第26話(26)悪役令嬢シャイロとは

 孤児達はイース帝国の内乱が原因で荒地と化したアーシェンド王国の西南部からの流民だ。

 だいたい、アンリ・オランジュが無謀な猛攻をしかけなければ、荒地化しなかったのにと思えば腹が煮えるどころか焦げ付くようだ。

 そして此度の召喚騒ぎで再び孤児達が飢えかけたと知ったわたくしは、どうにもできない怒りに身も心も燃え尽きそうだ。

 女王反対派にはもちろん、3ヶ月以上気付かなかった自分を許せない。

 来年の夏、ネイファの花月に18歳になり成人を迎える。すぐにアーシェンド王国の荒地の回復の儀式に臨むための様々な準備に忙殺され、神殿のことは半年ほど神殿管理大臣のエイナイダ公爵に任せきりだったのだ。定期的に菓子やちょっとしたものを贈っていたが、なぜ自分で足を運ばなかったのかと悔しくてたまらない。


 その半年の内に女王反対派はじわじわと神殿に毒を注入していたのだ。

「王女シャイロは神殿を見捨てた」という苦い毒。

「新たな聖女を異界より迎えれば神殿は安泰」という甘い毒。


 わたくしを支持するデニアウムをはじめとする神官達、神女長や神女達や巫女達は蚊帳の外におかれた。

 元々デニアウムや神官達や神女達や巫女達はは日常の運営や神事に忙しく、その多くは学問や研究を修めることに集中しがちな人達だし、また世俗に疎く根が善良なので貴族達が神殿に詣でることを無邪気に信心深いと思っている。


 してやられた。


 そうなのだ。

 例年は誕生月は神殿で祝ってもらうのが習慣だったが、気が急って今年に限っては孤児院に贈り物を特別に贈っただけで足を運んでいなかったのだ。

 それに加えて神殿の騒ぎがすでに始まっていて、外からの出入りを遠慮する旨の申し状が送られており、不審に思い様子を窺っていたところだった。


 いつもの通りだったなら神殿がネイファの花で飾られ、ネイファの花の聖女としてみんなが祝ってくれて楽しく過ごしたはず…だった…


 ネイファの花の聖女…

 花の聖女…

 花聖女!!

『エルダー王国の花聖女と12人の守護者』


 わたくしは自分の愚かさに身もだえした。

 すぐにランに会って確かめなければ。


 ランに使いを送って面談を求めると、すぐに快諾の返事が来た。


 わたくしが訪れるとランは心から嬉しそうに淑女の礼で迎えてくれた。


 人払いをして部屋にはランとわたくしとエイベルの3人だけになると、さっそく答え合わせだ。


「ラン、ハナシュゴのことでお聞きしたいのだけど…」

「はい、なんでしょうか?」

「花聖女の"花"についてなの」

 ランは目を瞬いて頷く。

「月の花と関係あるのよね?」


 正解だった。


 この国の1年は13の月に分れる。

 空の月が13回満ち欠けすることで1年だ。ひと月は30日


 新年は春たけなわの種蒔き月「リィランの花月」で司る色は白。

 続いて「ソーパスの花月」色は薄紅色。「ジンニールの花月」で薄青色。

 夏になり「ディネイルの花月」赤、「ネイファの花月」黄、「シェンディーの花月」紫。

 秋は刈り入れと収獲の「イアデインの花月」銀、「ジリーリアの花月」青、「ソーソニンの花月」緑。

 冬で雨季に入る「ウラクースの花月」藍、「イリラスの花月」黒、「リリシャンの花月」茶。

 影の月「アーシャンテの花月」は金で休息の月だ。


 ランによると「ヒロイン」は月を選んでその月の花が守護の花となり祝福を受ける。

 ランは「ステータス」と言ったが、魔法適性や属性や得意分野の振り幅のことらしいので「祝福」や「加護」と解釈していいだろう。

 それが髪や瞳の色に反映される。髪が主属性で瞳が副属性。


 ということはこうなる。

 マリはアーシャンテの花なので金色の髪。青い瞳はジリージアの花の守護持ち。

 メグミはイアデインの花で銀色の髪、マリと同じくジリージアの守護有り。

 ホノカはジリージアの花で青い髪、緑の瞳はソーソニンの花。

 セイはアーシャンテの花で金髪、ソーソニンの花の緑の瞳。

 マイはイリラスの花の黒髪、紫の瞳はシェンディーの花。

 アカリは明る赤褐色なのでディネイルの花、青い瞳はジリージアの花。

 ミサは金髪なのでアーシャンテの花、シェンディーの花の紫の瞳。

 レイはシェンディーの花の紫の髪色、イアデインの花の銀の瞳。

 シノブはリリシャンの花の茶色の髪、緑の瞳でソーソニンの花。

 サヤカのピンクの髪色はソーパスの花で、紫の瞳はシェンディーの花。

 ランは髪も瞳もイリラスの花月の花の司る色だが、元からこの色だったと言う。瞳はよく見れば茶色がかっている。


 なんだか頭の中に色々な色彩が巡ってクラクラしてきた。


 だから稀人達は髪や瞳の色に拘っていたのか。


 ついおし黙ってしまったわたくしにランが不安そうに声をかけた。

「あの、シャイロ様はゲームでは悪役令嬢でしたが、私、勉強して気づいたんです」

 そう、わたくしは悪役令嬢だったのだわ。ハナシュゴというゲームの中では。

「ヒロインの態度や行儀や言動は、とんでもなく無作法で皆さんが怒るのは当然です!いえ!」

 ランは力を込めて言う。

「ゲームの中でも悪役令嬢は当然の注意をしていたんです!それを悪行というなんておかしいんです!婚約者のいる男性にベタベタするとか、馴れ馴れしい態度とか、言葉遣いとか、何より攻略対象の婚約者や周囲から注意をされるなんて当たり前です!それを嫌がらせや意地悪なんて!!」

 拳をぎゅっと握って続ける。

「シャイロ様がやったことで幽閉や死罪なんておかしすぎます!攻略対象もヒロインもバカです!」


 一瞬わたくしとランは見つめ合い、すぐに吹き出して笑ってしまった。

 久しぶりだわ。同年代の女の子と笑いあうなんて。


 その後ランとしばらく楽しく語らい、自室に戻ったわたくしは考えた。

 ランの言う通り、実際に「ヒロイン」に学園で会っていたら「悪役令嬢シャイロ」はそのままに近い言動をしただろう。


 わたくしは気位が高いし気性も荒いし直情型なのだ。意地も悪いし意固地で頭が固い。我慢できずにずけずけと注意して泣かせてしまったことだろう。もうすでに色々稀人達にやってしまったし。

 悪役令嬢シャイロや他の悪役令嬢も実情は同じだろう。


 持ち物や服を破損させたり、盗んだりはもちろん、体に傷を負わせるなどはしないが。

 階段から突き落とす?池や噴水に蹴落とす?足をかけて転ばせる?ばかばかしいことこの上ない。そのようなことはどの令嬢も行わない。


 "悪役令嬢"。


 なんて便利な役どころなのだろう。


 もちろん、この国で同じことになってもわたくしが「断罪」されることは有り得ないのだが。

 しかしそこに女王反対派が絡んでくると話は別だ。

 わたくしを排除するために幽閉どころか死罪を望むし、そうなるように腕をふるうだろう。


 どうせ命を狙われるならば、罠の囮になる危険も同じだ。

 よし、この論法で皆を説得しよう。


 わたくしも狩りを始めよう。

 なにしろ"悪役令嬢"なのだから

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る