【BL】うっかり恋に落ちたライバル魔術士

キトー

1.ソラ・メルランダ

 

 ソラ・メルランダは今日も長い髪をなびかせ歩く。

 ここは王都の中心にある学園。広大な敷地に建つ校舎は歴史ある建造物だ。その広い石造りの廊下を、ローブ姿のソラは歩いていた。

 天に溶け込むような青空色の髪は一つに結ばれ、揺れるたびに太陽の光できらめいた。

 瞳も同じ空色で、その瞳を囲むまつげは影を落とすほど長い。

 白い肌に整った中性的な顔。窓際にたたずめば、一枚の神秘的な絵画のようだった。そんな美しい彼を周りの人間は、森の泉の妖精のようだと口にする。

 しかし当の本人は、己の容姿に無頓着だった。

 そのせいで、大事件が起こる。

 以前、髪が伸びたなと結んだ束を鷲掴みナイフでバサリと切り落した事があるのだ。

 その際、親の死に目をみるような周りの顔に、ソラは何となく駄目な事なのだと悟りプロに任せるようになった。

 しかし何度「出来るだけ短く」と頼んでも、毛先を整える事しかしてもらえないのが最近の悩みだ。


「お、おはようございますメルランダさん!」


「あぁ、おはよう」


 勇気を出したであろう後輩がソラに声をかけ、返事をもらえると嬉しそうに頬を染めて去っていく。

 ソラを慕う者は多い。それは彼の美しすぎる外見も関係するが、ソラの魅力は外見だけでは無かったのだ。

 学園の魔術科トップの成績の彼は、その実力を鼻にかける事などせず、ただ淡々と研究に打ち込む。

 アドバイスを求められれば的確に指示し、問題が起こる前に先回りして解決させてしまう。

 優れた才能と穏やかな性格、美しい姿も相まって、今日も彼を崇拝する者は増えていく。

 ただ、惜しむらくは表情である。

 ソラはほとんど笑わない。かといって怒りもしない。

 感情の読めない彼には近寄りがたい雰囲気がつきまとい、孤高の人物となっていたのだ。しかしそれもまた彼の魅力だと、周りは密かに熱い視線を送るのだった。



 * * *



「メルランダさん! また首席でしたね!」


「そう」


 クラスメートが、聞きもしないのにソラへ嬉しそうに報告する。

 今日は成績が発表される日だったようだが、そんな事より魔術の研究がしたいソラは簡単な返事だけを返した。

 もちろん首席でいられるのは誇らしいとも思う。しかし、ただ己が好きで魔術を学んでいるだけであり、結果は付属品にすぎないとも考える。


「おい」


「……?」


 しかし、そう思わない人物も当然居るわけである。


「今回もたいそうな成績だったみたいだな」


「プラド、それは褒めているのだろうか」


「おー、凄い凄い。褒めてやるよ」


 褒めてやる、と言いながらもプラドと呼ばれた男はソラを鼻で笑う。

 プラド・ハインドはソラの同級生である。そんな男は腕を組み、ソラを威圧的に睨んだ。


「だがな、調子にのっていられるのも今のうちだ。今はトップの座にあぐらをかいてチヤホヤされてるようだが、次のトップは俺だ」


「前も言っていたが?」


「うるせぇっ、今回は調子が悪かったんだよ!」


「そうか。薬は必要か?」


 体調に合わせて魔力を込めながら薬を配合するのも魔術士の仕事だ。

 なので体調不良ならば薬を配合しようか、と完全な善意でソラは言ったつもりだった。

 しかしながら、当のプラドにはソラの善意など伝わらなかったようで、


「いらねえよっ!」


 と、吐き捨てられてしまった。

 馬鹿にしやがって……と睨むプラドに、また怒らせたようだとソラは申し訳なく思う。

 しかしいかんせん表情が出ない彼は、一人怒るプラドを涼し気な態度で軽くいなしているようにしか見えない。

 その様子は、益々プラドを憤慨させた。


「いいか! 次は必ず俺が勝つっ!」


 そう言い残し、ドスドスと足音をたてて立ち去ったプラド。

 そんな彼を見送って、ソラは人知れずため息を吐いた。


 ソラは極端にコミュニケーションが苦手だった。いわゆるコミュ障である。

 それでもあまり問題にならなかったのは、ソラに話しかける者が少なかったからだ。

 高嶺の花と認識されているソラに対等に対話しようとする者はほぼ居ない。

 憧れの存在を遠くから眺めるだけで満足してしまい、まともなコミュニケーションを取ろうとはしないのだ。

 ただ一人の男を除いて。

 しかし、そのただ一人の男は先程怒って立ち去ってしまった。

 常に二位の座に鎮座する男の名はプラド。鮮やかな赤髪をオールバックにした男は、良い家の出のようで、すこぶるプライドが高かった。

 身長はソラより拳一つ分ほど高く、仁王立ちがよく似合う男である。

 この男もまた成績優秀で教師の覚えも良かったが、この学園でトップに立った事は無い。

 生まれてこのかた家族からも周りからも褒めちぎられて育った男は、それが許せるはずもない。

 そんなわけで、まさに目の上のたんこぶと認識されてしまったソラは幾度となくプラドから絡まれていた。


「……」


 そんなプラドをソラはとても……面白く思っていた。

 絡まれるソラに同情の目を向ける者は多い。

 しかしソラ自身は、プラドに絡まれるのは不快には思わない。もちろん初めは戸惑って珍獣を見るような目で見てしまったが……。

 遠巻きに憧れられるだけの孤高の存在。そんな日常を突然壊してきたプラド。

 それは私室でお気に入りのお茶を飲んでいたら突然カラスが窓ガラスを割って飛び込んできたような衝撃だった。

 ただ話しかけられただけなのだが、ソラにとってはそれほどの衝撃があったのだ。

 突然の珍獣に戸惑っていたソラも、幾度となく突撃されるうちに慣れてきて、今では楽しみの一つとなっていた。


「……嫌われているけれど……」


 彼となら対等な友人になれるのではないかとソラは思っていた。

 けれど、プラドの接触に好意など無いのはコミュニケーション能力の皆無なソラにだって分かる。

 それでもソラなりに歩み寄ろうとするのだが、今日も見事に怒らせたわけだ。

 ソラはいつものように反省をして、長い廊下を一人で歩く。

 憂いを帯びた横顔に、周りはまた感嘆のため息を吐いた。

 

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