エフモント公爵領にて

 エフモント公爵城にて。

 ヴィルヘルミナの義父ちちテイメンと義兄あにラルスは、執務室で仕事をしていた。エフモント領も、ヴィルヘルミナ達が起こした革命の影響があった。テイメンは次期当主のラルスと共にその後処理をしているのだ。

「中々終わらないですね、父上」

 書類に目を通すラルスは苦笑する。

「まあ、仕方のないことだ。……ヴィルヘルミナも、王都で多忙を極めているだろうね」

 テイメンは王都で革命後の処理をするヴィルヘルミナへ思いを馳せた。

 テイメンのクリソベリルの目は、娘を心配する父親の目であった。

「ミーナ、無理してないか心配だ」

 ラルスは苦笑し、ため息をつく。

「ヴィルヘルミナもそうだが、ラルスも無理はするな」

 テイメンはフッと笑う。

「ありがとうございます、父上」

 ラルスはラピスラズリの目を細めた。

「それにしても……マレイン……早く目を覚さないものか……」

 テイメンは軽くため息をつく。

 いまだに目覚めていないマレインが気掛かりの様子だ。

「マレインの奴……」

 ラルスは窓の外へ視線を向けた。






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 その日の夜。

 ラルスはマレインの部屋の扉をノックした。

 すると、中から「どうぞ」と聞き慣れた声が返って来たのでそっと部屋に入るラルス。

「母上、マレインの様子はどうですか?」

 ラルスは目を覚さないマレインの世話をしているペトロネラに声を掛ける。

「相変わらずよ……」

 ペトロネラは悲しそうに微笑む。

「そうですか……」

 ラルスは肩を落とす。

「母上、後は俺が代わります。母上はもう休んでください。疲れが見えますよ」

「……ありがとう、ラルス。じゃあお言葉に甘えるわ。マレインをお願いね」

 ペトロネラは優しく微笑み、部屋を後にした。

「もう遅いし、お前も休め」

 ラルスはマレインの部屋にいる使用人にもそう声を掛ける。すると、使用人はお礼を言い、部屋を出るのであった。

 マレインの部屋は、静寂に包まれる。かろうじて、マレインの寝息が聞こえるので、生きていることだけは分かる。

 ラルスはマレインが撃たれた時のヴィルヘルミナの泣き顔を思い出す。

 タンザナイトの目からポロポロと零れる涙。慌ただしい状況だっだが、マレインを本気で案じた涙。

「マレイン……お前はミーナを本気で愛しているんだろう。だっだら……ミーナを泣かせるなよ」

 ラルスはポツリと言葉を零す。ラピスラズの目は目を覚さないマレインを真っ直ぐ見ている。

「ミーナは……今王都マドレスタムで革命の後処理に追われている。あいつはいずれ女王になるぞ。……俺達の手の届かない存在になっちまうぞ」

 ラルスの呼び掛けに対し、マレインはまだ目を覚さない。ラルスは必死に呼び掛けを続ける。

「マレイン、早く目を覚ませ。お前なら絶対戻って来られるだろう。戻って来いこの大馬鹿野郎。でもって早くミーナに気持ち伝えろ」

 ラルスは拳を強く握り締めた。






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 翌日。

 エフモント公爵城に一通の手紙が届き、大騒ぎになる。

 ヴィルヘルミナからの手紙である。

「ヴィルヘルミナがこちらに戻って来るそうだ!」

 手紙を読んだテイメンの言葉に、ペトロネラとラルスは目を大きく見開く。

「まあ、ヴィルヘルミナが!」

 マレインのことでずっと気掛かりだったペトロネラの表情が少し明るくなる。

「ミーナ、戻って来るのか」

 ラルスもホッとしたような、嬉しそうな表情である。

(きっとマレインの様子を見に来るんだろうな)

 ラルスはフッと笑った。


 そしてあっという間にヴィルヘルミナがエフモント公爵城へやって来た。

「お義父とう様、お義母かあ様、ラルスお義兄にい様……何だかお久し振りですわね」

 久々にエフモント城へ戻ったヴィルヘルミナ。家族の顔を見て、表情をやわらげる。

「よく来たね、ヴィルヘルミナ。いや、女王陛下と言った方がいいかな?」

 テイメンは優しく、そして悪戯っぽく微笑む。

「もう、お義父様ったら。わたくしはまだ即位しておりませんわ。それに、いつものようにヴィルヘルミナと呼んでいただけたら嬉しいです。たとえ女王になっても、わたくしはお義父様の義娘むすめですわ」

 ヴィルヘルミナはふふっと微笑む。

「ヴィルヘルミナ……会いたかったわ」

 ペトロネラは涙を流しながらヴィルヘルミナを抱き締める。

「お義母様……わたくしもでございますわ。……マレインお義兄様のこと……申し訳ございません。わたくしが油断したばかりに……」

 ヴィルヘルミナは悲しげに俯く。

「ヴィルヘルミナ、貴女のせいではないわ。それに、マレインはちゃんと生きているわ。確かに不安な気持ちはあるけれど、わたくしは誇らしくも思っているの。マレインが、わたくしの大切な義娘でもあり、ヘルブラント陛下とエレオノーラ殿下の血を引く貴女を守ったのだから」

 ペトロネラは優しくヴィルヘルミナの頭を撫でた。

「お義母様……」

 ほんのり涙ぐむヴィルヘルミナ。

「ヴィルヘルミナ、貴女は本当に立派よ。きっとこの先、素晴らしい女王になるわ」

「母上、ミーナもここで立ちっぱなしだとゆっくり休めないでしょう。話なら、ゆっくり部屋でしたらどうですか?」

 ラルスはヴィルヘルミナを離そうとしないペトロネラに対して苦笑した。するとペトロネラは「そうね」と微笑み、ヴィルヘルミナを離すのであった。

「久々って言っても、十日振りくらいか」

 ラルスはフッとヴィルヘルミナに微笑む。

「ええ、そうですわね。ラルスお義兄様」

「……結構忙しそうなんだな。少しやつれて見える」

 ヴィルヘルミナの顔を見て、ラルスは心配そうである。

「コーバスにも言われましたわ。少し休めと」

 ヴィルヘルミナは苦笑した。

「それでエフモント領に戻ったわけか。まあ、ゆっくり休んでいくといい」

 ラルスはフッと笑い、ヴィルヘルミナの頭をくしゃっと撫でた。

「もう、ラルスお義兄様。わたくしはもう子供ではございませんのよ」

 ヴィルヘルミナはムスッと頬を膨らませる。

「知ってる。お前ももう十九歳だもんな」

 ラルスはラピスラズリの目を優しく細めた。

 ヴィルヘルミナは久々の家族との再会により、少し心を落ち着けることが出来たのである。

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