第8話 変わるモノと変わらないモノ
夏が暑くなかったらうそだけど、夏が暑いとやっぱりつらいと思う。
でもそれは冬になったら、また同じ事をなげくようになるんだわ。
セリは大の字になって寝ている。片方をソファーに引っ掛けて、まるでソファーから転げ落ちたみたいだ。でもそれもわからないわけではない。暑い。
「冷夏なんてうそだよな。夏はいつでも暑いじゃないか」
湿気に弱いセリには、いくら体感温度が低かろうと日本の夏は耐えられないのだ。
私だって、この暑いのに何も仕事をしたくはないけど、家事はしないとしょうがないし働かなくては食べていけない。たまの休みも、こう暑くては出かける気にもなれない。
「何か、涼しくなるような事、ないかねぇ」
おばあさんみたいな事を言ってしまった。
自分の言葉に照れながら、冷蔵庫からジンジャーエールを出す。コップに氷を入れると、カラカラと涼しげな音がした。いきおいよくジンジャーエールを注ぐと、炭酸の弾ける音が一瞬冷たい空気を運んできてくれたような気がした。
コップを持ってセリの所にいく。目を閉じて寝転がっているセリのおでこにコップをつける。セリは片目だけ開けて私を見た。
「はい」
けだるげに起き上がったセリにコップを渡す。セリは少しコップを揺らして氷の音を聞いてから一口飲んだ。
「カナダドライ?」
「そう。輸入のやつ」
「安かったんだろ」
「当たり。一缶六十八円だった」
二人で笑う。セリはジンジャーエールと7UPが好きなのだ。
飛行機に乗ると、かならずジンジャーエールと言ってしまう、と言ってた。セリは海外に行ったことがあるのだ。
高2の夏休みにイギリスに行ったまま、数ヶ月帰ってこなかったことがあった。聞いてみると、イギリス人の老夫婦に気に入られて、その家を拠点に一人でヨーロッパを旅していたそうだ。みんな心配してたのに。でも本当に心配してたのは私だけだったのかもしれない。
セリのお母さんは、カードが使われてるから死んじゃいないでしょう、と言って当初の予定の二週間を過ぎても何もしなかった。いくらお金持ちだからって、そういう問題じゃないのに。帰ってきたセリは少しの間英語が抜けなくて、何かの拍子に英語でしゃべっていた。
セリはヨーロッパ旅行の話を、あまりしてくれない。
私のかかわってない思い出はつまらないと言うのだ。うれしいような気もするけど、行ったことのない国の話をしてもらうのはおもしろいから、本当はもっと聞きたい。
「ねぇ、セリ、ヨーロッパ旅行の話、して」
「……つまんないよ」
「いいから」
セリはちょっと困った顔をする。どこをどう話せばいいか迷ってるんだ。
「んー、パリで一日に三万歩あるいた」
「三万歩! 何してたの?」
「うーん、ルーブルに行ったからかな」
「でもどうして三万歩ってわかったの?」
「万歩計持ってた。キティちゃんのヤツ」
「わざわぎ持ってったの?」
「ロンドンのヤオハンで買った。コリンデールにある。立ち読みできる」
「でもそれって、割高になっちゃうんじゃない?」
「うん。でもかわいいし。おわりっ」
セリはジンジャーエールを飲み干してコップをリセの鉢に落とした。
もっと話して欲しいのに。セリのヨーロッパ旅行について、私は本当に断片的なことしか知らない。
ドイツの地下鉄の駅は、東京のと似た感じがするってのと、トルコには日本語を話せる人が多くて、「あなたはチンピラですか?」って言われたから「忍者だ」って答えたってのと、イギリスの高級ホテルでアフタヌーンティーをしたら気持ち悪くなったってのと、パリのメトロは迷路みたいってのと、ローマで迷ってコロッセオからアッピア街道にあるカタコンブまですごい距離歩いたのに、帰りにバスに乗ったらあっという間に着いて悲しかったって話。
でも話し方からいくと、パリが一番気に入ってるみたいだった。パリって外国人の街だっていうし、そういう空気がセリに合ったのかも。
セリに言わせると、パリは歴史ある街であるにもかかわらず、人間と土地が結びついて進歩してきたように感じられない、というのだ。土地に人が住んで歴史になるはずなんだけど、パリは確実に人と土地が歴史を紡いできたにもかかわらず、人と土地が自然と離れて存在している、という。
私にはよくわからない。
行ったことがないというのも理由の一つだけど、私が行ってもきっとパリの空気は私にそんな感覚を教えてくれないに違いない。
セリは世界中のどこの空気にも溶け込める気がする。別にどんな背景にも合う美人じゃない。見た目は十人並みの普通の娘だ。ただセリの持つ空気は、私のように観光客然として浮いてしまうのではなく、どの色にも溶け込める気がするのだ。
この部屋で一緒に暮らしてる分には、私はセリと同じように存在しているのだろうけど、一緒にどこか外国へでも行ったら、私は一人で浮いてしまうのだ。
セリと同じにはなれない。
私はセリには、なれないのだ。どんなにがんばっても(まあ、何をがんばるのかわからないけど)私がセリのように存在することはできない。二十五年間生きてきた私だから、もう変えることなんてムリなんだ。
セリは私の理想なのかな。いや、私はセリになりたいんじゃない。セリがセリだから好きなんだ。
ぼんやり窓の外を眺めながら、ジンジャーエールを一口含むと、ジンジャーエールは氷が溶けてうすくなっていた。
セリは自分でコップをシンクに置いてきてから、ビデオに近づいた。
「こないださー、『インド夜想曲』録ったよね?」
そんなようなタイトルの映画もあったような気がしたけど。何せセリは、大量にレンタルしてはダビングして取っておくから、何がどこに入ってるか、私にはほとんどわからない。
「それ、絶対、今観たいの?」
ちょっと疲れた声を出してしまった。暑さが私の思考力も行動力も溶かしちゃったみたいだ。
「怖いのでなくて、涼しげなのってない? どうせならそういうのがいいな」
うちのテレビは結構大きい。最初にこの部屋に来た時、家電屋さんにあるような大きさだったから驚いた。ビデオも二台あるし、レコードプレーヤーもMDもあるし、ケーブルテレビにも入ってる。機械に弱い私は、もっぱらセリが使うのを一緒に見てるだけだけど。
「『インド夜盤曲』は怖くないよ。それに暑い時に涼しいの観ると、観ながら現実との溝に気がついちゃって、入り込めないよ」
それもそうだ。この暑さは涼しげな画面からわたしたちを現実に引き戻すに違いない。
「リノが見たいんならいいけど。クーラーかけて見よう。『幻の城』がいい」
「誰が出てるの?」
「ヒュー・グラント」
ふーんと頷いてみたけど、本当は名前に聞き覚えがあるだけで何に出てた人かはわからない。
セリはがちゃがちゃと数本のビデオテープを出して目的の一本を探す。
私は空になったコップを持ってシンクヘ行ってから、リモコンでクーラーの設定温度を十七度にして部屋中のドアと窓を閉めにかかった。
窓の外は空気がだれている。何で夏は暑くて、冬は寒いんだろう。
もちろん、物理的なこととか、天体的なことはわかってる。確か中学の時に理科でやった気がする。そうじゃなくって、何かこう、うまく言葉にできないけど、夏が暑くて冬が寒いのには、変なムジュンみたいなものを感じるのだ。
私は窓を全部閉めてから、キッチンにちょっとつまめるものを作りにいく。
まあ、セリのことだから、ビデオを観はじめたら、他のことなんか忘れちゃって食べたりしないのだろうけど。何か食べようとすると、一番いい一瞬を見逃した気になるのだそうだ。
「リノー、早くしなよ。はじめちゃうよー」
「うん」
だからこのポップコーンは私のためのものだ。映画とポップコーン。これは切っても切り離せない関係にある。セリは塩味じゃなくて、甘いポップコーンが好きなんだそうだ。外国の映画館にあったって言ってたけど甘い味なんて想像できない。セリのために、ストローをつけたしそのジュースも用意する。
これはケイさんからもらったのだ。
四倍に薄めるといいよ。そう彼は言った。
準備完了。
「お待たせ」
私はテーブルにしそのジュースと、ボウルに入ったポップコーンを置いた。
セリは満足気にリモコンを操作する。
難しそうな詩と流氷の浮かぶ画像でその映画は始まった。
「やっぱり怖いんじゃない」
映画が終わって、完全に氷の溶けてしまったしそのジュースのコップを片づけながら言った。
「どこが?」
「あの、フランケンシユタインみたいな人が出てくるとこ!」
「うーーーーん」
私は結構怖がりで、セリみたいに『エルム街の悪夢』で爆笑することなんてできない。セリは悩んでる。そりゃそうだ、バケモノはあからさまに襲ってきたわけじゃないんだから。
「お昼ごはん、遅くなっちゃったね。何食べる?」
私は、ポップコーンでお腹いっぱいだけど。
「あんまし、いらない」
「だめだよ、ちゃんと食べなくちゃ。そうめんか何か作る?」
私はセリの答えを聞かずにキッチンヘ向かった。絶対に食べさせなくちゃ。バテないためにも。ちょっとセリをみたら、少し片付けた感じのビデオテープの山の前で寝転がっていた。
私は大きな鍋を出してきてコンロにのせた。ポットからお湯を移す。
「ほらー、だれてないで、手伝って」
そう言ってガラスのボウルを出す。これに氷を入れてもらうのだ。セリはのそのそとガラスのボウルを受けとると、冷凍庫を開けた。
「涼しい」
「やめてよ、セリ! 電気代が高くなっちゃう!」
セリは開けた冷凍庫につっこんでいた顔を出して、しぶしぶ氷を出した。
「火ー使うと暑いよう」
「冷やして食べるんだからカンケーないでしょ。それに調理して暑いのは私よ」
セリはけだるげな目で鍋を見ながら、私のすぐななめ後ろに立った。
「暑いよ」
「じゃ、離れてて」
セリは動かない。どうしたのかな。
――― !
セリは私の首筋にキスをした。すぐに離れる。でもまだセリの顔は私の首筋の近くにある。
気配がする。でも、それだけ。……キス、してくれないのかな。
また、ふれる。でもすぐ離す。
「セリ、氷、溶けちゃう」
「…………うん」
セリは本当に離れる。
すごい、ドキドキしちゃった。相手を見てキスされるのとは違う、気配も感じる、キスされるってわかってるのに、期待ばっかり大きくなって、触れるだけのものすごく短いキスが、すごく、いい。
セリのキスを味わってたら、水の流れる音がした。
「あ! セリ、まだ水入れちゃだめだよ、氷が溶けちゃう!」
……遅かった。セリはきょとんとして蛇口を閉めたけど、ボウルには水がなみなみと注がれていた。氷が涼しそうに泳いでる。
「……ま、いっか。すぐ、茹で上がるし」
菜箸で鍋の中のそうめんをかき回す。セリは水入りのボウルを大事そうに持っていった。テーブルの真ん中において、いそいで帰ってきて受け皿と箸を持っていく。
何か、焦ってる。顔が真剣だ。もしかしたら、氷が溶けるから急いでるのかなぁ。
吹き出してしまった。
セリが急いだって、そうめんができなきゃ意味ないのに。
受け皿を置いて、ランチョンマットを忘れたのに気づいたらしく、両手にはしと受け皿を持って戻ってくる。でも箸と受け皿とランチョンマットを一緒には持てない。
悩んでる、悩んでる。かわいー。
「受け皿は後にしたら?」
どうせ全部持てたとしても、今度は置くのに困るのだ。
セリは受け皿を諦めて、箸とランチョンマットのセッティングにいった。
「あっ」
やばいやばい、セリを見てたら茹で過ぎる所だった。
セリはやっぱり急いで受け皿を取りにきた。こういうところが純粋で、うらやましくなる。
「セリ、おつゆも持ってって。冷蔵庫の中」
セリは使命感に燃えた目でこっちを見る。思いきりうなずく。
私、やっぱりセリが好きだなぁ。
そうめんを冷やしながら、そう思った。
夕方になって、涼しく感じられる時間になったら、セツくんが来た。
山ほど花火を持っている。
「どうしたの、それ」
「何か、コンビニでバイトしてるヤツがくれたんですよ」
「でも、まだ夏終わってないでしょ」
「ねぇ。たぶんパクったんじゃないかな」
そんな違法なことををあっさりと言ってくれちゃって。でもこの夏になってまだ花火をやってないから、ちょっとうれしい。
「でも、どこでやるんだよ。この前、下の駐車場で誰かやって怒られてたじゃないか」
そういえばそうだ。セリの言う通り、この前近くに住む大学生が爆竹やら何やら派手にやってくれちゃって、駐車場での花火は禁止されてしまったのだ。
「どうしようか」
でも、今すぐ花火がやりたい。それはセリもセツくんも同じみたい。皆で真剣に考える。
「……あ、」
口を開いたのはセリだった。
「何かいい案、あるの?」
「うん」
そう言って電話の方にいく。どうするんだろう。
ちょっと考えてから、ダイヤルする。セリの覚えているダイヤル?
「もしもし、今ヒマ? …………じゃ、すぐ来て。車で」
それだけ言って切ってしまった。
「誰なの?」
「んー、ケイ」
「ケイさん?!」
驚いた。何、考えてんのよ、本当に。
「だって車持ってるの、あの人だけだもん。セツは今日車じゃないし、リノは人に貸しちゃってるし」
「何? 誰、そのケイさんって」
「リノの婚約者」
「えーーーーー」
違うっ。まだ婚約はしていない。
「リノちゃん、婚約者いたんだ、へえーーーーーー」
セツくんは大げさに驚いてみせる。きっと本当に驚いてはいても、半分はうそで大げさに驚いてるに違いない。
「もー、何でセリが電話するのよー」
「だってリノ、あんまり電話しないんだもん」
してるけど、セリに会わせてないだけよ。会社の後に、お茶飲んだりはしてるんだから。
「でも、その人呼んで、どうすんだよ」
セツくんが聞く。そうよ、どうするのよ。
「海にいく。四人だから、ちょうど乗れる」
あきれた。なんて図々しいことを。セリなんて、まだ一回しか会った事ないクセに。
「セリー、あんまり失礼なことしないでよね」
「リノが嫌われるから?」
――― ! 私、そんな事、考えて、
「ちがうわよ、バカ」
考えて、ないよね?
「じゃ、ケイさんが来るまでお茶でも飲みながら支度でもしましょう」
そう言ってセツくんはキッチンに入っていく。セリは買いだめしてあったポテトチップなんかを出してくる。
……私、今、自分の事ばかり考えてなかった? セリがケイさんにすることで、私まで普通と違うと思われるとか、考えなかった?
いやだ、なんて汚いんだろう、私は。
セリがどんなに普通と違ってても、私はそれを全部愛しているはずなのに、こんな風に考えるなんて。これは、私がケイさんを近くにおいているからなのかな。今までのセリとだけの生活に、一般的な人がまざってきちゃって、私のなかの一般的な部分が、つまらないことを気にしはじめてるのかもしれない。
なんてイヤな人間だろう。
「リノ、」
セリが声をかける。きっと、読まれてるな。
「何?」
「……リノは普通なんだから、別にへんじゃないんだよ。リノは普通なんだよ。異常じゃないんだから、悩むことないよ」
「ごめんね」
謝ってしまった。きっとセリはイヤな気分になる。だってこれは認めてしまったことになるから。
でもセリは何にも言わなかった。
「支度しよう」
そう言ってキッチンに入っていった。
ケイさんは本当にすぐにやって来た。
わたしたちがお菓子や飲み物をバスケットにつめて、セツくんのいれたアイスティーに口をつけたすぐ後だった。
「本当に、すぐ来た」
セリはそう言って呆れている。自分が来いって言ったのに。
「駅二つ分ですからね。来ようと思えばすぐですよ」
ケイさんは相変わらずだ。
「ねぇ、俺、紹介してよ」
セツくんがねだる。何か、いまさらちゃんと紹介するのは照れるな。
「え、と、松崎桐さん、こちら、雪木青吾くん」
「はじめまして。お話はうかがってます」
ケイさんは形式通りのあいさつをする。
「げっ、お話って何の? 俺、今まで何も知らなかったのに」
「でも、別にたいした事じゃないですよ。あだ名の由来とか」
本当に、たいした事じゃないな。私も何をムダな事ばかりしゃべってるんだろう。
「何だよセリカ、俺には何にも教えてくれなかったじゃんか」
セツくんはちょっとスネている。自分だけ知らなかったんだから、ムリもないか。
「話すようなこと、何もないからな」
セリはそう言って、バスケットを持つ。
「え、あれ、これからどこか行くの?」
「海。ケイの車で。セツの花火やる」
「あ? ああ!」
ケイさんはやっと納得したみたい。それもそうだ。何も知らずに来たんだから。
「ごめんなさいね、何か、強引に」
一応、謝っとこう。これは形式だ。
「いや、全然かまわないですよ。僕も花火やりたいし。昼の海より夜の海のが似合いますから、僕は」
それは、私たちが初めて会った時に私が言った言葉だ。
「そんなこと、」
ないですよ。って言おうとした時、セリが玄関から呼んできた。
「早く行こうーーーー」
セリはもう玄関を開けている。
「あんまし人、いないね」
夜の海は真っ暗で、セリの言う通り、数人が遠くに小さく見える程度だった。
「穴場だからね、ここは。」
セツくんは得意気に言う。大学の友達が教えてくれたそう。
「デートに使えって言われてたんだけど」
「おまえがこうやっていろんな人に教えてったら、穴場でなくなるのも時間の問題だな」
「教えてやったのに、ひでー」
セリとセツくんはいつもと変わらない。近すぎず、遠すぎず、奇蹟に近い形でその距離を保っている。周りが見て、うれしくなるような距離。幸せの距離。
うらやましいなあ。
素直にそう思う。私とセリが保ってる距離は、どのくらいなんだろう。あんな風に自然にその距離を保っていられるのかな。だってセリは、手を離したらどんどん遠くへ行ってしまう気がするから、あんな風に自由にしている事はできない。
私は、セリを縛り付けてるの?
「僕たちも行きますか」
ケイさんにうながされて、波打ち際へ進む。セリはセツくんと一緒に、ろうそくが消えないように穴を掘っていた。
何やってるんだろう、私は。
ケイさんがいるって事は結果的に、セリから少し距離をおいていなきゃならないんじゃない。
そんな事、はじめっからわかってるのに、何だかやるせない。セリのもっと近くにいたい。
こんなんで大丈夫なのかな。私はセリと離れてやっていけるのかな。
セリは一番最初に火をつけた花火を、私の所に持ってきた。私の気持ちを察したに違いない。
「ありがと」
そう言ったら、何か本当に淋しくなてきた。彼女を独りにするのは私なのだ。そりゃ単に物理的な意味でだけど、それでも独りにしてしまうのだ。
「よし、連パツ花火でセツを攻撃するぞ。手伝え」
そう言って、三十連発花火を私とケイさんに渡してきた。ケイさんは戸惑ったように受け取る。
「いいのかなぁ」
「全然平気。俺は全然、平気」
「かわいそうに、雪本君」
ケイさんはそう言ったけど、セリの言葉は私に対する答えだ。
「雪本君じゃなくて、セツ」
セリは大真面目な顔で訂正する。
「初対面なんだけど……」
「いいの。俺が決めたんだから、かまわない」
そう言って、私を見る。本当に? それでもセリを独りにしてしまうのは事実なのだ。
「……ごめんね」
言葉にしてしまった。ケイさんは、よくわからないって顔で私を見る。
「当ててから、あやまれよ」
セリはそう言ってフォローした。私は、変わりはじめている。
「ケイもやるんだぞ」
「いいのかなぁ、本当に」
「じゃ、ケイも敵」
「えっ」
セリはさっさと三十連発花火に火をつけた。すこし間があって、連発が始まる。
セリはそれを持って、波打ち隙のセツくんの所へ行った。
「本当にやってるー」
ケイさんは、うれしそうだ。もう、こうなったらやけだ。
「私もやる」
連発花火を持ってろうそくに近づく。ろうそくの近くには他のいろんな花火が、山のように積まれていた。やっぱり安全なのにしようかなぁ。
「リノー、早く次のかして、もう弾切れ」
セリは持っていた花火を、もうひとつの穴に投げ入れた。あっちはごみ箱なのか。
「セリ、あんまり危ないことしないでよ」
「リノもね」
……それは、私からバラすような事のないように行動しろってこと?
私、そんなに危なっかしい事ばっかりしてるのかな。でも本当はそんな事をうまくできる人の方が珍しいんだから。
「彼女のツッコミって、時々ヘンだよね」
ケイさんが私の隣に座って言った。普通の花火に火をつける。何?
「いや、前後の会話がつながってるんだかつながってないんだか、よくわからない事言う時があるから」
ケイさんはセリを見てる。遠い目。
うそ、彼は気づきはじめてる。
「それ、は、考えすぎだと思う、けど……」
彼女の、言葉の間にかくされたメッセージに、気づきはじめてる。
私にしか、わからないと思ったのに、セリの言葉は、私のためにあると思ってたのに。
「そうか、考えすぎか」
彼は意外とあっさり引き下がった。
よかった。もし突っ込んで聞かれたら、今の私は到底うそをつき通せない。
ケイさんと二人でろうそくを囲んで、普通の花火をする。
何も話さない。
セリたちは、ちょっと離れた所で、バクチクに火をつけたりして騒いでいる。
でも、私たちは何も話さない。
とてもいい空間だ。なんとなく、気持ちが落ち着いてきた。
ケイさんを見てみたら、ちょっと間があってから、こっちを向いた。
「……何?」
なんでもないって首をふった。彼は全然普通の顔をして、何かとても難しいことを考えていたような気がした。何を考えていたの?
「辛気臭いなー、いい若いモンが何してんですか、ハイッ!」
と、目の前に火のついたバクチクが投げ込まれた。えっ?
「きゃーーーーーっ! 何すんのよ、セツくん!」
バクチクは本当に(逃げなければ)目の前でものすごい音をたてていた。先に逃げてしまったセツくんとはじめから離れていたセリは笑いころげている。ケイさんも驚いてたけど、二、三歩逃げただけだった。
「もうっ、ケイさん、リベンジしよう」
ケイさんは花火を束にして火をつけた。
「これ持って、追いかける」
「こっちの方が、武器がいっぱいあるもんね」
二人で走りだす。
この夏は、このまま過ぎる、と思った。
違う、過ぎてほしいと思った。
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