全ては演技の上で

フクロウ

僕と音葉和咲の設定

 僕は付喪神だ。それも珍しく人間の姿をしている。付喪神とは、「長い年月を経た道具などに精霊(霊魂)が宿ったもの」とされるため、普通は生前の物の姿をモチーフにしているものの、私はある特別な事情から人間の姿をしている。


 その鍵を握っているのが、今、ベッドで静かな寝息を立てている音葉おとは和咲かずさ。日本を代表する女優だった・・・人間だ。


 だったというのは、表舞台から姿を消したということ。女優・音葉和咲は三年前に引退し、今はもう一人の人間として生きている。演技の人生を降りて真の人生を歩む。真の人生を捨てて演技の人生を生きることになった私とは、実に対象的だ。


 和咲はゆっくりと目を開いた。長い睫毛まつげに切れ長の目が印象的だ。その目で何人もの男と恋物語を演じてきた。周囲を魅了し、観客を魅了し、中には本気で恋に落ちた役者もいるだろう。私もその一人、そういう「設定」だった。


「おはよう。どうやら昨日も生きられたみたいね」


 優しい笑顔が向けられる。花のよう、と女性の笑顔はよく例えられるが、和咲に対しては的確な比喩だと思う。


「おはよう。今日も一日、元気でいられますよう」


 柔和な、という言葉で表現されるような笑顔で返す。和咲の手を取って身体を起こし、黒羽色という表現がピッタリな長い髪をかき分けると、その透き通りそうなほどに白い頬にそっと唇を寄せる。甘い香りが鼻孔をくすぐった。


 和咲の瞳が輝き、ゆっくりと大きく瞬く。


「さて、今日は何をして過ごしましょうか」


 和咲は、明日にはもう枯れてしまうかもしれない幾ばくもない命。これは本当だった。そして、私は舞い戻ってきた恋人として最期まで寄り添う元役者。──これは設定だ。

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