12.対ギルマン
二人は無言で森を進んでいく。
元々ソラは話す人間では無い。いつもの二人の会話は、プラドが突っかかってくる事で成り立っていたのだ。それが無くなった今、二人の間に会話は生まれなかった。
たいした打ち合わせも無く進む二人だが、足取りは共に迷いがなくギルマンを討伐すべく進んでいた。
水場の魔物は日が高いうちにでなければ戦闘が困難になるからだ。
森に水場は複数ある。川、滝、湖、洞窟など様々だが、ギルマンが潜んでいるであろう場所に目星はついている。
そんな基礎を話し合う必要もない優秀な二人であったから、余計に会話が無かった。
「……」
「……」
目的の場所に着いても特に会話は無かった。
二人が選んだのは、洞窟だった。この森でギルマンが生息している可能性が高いのはここだろうと目星をつけたのだ。
滝壺の近くの崖にある洞窟はしっとりとした空気が流れ、時折天井から水滴が落ちてくる。
奥に進むと空間は大きくなり、一面が水に沈んだ場所に辿り着く。
外の光はかろうじて届いているが、戦うにはやや暗すぎる。そこでプラドが灯りの魔術を使ったので、ソラは魔術で防壁を張った。
「……出ないな」
「……そのようだ」
ギルマンは縄張り意識が高く、侵入者が来れば即座に襲いかかってくる。
しかしここまで近づいても出てこないのなら生息地が違うのかもしれないと二人は考えた。
だが二人に落胆の色は無い。
都合よく指定の魔物が居るとは限らないのが実戦考査の特徴だ。
その場合、いかに指定の魔物が居るであろう場所を選んだかが考査対象となる。
つまり、最善の行動が取れてさえいれば討伐しなくとも高得点をもらえるので、出ない方が面倒がない訳である。
あと数個、ギルマンの生息確率の高い場所を選んで足を運べば考査の成績には問題ないだろう。
そう考えて踵を返そうとした時だ。
「……ちっ」
舌打ちしたのはプラドで、心の中で舌打ちしたのはソラだった。
こんな時だけはやたらと気が合う優等生ペアである。
静まり返っていた水面がポコポコと揺れだしたのだ。
その揺れが大きくなると、水面にわずかに影が現れ、二つの赤い点が水の奥で光った。
出てこなければ討伐せずとも評価がもらえたのだが、出てきてしまったものは仕方ない。
二人はそれぞれ魔法陣をえがき、襲撃に備えた。
「ギャガガガガァアア──ッ!!」
数秒もしないうちに水しぶきを上げて、青い鱗に覆われた水かきを持った魔物が勢いよく飛び出してくる。目的の魔物、ギルマンだ。
だが、相手が油断した所を水中から襲うのがセオリーだろうにこのギルマンは知能が低そうだ。
戦闘中にそんな事を考えながら、ソラは魔術を発動させた。
まずは相手に先に攻撃を仕掛けさせる。それを魔術で防ぎ、隙が出来た所で間髪入れずに反撃するのが基本である。
その流れは、プラドがギルマンの攻撃を相殺させる魔術を発動させているのが分かったので、その隙にソラは反撃の魔術を発動させる事で成り立った。
「グェ……ッ? ギャオォ……」
襲撃したはずがいつの間にか真っ二つになっていたギルマンは、何が起こったか分からぬまま息絶えた。
これで一つ目の課題は完了だ。
「……お前」
「ん?」
考査には不要だが、せっかくなので素材を回収しておこうと動かなくなったギルマンを水から指先一つで引きずり出すソラ。
そんな矢先にプラドから声をかけられたものだから、ソラはかなり驚いた。ただしギルマンを操る魔術に乱れは無く、表情も変わらなかったのでプラドには気づかれなかった。
ひとまずギルマンを近くまで持ってきた所で振り返れば、プラドは分かりやすく驚いた顔をしていた。
「良く俺がヤツの攻撃を防ぐ魔術を使うと分かったな」
「魔力の流れで分かるだろう?」
「……マジかよ」
何が「マジかよ」なのだろう、と思うが、プラドがまた舌打ちをしてギルマンを解体し始めたので尋ねるタイミングを逃した。
気を取り直してソラも解体作業を共にしようとするが、プラドの手際が良すぎて手を出す隙がない。どの部位が高く売れるか理解しているようなので、特に口を挟む必要もない。
なので、プラドは器用だなと感心しながら彼の隣に屈んで待つ事にした。
すると「ジロジロ見るな!」と怒られたので天井から落ちてくる水滴を数える事にした。
しばらくして解体を終えたプラドがソラに素材を手渡す。
後で分けるのだろうと、ソラは黙って受け取りマジックバッグにしまった。
戦闘をあっさり終え、素材も手に入れてソラは一息つく。
そして思う。動きやすい、と。
会話はほぼ無いのに、とても動きやすい。
今までであれば、他人が居ると思うように動けず手間と時間がかかっていた。
だから苦手な会話を懸命にこなして相手を導く必要があったのだ。
けれど今回はどうだろう。
ソラが何も言わずとも目的の場所に来れたし、常に最善の行動を取ってくれる。
共に行動してこんなに疲れないのは初めてだった。
「……プラド」
「……ンだよ」
だからつい、ソラは言ってしまったのだ。
「プラドがペアで良かった」
「はっ!?」
驚愕した声と共に湿った地面で滑りそうになったプラド。なんとか体勢を整えたが、その後は口をポカンと開けたまま微動だにしない。
そんなプラドをみて、また失敗したかなとソラは思う。
「……っ、断ったくせに……」
「すまない」
唖然とした様子からハッと思考を戻したらしいプラドが、苦々しげに言った。
ソラも、それはそうだと思う。断っておいて都合のよい。プラドも怒って当然だろう。
しかし、そんなプラドを見ても、やはり違和感が拭えなかった。
なぜなら以前のプラドであれば、もっと文句を言うか「やっと俺の優秀さを認めたか!」とお得意の仁王立ちで騒ぎそうなものだからだ。
ところが今のプラドはどうだろう。
力なく返事を残しただけで、ソラに背を向けてしまったではないか。
洞窟から出る際にプラドが振り返ったが、目が合うと瞬時に前を向いてしまう。けれどその後もチラチラとソラを気にし、目が合っては同じ事を繰り返す。
そして明るい場所に出て気づいた。プラドの顔が真っ赤だ。
「プラド、顔があか──」
「──赤くない! 気にするな! 行くぞっ!」
早口でまくし立ててズカズカと大股で進んでいくプラド。
顔色が正常ではなく、挙動不審な様子にソラは改めて思う。
──やはりプラドは何かの魔術にかかっている……。
そう確信するのだが、その魔術が何なのか未だに分からない。
そばにいてもおかしな魔力は感じない。プラドが魔術を使えば違和感のある魔力の流れが感じ取れるかとも思ったが、あれほど近くで使われたのに察知できなかった。
これはよほど巧妙な魔術が組み込まれている可能性がある。
ならば、少々強引な手に出なければならないかもしれない。
「……」
まだ時間はたっぷりあるのだ。必ず今日のうちにプラドの魔術を解術してみせる。
そう決意するソラ。とんでも無く嫌な予感がよぎったプラドは、寒気は無いのにわけも分からず鳥肌を立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます