PJのログ2:調査、疑念、違和

 旧北校舎の北側で三人の生徒を見送ったPJは小さく息を吐き出した。それから振り返ってマサに顔を向ける。


「この学校の管理って大丈夫なのかよ?」


「今まではこんなものだって思ってたんだけど、これを見るとちょっとねぇ」


「おいおい、管理を任されてるのはてめぇだろ?」


「それを言われると弱いけど想定の範囲内かな。この校舎の屋上にある電波妨害装置に興味を持つ生徒がいることは聞いていたからね」


「まぁ、上に行く分には問題ないが、予定外のトラブルは勘弁してくれよ」


「わかってる。それじゃ中に入ろうか」


 大きなため息をついたマサが歩き始めた。のんきな様子でPJはそれに続く。


 旧北校舎の北面にある扉の鍵を開けたマサが中に入ると、目の前に階段と南出口に通じる短い通路があった。その通路の階段側の壁に鉄製の扉が見える。


 迷うことなく鉄製の扉に近づいたマサはその目の前で立ち止まり、繋ぎのポケットからペン型ライトを取り出して右耳に取り付けた。準備が終わると扉の取っ手を引っ張り出して回して重い扉を引っぱる。


「前にも言ったけど、電源は全部死んだままだから真っ暗だよ」


「大丈夫だ。明かりの確保ならばっちりさ。ほらな」


 階下に繋がる階段のある空間に入って鉄製の扉が閉じた直後、PJの両目が光った。マサの右耳から放たれる光と同じくらい明るい。


「なんていう漫画だったかな。目から明かりを出すキャラを見かけたことがあるよ。ちなみに、それはちゃんと見えてるんだよね?」


「当たり前だろ。見えなきゃ使ってねぇよ。それより早く行こうぜ」


 目を光らせたPJがつまらなさそうにマサを促した。


 階段を下り始めた二人は黙って前を見続ける。足音だけを響かせて最下層まで下りると再び鉄製の扉が現れた。迷うことなく扉を開けて埃っぽい通路に出る。


「相変わらず埃っぽくて嫌だねぇ。それじゃとりあえず、地下二階に行こうか。電源の設備室と金庫室はどちらも下にあるから」


「おいちょっと待て。ここにはお前以外に誰か入ってたのか?」


「いや、僕の知る限り僕以外は入ってないはずだよ」


「その割には足跡が多くねぇか? 左側に付いてる足跡はどう見ても一人分じゃねぇだろ」


 指摘されたマサは足下に目を向けた。確かに多くの足跡が積もった埃を散らしている。


「おかしいな。前に入ったときは僕の足跡しかなかったのに」


「その前ってのはいつなんだ?」


「二日前だよ。昨日報告する前だ。あのときにこの中を一通り探し回ったんだよ」


「となると、その間にこの中へ誰か入ったんだな」


「しかし、上の旧北校舎は施錠されてるから誰も中に入ることなんて」


 そこで言葉を句切ったマサはPJへと顔を向けた。そのPJは渋い顔をしている。


「あのガキども、こっちにも入ってやがったな」


「ちくしょう、僕を騙したのか!」


「いや、ありゃてめぇの聞き方がヌルかったな。ウソは言ってねぇって言い訳だった」


「ナメやがって!」


「マサ、予定を変更だ。まずはあのガキどもがここで何をしてたかを確認するぞ。この足跡を追っていけばヤツらの行った先がわかるはずだ。何もしてなきゃいいんだがな」


 舌打ちをしたマサがPJの言葉にうなずいた。床に残った足跡に目を向けながら歩き始める。PJは周囲を眺めながらその後に続いた。


 複数の足跡を追う二人は地下施設のあちこちをさまようことになる。傷んだ棚や錆びた機械などが散乱する部屋、空っぽの部屋、机や椅子が寄せられた部屋などだ。大抵は入って見ているだけのようだったが、中には棚や机の引き出しを開けた跡もある。


 一ヵ所ずつ丹念に見て回った二人はやがてとある部屋に入った。ぼろぼろの二段ベッド、埃まみれのスチール製の机、錆びた自動販売機などがある部屋だ。


 一通り室内を見たマサがつぶやく。


「仮眠室だったみたいだね」


「そうだな。で、足跡を見るとこの机で何かしていたようだが」


「引き出しは開けてないようだけど、開けてみるかい?」


「念のために見ておこうか」


 PJがうなずくとマサが机の引き出しを開けた。すると、箱形のプラスチックパッケージが姿を現す。


 とりあえずそのパッケージを手にしたマサはしばらくいろんな角度から眺めた。それからPJに手渡す。


「何のパッケージなんだろうね?」


「さぁな。開けてみりゃわかるだろ。って空じゃねーか」


「まぁ、やたらと軽かったから想像はできたけど」


「元々空だったのか、それとも中に入ってたのかわかんねーな。いや、このケース、妙な汚れ方をしてるな。引き出しの中に入ってたのに埃以外の汚れなんておかしいぜ」


「この黒っぽい汚れかい? なんだろうね?」


「どうやってこんな汚れが付くんだ? いや、待てよ?」


 パッケージの表面を眺めながらPJは脳内であの二人と会話したときの映像を再生した。1人ずつの手元を拡大して確認する。


「あのガキの一人がこれを開けたみてーだな。あの二人とてめぇが話をしていたときの映像を見直したから間違いねぇ」


「ということは、この中に何か入っていたのかな?」


「まだわかんねぇ。空だった可能性もある。だから手は出すなよ。今目立つのはまずい」


「わかってるよ!」


 不機嫌そうにマサが言葉を吐き捨てた。


 自分たち以外の侵入者が歩き回った先を一通り見て回った二人は地下二階に下りる。マサの案内でやって来たのは金庫室と呼ばれていた部屋の前だった。


 埃っぽいという点は他の廊下や部屋と同じだが、この金庫室は扉の造りが他と違う。重厚な金属質の扉なのだ。階段に通じる鉄製の扉と一見すると似ている。


「これが金庫室だよ。そして、目の前の扉が問題の金庫扉さ」


「ノブがねぇな。電子ロックタイプってのは聞いてたが、アンロックしたとしてどうやって開けるんだ?」


「開閉は電動式だね。そして、この扉の真ん中にある窪みに何かをはめるみたいなんだ」


 マサに促されて金庫扉の窪みにPJは目を向けた。確かに板型ボード個人用端末機パーソナルデバイスくらいの何かをはめ込める場所がある。


「なるほどな。それでこの窪みにはめ込む何かを探さないといけねぇのか」


「そうなんだ。ただ、この廃墟ぶりを見ても探して見つかるかどうかは怪しいんだよね」


「オレもそう思う。が、そうなるとさっき見つけたあのパッケージが怪しく思えてくるな」


「僕も同じ意見だね。中身が入っていたんじゃないかって今も思うよ。ただ、入っていたらいたで、なんであんな場所にあったのかが不思議だけど」


「そりゃ言えてるが、今はどうでもいいだろ。それより、あのパッケージの中身があったのかなかったのかはっきりとさせてぇな」


「それは僕も同じだけど、一体どうやってはっきりとさせるんだい?」


 問われたPJはすぐに返事をしなかった。あのパッケージをあれ以上調べても何も出てこないことは明白だ。


 しばらく間を開けてからPJはマサに話しかける。


「お前、学校の管理システムにアクセスできるか?」


「一応できるよ。ただし、権限は閲覧のみだけど。それに、管理者が別にいてそいつに常時チェックされることになるよ」


「それは別にいい。あのガキのクラスを調べてその教室を監視しろ。ああいったガキどもがここから何かを持ち出したとしたら、それを他のダチにも見せびらかす可能性がある」


「隠れてこっそりと見る可能性もあるよね?」


「だったら怪しい場所も一緒に監視したらいい。いや、あの二人を追跡すりゃいいのか。ともかく、何かしら尻尾を出す可能性があるからそれを見逃すな」


「わかったよ、できるだけやってみる。となると、休憩時間、特に昼休みか放課後かな」


「その辺は任せる。もし何か持ってたら絶対に取り上げろ」


「そこは大丈夫さ。何しろ連中は後ろ暗いことを僕に見逃してもらえたからね。わけないよ」


「期待しているぜ」


 暗い笑みを浮かべたPJとマサは顔を見合わせて口元をゆがめた。


 金庫扉の確認を終えたPJは次いで非常用電源設備室へとマサに案内される。


 そこはあまり大きくない部屋だった。奥に非常用電源の装置があり、その脇に操作盤がある。


「マサ、なんで非常用なんだ? 主電源の設備だってあるんだろ?」


「主電源の方はぱっと見でも傷みがひどかったんだ。天井から水漏れしてたせいでね」


「ちっ、ツイてねーな」


「そうでもないよ。使えるのはこの非常用だけなんだけど、主電源の方に比べて小さい分修理しやすいんだ」


「なるほど、確かにそーだな」


「それと、電源を復活させるとセキュリティシステムが完全復活するけど、非常用電源だと供給できる電力に限りがある分、復活するセキュリティシステムも限定的になるんだ」


「そうなのか?」


「もらった資料に書いてあったよ」


「はいはいオレが悪かった。見落としてたぜ」


 両手を挙げたPJがばつが悪そうに目を逸らした。資料をデータとして体内の記憶媒体に保存はしていることと、それを隅々まで読み込むということは別である。


 上げた両手を下げたPJは部屋の奥へと進んだ。目の前が非常用電源装置でいっぱいになる。


「これであの金庫室の扉も通電するんだな?」


「そのはずだよ。この非常用電源で地下二階をカバーするらしいから、途中で断線してなければ大丈夫だね」


「イヤなこと言うなよ。その辺調べらんねーのか?」


「全部は無理だよ。壁に這わせてあるやつはまだしも、中に通されてたらお手上げだ」


「ちゃんと通電すると思うか?」


「普通なら無理だね。何十年も整備されてない配線なんてまず使えない。ただ、ここが重要な研究施設だったら造りがしっかりとしているかもしれないから、それに賭けるしかないよ。あとは、金庫室が重要な場所なら断線したときのための予備の配線があるはず。それに期待かな」


「資料にそれ関係の情報はなかったのか?」


「なかった。あの資料、結構抜けが多かったじゃないか」


 PJと話をしながらマサが非常用電源装置や操作盤を触って色々と確認をしていた。たまに顔をしかめては悪態をついている。


 少し下がったところでその様子を見ていたPJは首を傾げた。資料に抜けがあったのは確かだが、そこまで多かったという印象はない。


 眉をひそめたところでPJはマサに話しかけられる。


「これの修理は面倒なことになりそうだね。何日かかるやら」


「いっそのこと新しい電源を持ってきた方がいいんじゃねぇか?」


「それができたらいいんだけど、人里離れた山奥じゃないんだから、大きな機械を持ち込もうとした時点でバレるよ。ああでも、分解してこれと似た発電機を持ち込めばいいのか」


「それだ! 冴えてるじゃねぇか」


「でもそうなると、運搬用ドローンが必要だね。発電機共々調達するあてはあるかい?」


「発電機と運搬用ドローンか」


 尋ねられたPJは考え込んだ。ないかあるかで言えばあてある。


「調達できると思う。ただし、時間は多少かかるが」


「多少なら問題ないよ。そうなると、この非常用電源装置と配線の繋がりを見ておかなきゃいけないねぇ。ああ、設計図のデータがほしいよ」


 愚痴りながらもマサは非常用電源装置に取りかかり始めた。こうなるとPJは口出しすらできない。


「マサ、オレは先に帰るぞ。時間のかかりそうな調達に早く手を付けておきたい」


「それがいいね。頼むよ」


 非常用電源装置にかかりきりのマサは顔も向けずに返答した。


 必要なことを知ったPJは肩をすくめる。そして、踵を返して地上に向かって歩き始めた。




 今回拠点としている薄暗い部屋にPJは戻って来た。物が少ないのに何となく雑然と思わせる室内にあるパイプ椅子に座る。


 腕を組んで目をつむったPJは義眼内部に半透明の小画面を表示させた。暗号強度を確認してから次いで映像通信の機能を立ち上げる。人名の一覧がスクロールによって流れ、スキレナという項目が反転表示された。


 二回のコールで映像通信は繋がる。しかし、スキレナの姿はバストアップ表示されない。代わりに『No hologram』との文字がPJの目の前に現れる。


「立体表示なし? スキレナ、調子でも悪いのか?」


『調整中なのよ。こっちは二十四時間営業してるわけじゃないんだから』


 女性の落ち着いた感じのする声がPJに返ってきた。声色は素っ気ないが耳障りは良い。


 特に気にすることなくPJは本題に入る。


「頼みたいことがある。発電機と運搬用ドローンを調達してくれ。詳細はこれだ」


『バラした中型発電機とそれを運べるドローン? いいけど、少し時間がかかるわよ』


「かまわねぇ。さすがに一ヵ月とかじゃねぇよな?」


『一週間ね』


「それでいい。こっちで用意した倉庫に入れておいてくれ」


『わかったわ。それじゃ』


「ちょっと待ってくれ。一つ聞きたいことがあるんだが」


『何?』


「この前の夏にこのボディのオーバーホールをする業者を仲介してもらっただろ。あのとき、オレは他にも何かお前に頼んでなかったか?」


『他にって、何を?』


「いや、それがはっきりと思い出せないんだ」


『オーバーホールしたばっかりだっていうのに、もうガタが来たわけ? またする? 他には何も頼まれてないわよ』


「そうか。もういい」


 PJが返事をするとすぐに映像通信は切れた。しばらくその画面を眺め続ける。


 計画は悪くない調子で進んでいた。問題はあるが遅れていないし、今のところ詰まってどうしようもないということもない。なのに、自分の中に何か違和感がある。


 それをPJはどうしても頭の中から排除できなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る