国を変える為に

 監視役の男の前で堂々と変装し、ヴィルヘルミナとマレインが向かった先は小さな出版社。その一画では何か集会が行われており、盛り上がっている。

「お! ヴィリーとマルじゃねえか」

 そんな中、一人の男が変装したヴィルヘルミナとマレインを見つけてそう呼んだ。

 ここではヴィルヘルミナはヴィリー、マレインはマルという偽名を使っている。

「こんにちは。状況はいかがかしら?」

 ヴィルヘルミナはふふっと口角を上げ、首を傾げる。

「あんまり良くねえな。また俺達の仲間が反乱分子として捕まった……」

 リーダー格の男が苦虫を噛み潰したような表情で呟く。アッシュブロンドの髪、タンザナイトのような紫の目。厳つい顔立ちではあるがよく見ると美形の青年である。彼は今年二十六歳になるらしい。

「悪徳王家め! よくも俺達の仲間を!」

「あんな奴らこそ処刑すべきだわ! ナッサウ王家の方々が国を治めてくれたらこんなことにはならないはずよ!」

「国王名乗ってるアーレントの奴、武器商人から武器を買い漁っているらしい! 俺達の税金で! 国王名乗るならもっと有効に税金を使えよ!」

「王妃フィロメナも、平民はパンすら買えずに飢えている状況を知ったら何て言ったと思う? 『パンがなければケーキを食べたらいいじゃない』よ! 私達の状況を理解しようともしないで許せないわ!」

「知ってるか!? ヨドークスは王宮に金の翌日を作ったみたいだぞ! 僕達の税金を無駄遣いしやがって!」

「それに愛妾とか言うブレヒチェ! あんな豪華なドレスと宝石身に着けて毎日豪遊三昧しているみたいよ! あたしらは生活苦しいのにさ!」

「悪徳王家、服装も派手で毎日贅沢三昧……民のことは一切顧みないで許せない!」

 集会に来ている男女複数名がベンティンク家への憎しみを口々に吐き出す。

(やっぱり当たり前だけど、民達の不満は膨らんでいるわ。早くベンティンク家からドレンダレン王国を取り戻す必要があるわね……)

 ヴィルヘルミナは民達の怒りや不満を冷静に聞いていた。

「ん? でもよお、王太子妃のヴィルヘルミナはいつも地味じゃね?」

 ヴィルヘルミナは自分の名前が出て来てドキリとする。

「確かに、結婚式の衣装もそうだけど、王太子妃のヴィルヘルミナはあんまり贅沢しているようには見えないわね」

「孤児院や病院に積極的に寄付してるって話も聞いたことあるぞ。もしかしたら王太子妃様は悪徳王家の奴らとは違うのかもしれないな」

 ヴィルヘルミナに対しては好意的な意見もあった。

「待て待て、単なるパフォーマンスかもしれないぞ。騙されるな」

「ナッサウ王家、ベルブラント国王陛下やエレオノーラ王妃殿下がいてくださったら……」

 その言葉に、集まっていた者達は頷く。

「ゴーバスさん、早く革命起こしちまいましょうよ。悪徳王家なんてもう耐えられねえ」

 一人の男がリーダー格の男ーーコーバス・ヒュッケルにそう焚き付ける。


 この出版社はベンティンク家反対派、そして革命推進派の為の隠れ家になっている。こうして毎日のように革命派が集まり議論を交わしているのだ。

 ヴィルヘルミナがそれを知ったのは十六歳の時。そして王太子妃となった今、マレインと共に変装して身分を隠し参加しているのだ。何故なぜ身分を隠すのかというと、ベンティンク家を誤魔化す為でもあるが、いきなり「王太子妃です。革命賛成です」と言っても信じてもらえる可能性が低い。それどころか悪徳王家に恨みを持つ者もいるので、逆に殺されかねない。おまけにヴィルヘルミナがナッサウ王家の血を引いていると言っても信じてもらえるかすら怪しい。王宮でも革命派の集会所でも、ヴィルヘルミナの身は危険に晒されている。

 ヴィルヘルミナとマレインはここでは中産階級ブルジョアジーで血の繋がった兄妹という設定である。そして、二人は革命推進派の中核を担っている。


「そうしたいのは山々だ。だが俺達はまだまだ戦力不足だ。……革命を起こすには、悪徳王家反対派の貴族の協力も必要不可欠になってくる」

 冷静にそう話すコーバス。

「貴族……確かに悪徳王家反対派の貴族がいることは知っているけれど……私達平民に協力してくれるの?」

 一人の女が眉間に皺を寄せて怪訝そうにそういう。

「いるよ」

 そこで口を開いたのがマレインである。皆一斉にマレインに目を向ける。そして次はヴィルヘルミナがある書類を取り出し口を開く。

「革命に協力していただける貴族リストよ。ある方に独自に調べ上げてもらったの」

 ヴィルヘルミナは書類をコーバスに渡す。

「ヴィリー、マル、これどうやって調べたんだ?」

 コーバスは怪訝そうな表情である。

 これを調べたのはヴィルヘルミナの義兄あにラルスである。貴族の中にも、ベンティンク家を排除して国を変えたいと願っている者は少なくない。

「そうね……コネといったところかしら」

 ヴィルヘルミナはふふっと笑った。

「信頼出来る筋ではある。もし信じられないのなら、破棄していただいても構わない」

 マレインは自信ありげな表情だ。


 この日の二人の真の目的はこれである。革命派に協力してくれる貴族の名簿を渡すこと。革命派は平民が主である。中産階級ブルジョアジーにいくら資金力があったとしても、貴族やベンティンク家には敵わない。そこで、資金力や権力を持つ貴族を革命派に取り込んでしまうことで、一気に革命へと時計の針が進むのである。






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 変装を解いて馬車で王宮へ戻ったヴィルヘルミナとマレイン。

「お帰りなさいませ、王太子妃殿下」

 早速サスキアのお出迎えがあった。

「孤児院訪問とお聞きしておりますが、随分とお時間がかかっておりますわね」

 サスキアはほんの少しこちらを探るかのような笑みである。ヴィルヘルミナは内心ヒヤリとするが、表情には出さず品の良い笑みを浮かべる。

「ええ、子供達の相手をしていたら、時間がかかってしまったわ」

「……左様でございますか」

 サスキアは何を考えているか悟らせない笑みで頷いた。

(……サスキアには注意した方が良いかもしれないわね)

 気を引き締めるヴィルヘルミナであった。


 ヴィルヘルミナは王宮にある自室に戻ると、急いで侍女サスキアに便箋と封筒を用意させた。手紙を書く相手は義兄のラルス。

 この日の集会の様子、そして王太子妃になったことで手に入れたベンティンク家の情報、更に極秘で教えられている秘密警察の配置や活動時間をラルスに伝えるのだ。

 もちろん、堂々と手紙に書くのではない。さりげなくエフモント家にある一冊の本のページ数、行数等を指定し、特定の単語を浮き上がらせてそれを繋げると文章になる。ここに情報を隠すのだ。要するに書籍暗号である。

(書籍暗号は複数回手紙を書かないといけないデメリットはあるけれど、今のところ一番使いやすいわ。複数回かかったけれど、この手紙でラルスお義兄にい様に秘密警察の動きを全て伝えることが出来る。王太子妃にならなければ、秘密警察の情報は知ることが出来なかったわ。これで秘密警察に捕まり処刑される方々が減りますように)

 ヴィルヘルミナはそう祈りながら手紙を書いていた。

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