第30話(30)謀狂詩曲 幸せの序曲

 わたくし達は悩んでいた。

 全員が黙りこんでいたが、もし言葉を発したならば「うーん」や「むう」といった呻き声に近いものだろう。


 稀人の娘達をどのように女王反対派と接触させるかだ。


 最初、娘達のあまりの無作法さと言い分の非常識さに、全員を隠したままもとの世界へ戻そうと考えた。

 しかし、女王反対派がわたくしの命を狙っている懸念が出た今では、娘達を利用して彼らを炙り出して一掃する必要がある。


 ランの話によると、わたくしがヒロインの敵である"悪役令嬢"にされた場合、断罪の結果は死なのだ。

 そして彼らが甘い汁を吸える人物が王位に据えられる。

 王である父上をはじめ、王位継承権上位の多くが、継承権を剥奪されるほどの罪に問われるか、存在を消される。

 なぜならば、女王反対派で最も王位継承権が高い人物は、シラニー公爵なのだ。継承権は62位だから、最悪父上を含めて62人が何らかの形で害されるのだ。


 今のところ、女王反対派に与するほどの野心が強い娘は、マイ、アカリ、レイ、シノブだと兄上は目星をつけている。

 接触した特に、邪悪とも言える態度と強い野心が隠しきれなかったと言う。

 しかしそれはラン以外の6人にも少なからず言えることで、甘い言葉で誘われれば易々と手駒になり得る。

 特にザイディーや"逆ハー"を狙う娘は危険だ。


 ガーデン・パーティーで稀人を紹介する形で接触させることは決定したのだが、10人もの娘の監視は行き届かないだろう。よって、数人ずつに分けて数回のガーデン。パーティーを催さなくてはならない。

 また、招待客も作為的に選んだ女王反対派はさておき、関係のない方々をどうするかという問題もある。親女王派に協力を願うも、毎回同じ招待客では怪しまれる。ましてや政治の中枢部がいては女王反対派も軽々には動かないだろう。


「ここは"攻略対象"全員と学園の見目麗しい男達に協力を願うのはどうだろうか」

 ダイルが提案する。

「婚約者がいるからという遠慮はもう捨てた方がいい。むしろ常識的に婚約者のいる身で恋愛沙汰など起こすような者はいないし、娘達にもそんな魅力はない」

 ばっさりと言う。


「どちらかと言うと、恐怖を感じるだろうな」

 ボソっとジェイ・シュナウツが言う。

「怖かったの?」

 思わず聞いてしまった。


「怖いですよ!女性からあんなにベタベタ体を触られたり、抱きつかれたことなんかありません!家族よりも距離が近いです!こんなことがサーシャに知られたらどうなるか!」

 サーシャ・イルンクルス子爵令嬢はジェイ・シュナウツの婚約者だ。


「あのね…」

 わたくしは後ろめたさから遠慮がちに言い訳がましく言ってみる。

「ガーデン・パーティを餌にして、作法をそれなりに修めて振る舞いを学べば招待しますって言ったら、けっこう真面目にやり始めたそうなの。問題行動も減っているし…」

 ガイや彼の抗議に「うんうん」と同意していたエグゼルやエリックの顔をまともに見ることができない。

「だから、あそこまで酷くないと思うのよね。それにわたくし達"悪役令嬢"も努力しますし…」

 言葉選びに困る。

「4人、3人、3人に分けて3回のガーデン・パーティーを開いて、娘達には侍女と女性近衛を付き添わればどうかしら?」

「それでも僕達はまたあの娘達に付き合わなければならないのでしょう?」

 エリックが嫌そうに言う。

「最初の方で少しだけ接触して、そこに"悪役令嬢"が割って入る。"ヒロイン"達は殿方と引き離される。不満な気持ちを持て余した"ヒロイン"に女王反対派がすり寄ってきやすいと思うのよね」


 侍女達は間諜の役目をして少し離れたところで動向を観察する。侍女と女性近衛には離れたところの声を聞き取りやすくし、記録もする魔法道具を身に着けさせる。

 娘達にはその魔法道具と連動する増幅効果と記録機能の魔法道具をアクセサリーにすれば喜んで着けるに違いない。


「やりますけど、お願いですよ!?」

 ジェイが言う。

「絶対に醜聞にならないようにしてください。バレたら恨みます」


 わたくしは小さくなって「はい」と申し上げるしかなかった。

 案の定、ダイル兄上が笑っている。


「わたくしだって、思い人が他の女性に触られるのを我慢するのに」

 小さく呟く。チラっとザイディーを盗み見るとしっかり聞かれていたらしい。満面の笑顔だ。


「あの…」

 きまり悪いのをごまかして、わたくしはガーデン・パーティーの前に済ませておきたいことを提案する。


「ザイティー?ランを養女に迎えるお話はどうなったかしら?」

 ザイディーはまだ笑顔のまま答える。

「両親共に乗り気ですよ。むしろ早く迎えたいと言っています」

「いきなりは無理よ。招待状を出すので、まずは顔合わせをしたのだけど3日後はいかがかしら?」

「問題ないでしょう」


 3日後、ランはザイディーとその両親のシンダール侯爵夫妻と顔合わせのお茶会に臨んだ。

 若草色のドレスに黒い髪をゆるやかに編んで白いリボンで結んだランは、大層愛らしかった。

 3人の優しい態度や言葉に、ランは思わず涙ぐんだが、それが夫妻の庇護心をおおいに掻き立て、すぐにでも連れて帰りたいと言うほどだった。


 さすがに会ってすぐと言う訳にはいかないので、わたくし側とシンンダール侯爵家で準備ができ次第、ランは養女として迎えられることになった。


 わたくしは倹約姫の名をかなぐり捨て、ランへのドレスをさらに6着用意させた。


 7日後、ランは涙ぐみながらシンダール侯爵家へ向かった。


 残されたわたくしは、少し、いやかなり寂しい気持ちを持て余したのだった。


 しかしこれからガーデン・パーティと言う名の罠を仕掛けなけらばならない。

 娘達の作法の進み具合から、秋の始まりのイアデインの花月の半ばに開催が決まった。


 憂鬱と不安と少しの恐怖を抱いて、計画は詰められていった。

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