以外の狩りは、父さんに禁止されているから」

「お前な、いつまでも父さん父さんって、」

「まあまあ、まあまあ」


 カルロのいい加減な提案きっかけに、口喧嘩し始めたぼくらを、サイモンドが間に入って宥める。ぼくらは黙り込んだが、カルロへの怒りは収まらなかった。

 村の子供たちのリーダーなのに、カルロは身勝手な思いつきで行動することがある。この前も……と思っていたら、シュルツが急に立ち上がり、黒い尻尾を大きく振りだした。


 彼の目線の先、石垣に沿った下り坂の一番上に、一人の小柄な少年が姿を見せた。分厚くて古そうな本を開いてそれを読みながら、でも、器用にしっかりこちらへと歩いてくる。

 ぼく以外の子供、女の子たちも全員、少年のことを見たようで、カルロが大きく伸びをしながら手を振った。


「おーい、ちびのレン!」


 村はずれの牧場の養子、ぼくと同じ九歳だけど身長は頭一つ小さいレンは、本から顔を上げて、こちらを見た。無の表情のまま、真っ直ぐぼくらの前まで来る。


「皆集まって、何をしている?」

「別に。何にもしてない」


 本をよく読むためか、大人びた喋り方で、レンが尋ねてきた。カルロが、当然だろと言いたげに応える。今度はニッキがレンに訊いた。


「レンは? 何してたの?」

「古本屋からの帰りだ」

「……『光と音の相互作用』って、難しそうな本、読んでいるね」


 サイモンドが熊のように大きな体を屈めて、レンの本のタイトルを読み上げる。文字を読むのが苦手なぼくは、レンに羨望の眼差しを送った。


「すごいね。面白いの?」

「いや、三分の一も理解できていない」

「じゃあ、読む意味ないだろ」


 レンが首を横に振ると、カルロが当然の指摘をして、笑った。レン以外のみんなも、大人しいケイも一緒になって、笑いだす。

 男やもめのカフカさんに貰われてきたレンは、全く表情を変えない。ここに来る前に辛い事でもあったのか、昔のことも喋りたがらない。ちょっと浮いた子だった。


「レンはさ、退屈な時は何をしている?」

「本を読んでいる」


 そんなレンのことも、カルロは同じ村の仲間だからと、一人になんかしない。今もこうやって呼び止めて、話を続けようとする。そういう度量の広さは、尊敬できるところだった。


「皆は、暇をどう潰している?」

「こうやって、みんなを集めているかなぁ。集まったら、なんか起こるかもしんないし」


 レンが尋ね返すと、カルロは頭の後ろで手を組んで、大きく後ろに傾きながら言った。「ま、今みたいに、何にもならないこともあるけど」と、足をぶらぶらさせながら返す。


「僕は家の掃除するのが好きだな。壁とか床も、綺麗に磨くんだよ」

「シュルツと一緒に遊んでいる。追いかけっこしたり。あと、シュルツの首の後ろに顔をくっつけてかぐとね、すごく落ち着くんだ」

「私は、お散歩している。たまに、ケイも誘ってみるの」


 サイモンド、ぼく、ニッキが順番にこたえて、ケイがニッキの後に小さく何度も頷いた。ケイはニッキと散歩しているという事だろう。

 「なるほど」と呟いて、レンは古本を閉じると、右の小脇に抱え直した。その時、本から一枚の紙がひらひらと地面に落ちたのを、シュルツが立ち上がって、匂いを嗅いでいる。


「レン、何か落ちたよ」

「む? 私は何も挟んでいないが」


 ぼくが指さした紙を見下ろして、レンが不思議そうに言う。あの紙は、元々古本に挟まっていたようだ。

 石垣からぴょんと降りたカルロが、紙を拾って開いた。意地悪ではなく、片手がふさがっているレンの代わりに。その証拠に、レンにも見えるような角度で紙を広げている。


「なんだこれ? 絵か?」


 カルロが首を傾げる。その横から、ぼくらも紙を覗いた。

 茶色く変色し、端がボロボロになった紙には、線だけで描いた山、中には大きな木と小屋のような絵、その間をふにゃふにゃの線が昇っていく。その線は山の頂上まで届かず、途中で赤いバツに行き止まっていた。


「海賊か盗賊の、宝の地図のようだな」

「「「「宝の地図!」」」」


 レンの一言に、ぼくらは思わず顔を上げた。声を出さなかったケイも、目を輝かせている。びっくりしたシュルツが、ワンワンと吠えた。


「すげえ。探しに行こうぜ!」

「待ってよ。この山、どこのか分からないでしょ?」


 興奮して今にも走り出しそうなカルロに、多少は落ち着いたニッキにたしなめられる。彼女の言う通りだけど、ぼくはこの山に見覚えがあった。


「ここ、村の裏側にある山だね。ちょっと遠いけど、半日で行ける距離だよ」

「本当か!」

「よく知っているな」


 カルロはさらに鼻息を荒くするが、レンは感心したように尋ねてきた。ぼくは胸を張って説明する。


「この小屋、うちのもので、猟に使う道具とか置いているんだ。隣の木も、ぼくらのご先祖様が目印にって植えた糸杉なんだよ」

「そっか。ウィリーの苗字って、サイプレス糸杉だもんね」


 サイモンドがにこにこしながら頷いている。ぼくはますます鼻が高いが、ニッキはまだどこか疑っている様子だった。


「でも、猟でよく行く山なんでしょ? なんで今まで地図の宝のことを知らなかったの?」

「そ、それは……」

「別にどうでもいいよ。行ってみて、確かめれば」


 上手く言い返せなかったが、カルロが断言してくれた。リーダーが乗り気だから、ぼくらも出発する気満々だ。ニッキはやれやれと首を振るけれど、顔は綻んでいる。


「行くなら、色々準備しないと。水とか、マッチとか、傘とか」

「準備? いらないだろ。サイモンドは、心配性だな」

「でも、もしもってことがあるから」

「なあ、ウィリー、そんなに険しい山なのか、そこは」

「そこまででもないよ。ぼくとシュルツも行けるくらいだから。遭難することはないと思う」

「ほら、ウィリーもそう言っているぞ」

「そうかなぁ。やっぱ心配だよ。レンはどう思う?」

「備えあれば憂いなし、とはよく言うからな。持っていて損はないだろう」

「ほら、必要でしょ? ね、ニッキもそうでしょ?」

「うーん。たくさんの荷物を持って山を登るのは大変じゃない?」

「大丈夫。全部僕が持つからさ」

「まあ、それだったら……」

「本当に、ちゃんと自分で持てよ」


 ニッキもカルロもサイモンドの主張を受け入れて、じゃあ、一回彼の家で荷造りしようか、という空気になった時だった。

 「あ、あの」と、妖精が囁くような小さな声が、ぼくらの輪から外れたところから聞こえた。声の主はケイだった。ぼくらに見つめられて、縮こまっている。


「あたしも、行きたい……」

「半日も歩くんだぞ? ケイには大変じゃないか?」


 元々ケイは誘わないつもりだったのだったのか、カルロが眉を顰めて言う。ケイは、「でも、でも」と繰り返しながら、ますます縮まっていた。

 都会生まれのケイは、一年前にこの村へ引っ越してきた。体が弱いため、ここでゆっくり過ごしながら良くしていくためだと聞いた。


「カルロ。もしもケイがつかれたら、僕がおんぶするよ」


 もじもじしているケイの代わりに、サイモンドがそう提案した。顔が明るくなったケイだが、カルロは余計に渋い顔をしている。


「お前、荷物は自分が全部持つって言っていたよな?」

「あ、それは……」

「しょうがない。ケイは俺が背負ってく。だから一緒に行こうぜ」


 盲点を突かれたサイモンドに、カルロは苦笑しつつ、親指で自分を指さした。最後の一言は、ケイの方を見て断言する。

 ニッキに背中を優しく押されて、ケイは「カルロ、ありがとう」と呟いた。何とか皆で出発できそうで、僕も嬉しく思う。


 ケイの両親は、結構なお金持ちで、村人を見下した言動をしているため、大人たちから嫌われていた。素直なケイは可愛がられているけれど、自分の体の弱さに両親のこともあってか、少し遠慮がちなところがある。

 でも、カルロはそんなこと気にしない。同じ村の仲間の一人として、引っ張てくれる。


「よっしゃ、まずはサイモンドの家に出発だ!」

「おー!」「わーい!」


 先陣を切ったカルロに、サイモンドと僕が続く。ケイとニッキは手を繋ぎ、レンは本を抱えて、歩き出す。

 さっきまで眠そうにしていたシュルツも、大冒険の匂いを嗅いで、尻尾を大きく振りながら、ぼくらの周りをくるくる回る。そうやって、村の子供たちはぞろぞろ歩いて行った。

























 

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