47.困った

 


「プレゼントなのか?」


 学園への帰り道、ソラが不意に問う。

 小さくもリボンがかかっているのだからプレゼントなのは一目瞭然だろう。

 そんなソラからの分かりきった質問に少し不貞腐れ「まぁな」とぶっきらぼうに返してしまう。

 するとソラからも「そうか……」と感情の見えない声で返ってきた。

 まるで喜びの見えない声に、不貞腐れていた心は焦りに変わる。


 どうしたら良い?

 どうしたら繋ぎ止めておける?

 学園に戻っても、そのまま部屋に戻る気にもならなくて、無言でソラの手を引き道をそれる。

 ソラも何も言わず付いてくるので、抵抗が無いのをいい事に足を進めた。

 行き着いた先は、以前来た森の近くの古いガゼボ。

 こんな草の生茂る古いガゼボに恋人を連れてくるのはどうかとも思ったが、そのままソラを部屋に帰すのだけは避けたかったのだ。

 風が吹き抜け少し寒いが、二人でゆっくり話せる場所はここしか思いつかなかった。

 ソラを隣に座らせて、ふぅ──……と長く息を吐く。

 一旦心を落ち着かせて、プラドは隣のソラに顔を向ける。

 そして覚悟を決め、口を開いた。


「なぁ、メルランダ……最近様子がおかしい気がするんだが……」


「気づいていたのか」


「気づくに決まってる」


 ソラ自身もやはり自覚があったのだろう。気まずそうに他所を向くソラに、チクリと胸が傷む。


「何があった? 俺に言えないような事か? いや、言い辛い事でも出来る限りでいいから教えてほしい……」


 いつだってプラドの目を見て話すソラが、今は目をそらしている。

 こんなの不安にならずにいられようか。

 頼むから教えてくれとソラの手をギュッと握れば、ソラは少し戸惑いながらも重い口を開いた。


「最近……少しプラドに困ってる」


「……っ!」


 やっと知れると安堵したのもつかの間、あまりにもストレートすぎた物言いにプラドは焦りと驚きでソラの両肩を掴んでいた。


「な、何が困ってんだ!? 毎朝迎えに行く事か? 髪を結う事か? 自慢したくて用もないのに遠回りしてる事か? どれだ!?」


「……ふむ、遠回りは止めてくれ」


「分かったもうやらん!」


 ソラを体ごとコチラに向けさせ鬼気迫る顔のプラドが懇願する。もう二度と俺の恋人だぞとマウントを取りに連れ回さないから呆れないでくれ、と。

 しかしこれでは問題は解決しなかった。


「……ただ、そうじゃないんだ」


「は……?」


「ただ、なんだか困るんだ。プラドが近くに居ると」


「なんだよそれ……どういう意味だ?」


 プラドの死にものぐるいな形相に驚いて見つめていたソラだが、また顔を伏せてしまう。

 長いまつ毛が揺れる様子を、プラドはいまだに動揺したまま見つめ続けた。


「私も分からないのだが……」


「分からないって、何だよ……」


「……ただ、なんだかこう、困るんだ。プラドが近くに居ると……」


 一生懸命話そうとしているようなのだが、ソラの話はさっぱり要領を得ない。

 ただ、自分が近くに居ると困るなんて言われては心中穏やかではいられない。

 けれど懸命に自分の思いを伝えようとするソラは、それでもどう伝えたら良いのか分からず自分でも困惑しているようだった。

 そんな姿に不穏な会話を忘れ抱きしめそうになるが、プラドはなんとか耐えてソラへの言葉を選ぶ。


「……えーっと、どう困るんだ? たとえば困る場面とか、詳しく分かるか?」


「場面……」


 うんうんと考えだしたソラをドキドキしながらプラドは見守る。

 やがてソラは口を開いたが、やはりどこか自信がなさそうな口ぶりだった。


「……隣に居るだけで、落ちつかない。手をつなぐ時も、困ると言うか、恥ずかしいような気分になる」


「そ、それは、つまり嫌って事か……!?」


「嫌じゃない。プラドと手をつなぎたいと思うし、隣に居たいとも思う」


「へ……?」


 やはり嫌われたのか!? と胸が死にそうなほど痛んだプラドだが、続けられたソラの矛盾する言葉に、胸の痛みを忘れるほど呆気に取られる。


「プラドが近くに居ると困るのに、近くに居ないと近くにいて欲しいと思う」


「……おい……それって……──」


 プラドは呆気に取られたままだが、それでも必死にソラの言葉を頭の中で繋いだ。

 一つ一つの言葉を繋ぎわあせていくうちに、痛みと苦しみと悲しさで押しつぶされそうだった心に、ジワリと温もりが広がった。

 己の都合のよい解釈だろうか?

 でももう浮かれ始めた心に、今更理性的な部分を引っ張り出してこようとしても手遅れで、緊張と不安でドキドキしていた心臓が別の感情で高鳴りだす。


「プラドがプレゼントを買っていた時も、困った」


「……どう困ったんだ?」


「分からない。ただ、とても嫌だと思った。プラドが誰にプレゼントを買おうが勝手なのに、私はなぜか嫌だったんだ」


「……」


「とても真剣に選んで、とても大切そうに受け取っていた。そんな、プラドにとって大切な物が、誰かに渡るのを想像して嫌だと思った」


 プラドは呼吸が苦しくなる。

 どうやって息をしたら良いのか分からない。

 けれどプラドの爆発しそうな心情などソラは知りもしないで──


「プラド、とても勝手な言い分だとは思うが、大切な人への物を買う時は、私の知らない所で買って欲しい」


 ──と、とんでもなく純情な愛を告白するからたまらない。

 きっとソラは本気で困っている。

 そんなソラには申し訳ないと思いつつも、プラドの胸は歓喜で満ち溢れてどうにかなってしまいそうだった。


「はあぁぁぁぁぁぁ……──ッ」


 呼吸の仕方を忘れて酸欠になり始めていたプラドは、一旦落ち着かせる為にたまった息を吐き出した。

 そんな長い長いため息を、今度はソラが不安そうに見つめた。


 

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