第12話
「今日は何か遊ぶ予定とかあるの?」
あくびを噛み殺しながらリビングの椅子に座る俺に対していきなりそんなことを言ってくる。
「いただきます」
「いや特に何も決まってないけどなんで?」
卵焼きを箸でつかみ口に運びながら答える。
「初めての中学校の休みだから何かやるのかなと思って」
何なんだそのわけのわからない理屈は
「別に中学の初めての休日だからって何かしなきゃいけないって決まりはない」
「別にそれはそうだけど外で遊んできたりしないのたまには」
「別に特に外に出る理由もないしそれだったら家の中でゲームしてたい」
「ところで何で父さんはスーツ着てるの?」
「今日は会社休みじゃないの?」
母さんの横に座っている父さんが少し前に朝ご飯を食べ終わり平日と同じように仕事に行くための準備をしている。
「ちょっと早いうちに仕上げなきゃいけない仕事があってな休日出勤することになったんだ」
黒いスーツに袖を通しながら答える。
「それじゃあ母さん行ってくるよ」
「いってらっしゃいお父さん」
言いながら母さんが立ち上がり仕事に行く父さんを見送るため玄関に向かう。
「昨日やりきれなかった仕事を少しやってくるだけだから多分夕方ぐらいには戻ってこれると思う」
母さんはその言葉に何も言わずに静かに頷く。
父さんはそれじゃ行ってくるとだけ言って家を出る。
母さんはさっき座っていた椅子に座り直す。
「春樹…」
何かためらったような小さめの声で俺の名前を呼ぶ。
「何?」
短く言葉を返す。
「学校が始まってしばらく経ったけどそれからどう?」
「特にどうもしないけど」
「ごちそうさま」
使った食器をキッチンの上に置いておく。
それから自分の部屋に向かう。
自分の部屋の中で特に何をするわけでもなくぼーっとしていると母さんがドア越しに声をかけてくる。
「昔の話を掘り返して欲しくないかもしれないけどこれだけは言っておきたいの」
そう言って母さんがドアにもたれかかったのがなんとなく雰囲気でわかる。
「小学校の時あなたはとても苦しかったかもしれないけど…そんな中で父さんとお母さんに相談をしてくれたのはとても嬉しかった」
「あなたはあの時1人でもがいて解決しようとしてたみたいだけど」
「なんでいきなりそんな昔の話を?」
ドアの方に顔を向け尋ねる。
「なんとなく落ち込んでるっていうか戸惑ってるような気がしたから」
「なんとなくあの時のことを思い出して話しておきたくなっただけ」
母さんはそれを本当に言いたかっただけらしくいい終わるとドアから離れキッチンの方から水を流しお皿を洗う音が聞こえる。
母さんが使っている水道の音が一度止まったところで特に理由があったわけではないが家の外に出る。
「外に出たのはいいけどどこに行こう」
特に目的の場所もなくつぶやく。
特にこれといった理由があるわけではないが綺麗な海を見に行くことにした。
しいて理由らしい理由をあげるとするなら気分転換をするため。
ポケットから自分のスマホを取り出し適当なキーワードを検索窓に打ち込み綺麗な海を探す。
検索結果で上位表示された場所に電車に乗って行くことにした。
駅の改札を通っている最中少し驚いた。
休日のはずなのに黒いスーツを着て出勤しようとしているサラリーマンが意外とたくさんいたからだ。
この人たちもお父さんと同じく休日出勤をしようとしている人たちなのか?
もう朝9時を回っているので昨日やり残した仕事を少し会社にやりに行く程度なのだろうか?
俺は電車に乗るための切符を買い黄色い線の内側で待つ。
しばらくすると電車の音が聞こえ電車が止まり扉が開く。
休みの日とはいえそこまでは混んでいないだろうと勝手に思っていたがやはり意外とそんなことはなく。
通勤ラッシュほどではないにしても所々にサラリーマンの人たちが座っていてデートなのか俺と同い年ぐらいの男女が同じように所々に座っている。
鈴原さん今日は何をしてるんだろう家の中で本を読んでるのか?
進藤さんはなんとなく外で遊んでるような気がする。
そんなことを特に意味もなく考えていると目的の場所にたどり着く。
たどり着いた場所は鳥取砂丘。
ネットに書かれていた情報を流し見した程度なので具体的にどういう場所なのかは分からないがとにかく海を探す。
スマホに表示された地図を見ながら行くそんなに時間をかけずに目的の海へと辿り着いた。
さすがに長期の連休ではないこともあってそこには自分以外人はいなかった。
「まあ誰もいない方が1人でゆっくり景色を楽しめていいか」
そう口にしながら浜辺にゆっくりと腰を降ろしなんとなく空に目を向けてみると、雲ひとつない晴天だ。
特に何を考えることもなくただ景色を見ていると少し遠くの方から誰かの話し声が聞こえてくる。
俺は聞き覚えのある甘ったるい声にそうけ立つ。
恐る恐るその声がする方を向く。
知っている人物が目の前から歩いてくる。
よく知っている脳裏に焼き付いて忘れることもできない。
目の前から歩いてくる俺と同い年のその女は友達と何かを話しながら笑っている。
女は俺がいることに気づいたのか顔を向けあっと指を指す。
「篠崎じゃんどうしたのこんなところで?」
「しかも1人って誰かに振られたの!」
馬鹿にした口調で笑う。
「誰この人知り合い?」
歩きながら会話をしていたもう1人の女が俺の顔を見ながら横でまだ笑い声を上げている同級生に尋ねる。
「こいつ、こいつはね私の小学校の時の同級生」
そういったと同時に肩を組んでくる。
その瞬間とんでもない寒気が全身を駆け巡るのを感じた。
それでもおそらく同じ学校の同級生であろう女の人にぎこちなくはあるものの笑顔を浮かべそうですと短く答える。
進藤に朝学校で肩をいきなり組まれた時は何と言うか心地の良い感じなのに今寒気が走っているのはどうしてだろう。
そんなことは考えなくても分かっている。
この女が俺に小学校の時に恐怖の記憶を植え付けた張本人だからだ。
正確に言うならこの今俺の肩を掴んでいる女が張本人なのではなくもう1人の別の女が俺にいじめを始めた。
今はどこに通っているのかは分からないがもう二度と会うことがないことを願う。
「こいつ私が小学校にいた時にいじめてた張本人なんだ」
当たり前のように笑いながら言葉を口にする。
あまりにもあっけなく当たり前のように言ったのは驚いたがだからと言って今更怒りを覚えることもない。
「何それやばいんですけど超気まずいやつ!」
そのことを聞いた女はひたすら笑い声を上げる。
よくよく考えてみれば当たり前だ。
いじめをするやつの周りに性格のいい友達が集まってくるわけがない。
もし性格のいい人間が周りに集まってきたとしても一瞬で性格がばれてすぐに離れていくだろう。
類は友を呼ぶというやつだ。
ひとしきり2人に笑いものにされた後俺は今更海の景色を見て物思いにふけるような気分にもなれず電車に乗って家に帰ることにした。
「俺はどうあがいても過去の恐怖から逃げられないってことか」
揺られる電車の中でうつむき呟く。
「ただいま」
「おかえりなさい今日はあなたの好きな夜ご飯よ」
言われふと時計を見てみると6時を回っていた。
仕事を終えた父さんは朝と同じ場所に座っている。
「父さん仕事はもう片付いたの?」
「ああ、昨日やり残した少しの仕事をやるだけだったから比較的すぐ片付いたよ」
「そういえば今日どこに遊びに行ってたの?」
「ちょっと遠くの方に海の景色を見に行ってただけ」
「それじゃあ食べるか」
「いただきます」
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