返り咲きのヴィルヘルミナ

 一年後、ヴィルヘルミナが二十歳を迎える年のこと。

 この日のドレンダレン王国は大変賑わっていた。

 ヴィルヘルミナが女王として即位するのである。そして同時に、ヴィルヘルミナとマレインの結婚式もおこなわれるのだ。


「ミーナ、もうすぐ即位式だけど、緊張してる?」

 マレインはヴィルヘルミナに優しく微笑みを向ける。

「そう……ですわね。少しだけ、緊張しておりますわ。……ドレンダレン王国を、平和で穏やかな国に出来るかどうか……少しだけ不安です」

 ヴィルヘルミナの表情は少し硬い。

「そっか。……だけど、ミーナならきっと大丈夫だよ」

 マレインは優しくポンと、ヴィルヘルミナの肩を叩く。クリソベリルの目は、真っ直ぐヴィルヘルミナを見つめている。まるでヴィルヘルミナの不安を取り除くかのように。

「マレイン……」

 ヴィルヘルミナの表情が少し和らぐ。

「ありがとうございます。貴方にそう言ってもらえたら、本当に大丈夫だと思えてきますわ」

 ヴィルヘルミナは柔らかな笑みを浮かべる。

「即位式、行って参りますわ」

 タンザナイトの目が力強く輝いた。

「うん。見守っているよ」

 マレインはクリソベリルの目を優しく細めた。

 ヴィルヘルミナはゆっくりと歩き出した。


 ドレンダレン王国の王宮にて、大勢の貴族達に見守られながらヴィルヘルミナは即位式に臨んだ。

 ヴィルヘルミナは神官から戴冠たいかんされた。この瞬間、ヴィルヘルミナはドレンダレン王国の正式な女王になったのだ。

「ドレンダレン王国女王、ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウ陛下でございます」

 神官の声が高らかに響き渡り、貴族達は歓喜の声を上げる。正統な王家の血を引くヴィルヘルミナの即位に、皆の表情は明るかった。

 ヴィルヘルミナはピンと背筋を伸ばす。

 太陽の光に染まったようなプラチナブロンドの真っ直ぐ伸びた髪、タンザナイトのような紫の目。ナッサウ王家の特徴を引き継いだヴィルヘルミナ。凛として真っ直ぐ未来を見据えた表情には、女王としての風格があった。

 マレインも貴族達と共にヴィルヘルミナを優しく見守っていた。






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「ミーナ、お疲れ様」

 マレインは即位式を終えたヴィルヘルミナに優しく微笑む。

「ありがとうございます、マレイン」

 ヴィルヘルミナはホッとしたような表情である。

 即位式の後は結婚式なのだが、今は休憩中である。その時、休憩室の扉が控えめにノックされた。

 ヴィルヘルミナが許可を出すと、入って来たのは王宮仕えのメイドであった。

「女王陛下、休憩中申し訳ございません。エフモント公爵家の方々が、どうしても女王陛下にお会いしたいとこちらまでいらしたのですが、どうなさいますか?」

 メイトからそう聞かれ、ヴィルヘルミナはマレインと顔を合わせて思わず笑ってしまう。

「父上達、待ち切れなかったみたいだね」

「結婚式の後、パーティーでは他国からの来賓の方々に挨拶をしないといけませんから、今しかお義父とう様達とお話しする時間はありませんわ」

 ヴィルヘルミナはテイメン達と会うことにした。


「ヴィルヘルミナ、いや、もう女王陛下ですね」

 テイメンはヴィルヘルミナに優しく微笑む。

「お義父様、今はヴィルヘルミナで構いませんわ。まだ女王陛下と呼ばれることに慣れませんもの」

 ヴィルヘルミナは少し照れ臭そうな表情になる。そんなヴィルヘルミナを、ペトロネラが抱き締めた。

「ヴィルヘルミナ、即位式、立派だったわ。貴女はわたくし達の義娘むすめであり、ヘルブラント陛下とエレオノーラ殿下の実の娘。わたくしは、貴女のことを女王陛下と呼べることが誇りに思うわ」

 嬉し涙を流しているペトロネラ。

「お義母かあ様……」

 ヴィルヘルミナはペトロネラを抱き返す。

「ミーナ、色々とよく頑張ったな。まあ、ここからが始まりでもあるが。マレインも、これからもミーナのことを守ってやれよ。二人共、少し早いが結婚おめでとう」

 ラルスはフッと口角を上げる。

「ありがとうございます、ラルスお義兄にい様」

「兄上に言われなくても、ミーナのことはちゃんと僕が守りますから」

 マレインは頼り甲斐がありそうな表情であった。

「そういえばラルスお義兄様、ご婚約者の方を放っておいてこの場にいてもよろしいのですか?」

 ヴィルヘルミナは悪戯っぽい表情でラルスに聞く。

 ラルスはヴィルヘルミナやマレイン達と革命集会に参加していた時、同じく革命派の侯爵令嬢と仲を深めていたのである。そして革命が成立し、色々と落ち着いた頃に婚約したそうだ。

「彼女が家族水入らずで行ってこいって言ったんだよ。今度ミーナにもマレインにも紹介する」

 ラルスはフッと笑う。幸せそうな笑みであった。

 その表情に、ヴィルヘルミナは安心した。そしてテイメンとペトロネラの方を向く。

「お義父様、お義母様、お義兄様、今までわたくしを育ててくださり、守ってくださり本当にありがとうございました。皆様は、わたくしの本当の家族でございますわ」

 ヴィルヘルミナはとびきりの笑顔でそう言った。

「ヴィルヘルミナ……」

「本当に立派になったわね……」

 テイメンとペトロネラはボロボロと大粒の涙を目から零して大号泣した。

「父上も母上も泣き過ぎですよ。ミーナは女王として即位して、更にマレインと結婚するのだからどのみち家族ですよ。まあ立場上気軽に会いにくくはなりますが」

 ラルスは苦笑しながら二人を宥めた。

「マレイン、義娘は渡さないぞ!」

「父上、大丈夫ですよ。ミーナをちゃんと支えますから」

 マレインは軽く掴みかかってくる実父に対し、困ったように微笑む。

「お義父様、バージンロードでのエスコート、頼りにしておりますわ」

 ヴィルヘルミナはふふっと笑った。

 休憩時間、家族水入らずの穏やかな時間を過ごしていた。






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 そしていよいよ結婚式。

 真っ白なウェディングドレスに身を包んだヴィルヘルミナ。テイメンにバージンロードをエスコートされ、マレインの元へ歩く。

 黒褐色の柔らかい癖毛に、クリソベリルのような緑の目。真っ白なタキシードに身を包んだマレインは、優しく、愛おしそうにヴィルヘルミナを見つめている。

 ヴィルヘルミナは嬉しそうにタンザナイトの目を細めた。

「新郎マレイン・アドリアヌス・ファン・エフモント。貴方は病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、ここにいる新婦ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウを妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「誓います」

 神父の言葉に、マレインは優しく、そして力強く頷く。

「新婦ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウ。貴女は病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、ここにいる新郎マレイン・アドリアヌス・ファン・エフモントを夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「誓います」

 ヴィルヘルミナは穏やかに微笑みながら頷いた。

「それでは、誓いのキスを」

 ヴィルヘルミナとマレインは向き合う。

 マレインはヴィルヘルミナの白いベールをゆっくりと上げる。マレインはヴィルヘルミナに、甘く優しい笑みを向けていた。ヴィルヘルミナはゆっくりと目を閉じる。すると、唇に温かいものが優しく触れた。

 その瞬間、会場が歓喜に沸いた。

 ヴィルヘルミナとマレインは夫婦になったのだ。

 ちなみに、会場にはサスキアの姿もあった。丁度プライベートでやって来た様子である。

「マレイン、これから末永くよろしくお願いしますわ。この国を良い方向に導いて行きましょう」

 ヴィルヘルミナは愛おしそうにタンザナイトの目を細めた。

「ミーナ、こちらこそ、末長くよろしく。僕は君の進む道を信じて支えるよ」

 マレインも愛おしそうにクリソベリルの目を細めた。


 その後、ヴィルヘルミナはマレインと共に、ドレンダレン王国をかつてのように穏やかで平和な国にしていくのであった。

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