第40話(40)憤怒と加害

 女王反対派の主軸の貴族達、シラニー公爵、ジルダイン伯爵、イズハン侯爵、ガイゼン侯爵、センダール伯爵、シラウン伯爵、ジシア子爵、そしてアンリ・オランジュ一代男爵を拘束したわたくし達は神殿へ、ジウン兄上率いる武闘派は前神官長が使っていた隠し屋敷へ向かった。


 アデルは前神官長が使っていた通路を使って、彼が放蕩を尽くした秘密の屋敷に逃れていたのだ。


 前神官長は夜な夜なここで、汚職と放蕩に耽っていた。

 その屋敷はすでに制圧済みだ。

 わたくし達は神殿側から物理的に抜け道を壊し、封印を施した。


 そして件の屋敷に乗り込むと、アデルは10人の娘達と広間に追い詰められていた。


「神官アデル。ただいまを以って、あなたの神官職を解き、罪人とします」


 娘達が怯えた顔でアデルを見る。


 アデルは笑った。

「見ろ!王女シャイロ!この娘達を!私に忠誠を誓ったのだ!」


 ところがすかさずミサが叫んだ。

「誓ってないんかいないわよ!私は聖女になるんだから!あんたがここで言ったことを全部バラしてやるわ!」

 ミサは日頃の間延びした言葉遣いをかなぐり捨ててハキハキと言う。

「この男は王女を殺して神殿を乗っ取ると言っていました!ザイディー様やジウン様達は闇の力で操ると!」

 手柄顔で叫ぶ。

 次の瞬間、ミサはアデルに殴り倒された。容赦のない一撃でミサは床に沈んだ。


 今まで言動が不気味だったミサだが、"攻略対象"への愛と思い入れはある意味本物だったらしく、そしてわたくしが思った通りかなり計算高い賢い娘だった。

 今までもちりほらりと情報を"攻略対象"に仄めかしていたのだ。

 お陰で思ったよりも早く事が運んだ。


 娘達の半数はアデルの傍から逃げ出した。近衛達が保護してくれるだろう。

 アデルのいる段の下にはマイ、アカリ、レイ、シノブが残る。闇の使徒となった娘達だ。


「次期女王としてあなたを拘束します!」

 わたくしが告げるとアデルは一歩後退して、まるで玉座のような段に上がった。


「女が君主など無駄でしかない!」

 アデルの端正な顔が歪む。

「子を産む間は使い物にならないだろうに!」

 わたくし達は呆れた。この男は世間知らずな上に、この国の政治の事情も知らない。


「女王は権威と平和の象徴であり、権力の独占ではないのよ」

 わたくしは呆れながら言った。

「なんの為に王配や宰相や大臣がいると思っているの?権力が一点に集中しないために分配されているのよ?」


 言いながらむらむらと怒りが込み上げてきた。


「あなた達は自分勝手が過ぎるわ!誰も彼もが自分が頂点に立ちたがり、利権の独占を求め、そのくせ君主としての義務や責任については何も考えていない愚か者だわ!」


 わたくしはアデルが自分は有能で優れた存在であることを自負していることを知った上で、「愚か者」呼ばわりした。彼が自分に向けられる評価で、最も厭うものだ。


 思った通り、アデルの怒りは頂点に達していく。

 黒い靄が体から立ち上りだした。


 邪悪な心に闇の精霊が触発されているのだ。


 黒い靄は歪な人型に形作られていく。わたくしはその中に闇の精霊の姿が見えた。

 闇の精霊はアデルの邪悪な心に我を失い、虚ろな目をしている。


「娘達!お前達の憎き敵を討て!」

 アデルの言葉にマイが反応する。マイがゆらりと動き、体から邪悪な黒い靄が炎のように立ち上がった。マイの靄はアカリとレイとシノブを包み込み、3人は闇の精霊と同じように虚ろな目になりぎくしゃくと動き出した。


 闇の精霊の発動をわたくしは待っていた。


「テミル・リディアの名において、闇の精霊よ、我が元に!我に従え!」

 アデル、マイ、アカリ、レイ、シノブを包む炎のような黒い靄はゆらりと身じろぎし、次いでわたくしの元へ集まってきた。


 アデルはそれをわたくしへの攻撃とみたようで、歪んだ笑いを浮かべた。しかし一瞬後に異変に気が付いたらしい。

「なにが…」

 驚いた顔で自分の両手で喉元を押さえる。


 闇の精霊2体はわたくしの体に吸い込まれ、5人は相次いでその場にばたばたと倒れ伏した。

 黒い靄もわたくしの体の中におさまり、5人からは闇の力は消え失せた。同時に闇の力へ注いでいた生命力も大方吸い取られた。


 機に乗じてわたくしはシェンリン神とギタール女神に祈る。

「普く門を司るシェンリン神よ!秩序と調和を司るギタール女神よ!我が意を以って、彼の者達を元へ戻し給え!」

 マイ、アカリ、レイ、シノブは金色と青の光に包まれ、消え失せた。

 元の世界へ、元の姿で戻されたのだ。


 アデルは女性近衛によって取り押さえられた。


 しかしアデルは抵抗した。

「セイ!サヤカ!恨みを晴らせえええええ!!!」

 絶叫した。


 セイとサヤカ?

 虚を突かれたわたくしは、後ろからセイとサヤカが突進してきたことに気づいた時は遅かった。

 2人はナイフでわたくしを刺したのだ。

 とっさに避けたのでナイフは浅く刺さっただけだったが、それには毒物が仕込まれていた。


 どんどん視界が霞み、暗くなっていく。体が沈む。沈む、闇の中へ沈んでいく。

 暗闇の底に沈みこみ、体を横たえる。

 どのくらいの時間だったか。


 ランスフィアとデニアウムの声が聞こえる。わたくしの名を呼んでいる。


 ランスフィアの後ろにデニアウムは両手を広げていた。

 デニアウムの姿は見る間に薄れ、ランスフィアの背後で大きな白い翼のような輝きになった。


 冷たく凍えた体が温もりに包まれ、温かさが染み込んでいくにしたがい、徐々に明るい方へ上の方へと浮上していった。

 水面から顔を出すような感覚に目を開けると、そこは騒乱のさなかだった。


 セイとサヤカが近衛兵に取り押さえられている。

 わたくしはエイベルに体を支えられている。

 ランスフィアが泣きながらがわたくしを抱きしめている。

 ザイディーがわたくしの名を呼びながら走って来るのが視界に入った。


「シャイロ!シャイロ!!」

 ザイディー、わたくしは大丈夫よ。

 言おうとしたが中々声が出ない。

 少しずつ体が動くようになり、エイベルに「毒?」と聞く。

 エイベルは頷く。


 ばかね。王族はある程度の毒物に耐性があるのよ。それでもあれだけ効いたのだから、けっこうな量だったのだろう。


 いつの間にかわたくしの体はエイベルからザイディーに移され、不安げなザイディーの顔が間近に見える。わたくしは少し微笑んでみせた。


 エイベルの横にランスフィアの姿が見えた。震えて泣いている。

 ランは泣き虫ね。


「シャイロ様、ランスフィア様が…」

 エイベルが少し震える声で言いよどむ。それを引き受けてザイディーが続ける。

「彼女が聖力を出してあなたを治癒したんだ」

 ランスフィアに感謝の目を向けると、彼女は泣きながら言った。

「違うんです。感じました。デニアウムさんです。デニアウムさんが私の体を使ったんです」


「わたくし、見たわ。あなたの背に、翼が輝くのを。デニアウムの力をあなたが受け継いだのよ」

 それだけ言うと、わたくしはまた気を失った。

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