15.危機脱出?

 

「──オォオオォ……ッ」


 ソラの頭の中が大きく揺れた。

 背後からのゴーレムの雄叫びが頭で響き、目が回って吐き気をもよおす。

 魔力の塊であるゴーレムが雄叫びに魔力をまとうのは珍しい事ではない。

 しかし今はそれを防ぐ手段が無いため、まともにくらったソラの足元が揺らぐ。


「ぅおっ……と」


「……っ」


 地面に倒れかかったソラの体が、その勢いのまま引き上げられる。

 一瞬息がつまり強くまぶたを閉じたが、開くと視界は逆さまになっていた。

 プラドの肩に担がれているのだとすぐに気づき、危なげのない彼の足取りに安心した。

 逃げは一旦プラドに任せようと判断したソラは、すぐさま次の行動に移る。不安定な体からポケットをあさり、冷たい球体を掴む。学園から渡された水晶だ。


『──メ……ラ……ッ……ハイン──……! ──……早くにげ…………ッ! 今……──を向か……から……!』


 水晶からは珍しく焦ったルーズの声が聞こえるが、水晶の魔力すら捻じ曲げられているようで断片的にしか聞こえない。

 ソラは視線をわずかに上げて背後を見やる。泥の体を振りながら自分達を追うゴーレム。

 プラドだけならば逃げられるかもしれないが、おそらく彼は自分を置いて逃げるような事はしない。このままでは追いつかれるだろう。

 そこまで考えて、ソラは水晶を握る手に力をこめた。迷っている暇など無い。


「くそ……っ! 何だよアレはっ!」


 苛ついた声をプラドが吐き捨てる中で、ソラはすべての情報を切り捨て手の中の水晶へ集中した。

 発したそばから崩れる魔術と、刻々と失われていく魔力。背後ではゴーレムが岩を掴みこちらに投げようとしている。そのすべてを無視して、ソラは水晶へなけなしの魔力を流し込んだ。ゴーレムの投げつけた岩は二人を標的に飛んできて……────


「──ッ!!??」


 プラドが慌てて急停止し、つんのめって転倒しそうになる。

 それでもなんとかソラを抱えたまま踏ん張り、息を切らせてあたりを見渡した。岩は、飛んでこなかった。


「な、なんっ………………──何だ……?」


 あたりをしきりに見渡すプラドの視界は、先程まで居た光景からガラリと変わっていた。

 沼地に居たはずなのに、今は先が見渡せないほど高く伸びた木々に囲まれている。

 人が足を踏み入れた形跡は無く、地面や木の幹には苔が生えていた。まっすぐ伸びた木々の隙間から日が差し込むが、どこか薄暗い。

 そしてゴーレムは、どこにも居ない。


「どこだよここ……」


 状況が分からないようでポカンとしているプラドの背をソラがポンポンと叩く。


「プラド、おろしてくれ」


「は? あ、あぁ……」


 ソラの声掛けで自分がソラを担いでいると思い出したプラドは、顔の横にソラの尻がある事に驚いて慌てておろした。

 おろされたソラはそのまま地面に座り込み、やれやれと言わんばかりに息を吐く。飛ばされた際に切れたのか、髪を結っていた紐が無くなり空色の髪がパサリと肩を滑る。完全に緊張が解けた様子のソラに、プラドも緊張していた体から力を抜いた。


「おいメルランダ、ここはどこだ」


「分からない」


「はっ?」


 しかし、危機から脱出できたと思っていたら予想外の答えが返ってきたものだから、プラドは再びうろたえる。


「お前がここに飛ばしたんじゃないのか!?」


 ソラがしたのでは無いのならゴーレムの仕業になる。そうなってくるとここが安全とは言い難い。

 そんな考えがソラにも伝わってくるほど、プラドは辺りを警戒し始めた。


「プラド、飛ばしたのは私だ。ただここがどこかは分からない」


「……どういう事だよ」


 だからソラにしては詳しく説明したつもりなのだが、かえって怪訝な顔をされてしまう。

 仕方がないので、たどたどしくも順を追って説明する事にした。


 あの時、どんなに魔術を構築しても崩れてしまい発動できなかった。


「だが水晶に練り込まれた魔法陣はまだ形を残していた」


「……つまりその魔法陣を利用して俺達を転移させたってわけか。でも学園に指定されていた転移先の魔法陣はつかえなかったんだな?」


「そうだ」


 この時点ですでに指定されていた転移先の魔術は崩れており、利用出来たのは移転の部分だけだったのだ。


「……むちゃくちゃするなお前」


「すまない」


「いや、あの状況じゃ最善だとは思うが……」


 規格外すぎるだろ……と呟くプラドは、どこか複雑な顔をしていた。一方ソラは、少ない説明ですべてを理解してくれたプラドに安堵した。

 納得してもらえたなら良かったと、ソラは座り込んだまま足を曲げ伸ばしする。

 そして地面に手をついて力を入れ、早々に諦めた。


「お前、なにやってんだ」


「ふむ……」


 片膝を立ててぼーっと遠くを眺めるソラに、プラドはまた怪訝な顔をする。

 しかし今度は説明するべきか悩んでいたら、それも早々に見抜かれてしまった。


「……もしかしてだが……立てないのか?」


「魔力を使い果たした」


「普通、魔力が空になったら気絶するだろ」


「何度も繰り返しているうちに気絶はしなくなった」


「……」


 プラドは今度こそ分かりやすく、とても複雑そうに顔を歪めた。「とんだバケモンだな」と付け足して。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る