40.崩れ落ちるガチ恋勢

 

 * * *



 ソラとプラドとの交際が始まった。

 二人で寮の門限ぎりぎりまで語り合い、触れるだけのキスをしたあの日から早七日。

 二人の学園生活は特に大きな変化は無く……とはいかなかった。


「あ、あ、あの、メルランダさん! あっち、彼氏さん待ってますよ!」


「あぁ」


 緊張した面持ちのクラスメートが、まだ教室の椅子に座って本を整理していたソラに話しかける。

 あっち、と言われた方を見れば、腕を組んだプラドが扉によりかかりソラを見ていた。

 ソラが礼を言えば声をかけてきたクラスメートは照れながら去っていく。

 そう、ソラとプラドが付き合い出したのは、学園中に知れ渡る事となったのだ。

 それで大変な事になったわけだが、ソラが大変になったわけではない。周りが勝手に騒いでいるだけだ。

 大半の者が「みんなの森の泉の妖精だったのに……!」と意気消沈し、ごくごく一部(主に女子)が二人の逢瀬に熱視線を送った。


「プラド、待たせた」


「かまわん。行くぞ」


 二人が付き合いだして一番初めに決まったのは、ランチを共に過ごす事だった。

 初めはカフェでランチをしたが、ソラがあまりにも落ちつかなかったので、今では食堂を使っている。

 自分に合わせてもらって申し訳ないと思うが、毎回あの値段を支払うのは庶民のソラには難しい。プラドが支払おうとしたが、それも毎回だとやはり心苦しい。

 そんな経緯で毎日食堂に二人で向かうわけだが、プラドの準備が早いのかいつも迎えに来てもらっている。


「プラド、今日も食堂で良いだろうか」


「はなからそのつもりで席も取ってる」


 ちなみにプラドがソラのクラスで彼氏面がしたいが為に猛ダッシュで来ているわけだが、ソラが知る由もない。

 つまり、多くの生徒が見ている場でソラと共にランチをするのは、プラドにとっても都合が良かった。


「ハインドこのやろ……いやハインド先輩! やはり、本当に泉のよう……メルランダさんと……っ」


 二人が並んで歩く中、たくさんの視線が注がれる。

 人に注目されるのに慣れているソラは何とも思わないが、プラドはその一つ一つにドヤ顔を送っていた。

 そんな中、後輩らしき男子生徒がプラドに声をかけてきた。

 顔の青い男子生徒は、震える声でプラドに近づく。

 どこか様子のおかしい生徒に何事かと心配になるが、プラドは様子を見ようとしたソラの肩を抱き寄せ、自分の赤髪をわざとらしくかき上げて言った。


「しつこいなお前も。見ての通り俺とメルランダはそういう関係だ」


 フフンと笑うプラドに、男子生徒は膝から崩れ落ち地面に沈む。

 やはり普通ではないと駆け寄ろうとするが、プラドは「気にするな」と言って肩を抱いたまま歩き出す。

 プラドがそう言うならまぁ良いか、とソラも気にせず歩き出した。ソラも慣れてきたのだ。

 というのも、彼が初めてではないからだ。

 二人が付き合い出したと噂が出回っても、そう簡単に信じられない者もいた。いわゆるガチ恋勢である。

 しかしあまり踏み込んだ話題をソラに聞くのは恐れ多いので、決まってプラドに押しかける。

 そして受け入れがたい現実を目の当たりにして床に沈んだのが、彼でかれこれ十人目。

 その様子をプラドは「まったく、面倒ったらないな」と誇らしげに愚痴をこぼした。


 ちなみにソラと付き合い出したと周りにぞんぶんに匂わせたのはプラド本人である。

 けれどたくさんの生徒に嫉妬と絶望をふくんだ声で話しかけられるプラドを、ソラは友人が多いのだなとしか思わなかった。


 そんな調子で食堂でもマウントを取るプラドと食事を終え、校内をぶらつきながら魔術談話に花を咲かせる。


「……」


「……」


 さてそろそろ教室に戻ろうか、となった時、二人に妙な沈黙がよぎった。

 まるで互いの出方を伺うような沈黙は、そう長く続かず、互いにパチリと目が合って、同時に口を開いた。


「「明日──」」


 ただ、あまりに同時すぎた為、声が重なりまた沈黙が訪れた。

 その沈黙を先に破ったのはプラドだった。


「……何か言いかけてただろ。何だよ」


「いや、たいした事ではないんだが……プラドは何だったんだ?」


「いや、俺もたいした事じゃない」


「そうか……」


 ここでもやはり、互いの出方を伺う。

 そして今度はソラが、先に動いた。


「……私は明日の予定を聞きたかったんだが。もし予定が無いのなら明日の休日は共に過ごさないか?」


「……っ! お、おぅ。明日は偶然、たまたま、用事が無いから、まぁかまわん……」


 プラドの返事を聞いて、ソラは「良かった」と短く返事をした。

 自分はプラドと恋人同士になった。ならば恋人らしい事をしてみようと考え行動した結果だった。

 ひとまず予定通り進めそうだと安堵し、今日もいつものように、プラドに教室まで送ってもらった。


「じゃあプラド、明日」


「ん? あ、あぁ、明日な。そう言えばそうだったな。全然意識してないからすっかり忘れてた」


 やたら饒舌になったプラドと別れ、明日の計画をもう一度頭で整理する。

 デートプランなど立てた事もなければ考えた事もないソラだが、プラドから無事了承をもらったからか、今からワクワクと楽しい思いが湧き上がる。

 しかし浮かれすぎはいけない、と、少しだけ自分を叱咤して、ソラは残りの授業に向き合った。

 いっぽうプラドはソラと別れた後、うざったいほど浮かれて上機嫌で歩いていたとのちにクラスメートは語った。





【おまけのトリマキーズ】


「しまった、明日は図書館に行こうと思っていたが……予定が入ったんだった」


「珍しいですねプラドさん。休日はいつも図書館なのに」


「あぁ、想定外の予定が入ってしまってな。仕方ないから図書館はまたにするか」


「……」


「……」


「……まいったなぁ、予定が入ってしまったなぁ」


「……」


「……あー、ちなみにどんなご予定で?」


「なんだ気になるのか! いやなにソラ・メルランダが? どうしてもって言うもんでな? いやソラ・メルランダから誘ってきたからしかたなく? ホントは図書館に行きたいが恋人に言われたら仕方ないよなまったく!」


「ヘー、ソウナンデスネー」


「タイヘンデスネー」


 元気になったらなったで面倒くせーな……と思ったとか思わなかったとか。たぶん思った。


 

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