電波妨害装置の謎
六時限目が終わるチャイムが校内に鳴り響いた。これを境に校舎内が一気に騒がしくなる。この日の授業がすべて終わった。
授業を担当していた教師が教室を出て行くと守人の教室もより騒然となる。友人と雑談する者、部活に行く者、帰宅する者と別れていった。
自分の席に座っていた守人は
そんな守人に智代が近寄ってくる。
「守人くん、商店街に行かない?」
「いいよ。どこに行くんだ?」
「んー、そうねぇ」
言葉を濁した智代が自分の顔の前に半透明の画面を表示させた。次々と表示内容を変化させた上に画面の数も増やす。
友人が楽しそうに悩んでいるのを見た守人は複雑な表情を浮かべた。実のところ、守人の
更に明彦がやって来た。顔の右前方に半透明なクラシカルメイドを立体表示させている。
「二人とも、これから帰るところかい?」
「そうよ。私たち今から商店街に行くんだけど、達川くんも来る?」
「いいね。ところで、守人くんはなんだか元気がないように見えるけど」
「そう? 守人くん、どうしたの?」
友人二人から尋ねられた守人は一瞬苦笑いした後、ため息をついた。少し間を開けてから言いづらそうに口を開く。
「
手にしていた
守人の言いたいことを察した二人は微妙な表情を浮かべた。どちらもお互いの顔を見てから、肩をすくめた智代が守人に声をかける。
「まぁ、これを使った所感は色々教えてあげるわよ」
「そうそう、使う前に予習してると思えばいいんじゃないかな」
「あーうん、気を遣わせて悪かった。別に二人が悪いわけじゃないのにな」
「私も朝はしゃぎすぎたわね。つい嬉しくなって」
「ぼくもだね。反省しなきゃ」
一時的に雰囲気が暗くなった三人だったがすぐ元に戻った。
大きく息を吐き出した守人が表情を戻して二人に話しかける。
「便利さではそっちの方が上だけど、性能はそんなに変わらないんだったよな」
「そうよ。インプラントしたといっても同じ
「旧北校舎の妨害電波にかかったらネットに繋がらなくなるしね」
明彦の言葉を聞いた守人は一瞬不思議そうな顔をした。それからすぐに口を開く。
「そうなのか?」
「プールに入った女子を盗撮するドローンなんかを阻止するために、結構強力な妨害電波を発生させているらしいんだ。実際、去年と今年にプールへ入ったときはネット回線が切断されたよ」
「私もその話は他の友達に聞いたことあるわ。プールの授業がだるいから
「
思わぬ話を聞いた守人は意外そうに二人の耳元に目を向けた。便利ではあっても完全ではないということを改めて知る。何となく気分が軽くなった。
すっかり落ち着いた守人は明彦に何気なく問いかける。
「盗撮対策っていうんなら、今はもう妨害電波は出てないんだろうな」
「それが違うんだ。旧北校舎の屋上にある装置は年中稼働してるらしいよ」
「え、なんで?」
「ぼくもそれは知らない。というか、この話を知ってる人の間ではちょっとした謎になってるんだよ。プールの盗撮対策なのになんで年中動いてるのかって」
「らしいわね。先輩の彼氏が裏山に行くとき旧北校舎の脇を通るそうなんだけど、
「ちょい待て。智代の先輩の彼氏ってなんで裏山に行ったんだ?」
「冒険するんだって。オレは決められた
「あの壁って二メートルくらいあるのに越えられるのか?」
「ビール瓶をダースで運べるプラケースがあるでしょう? あれを積み重ねるそうよ」
「そんなもんどこから持ってきたんだよ」
「昔の先輩が裏山の山道脇に捨ててあったのを拾ってきたらしいわ。男子って何考えてるのかしらね?」
少しだけ先輩の彼氏の気持ちがわかってしまった守人は黙った。冒険したくなるときというのは男としてたまにある。そして、そんな話を聞くと無性に自分も冒険したくなった。
気分が落ち着かなくなった守人は独りごちる。
「旧北校舎の屋上にある装置を見てみたいな」
「守人くん、急にどうしたのよ?」
「話を聞いているとだんだんその装置を見たくなってきて。ああでも、旧北校舎って立ち入り禁止だったよな。それに、あそこって普段鍵が閉まってるらしいし」
旧校舎はすべて閉鎖されて現在は関係者以外立ち入り禁止になっていた。窓ガラスを破るなど強引な方法なら侵入できるが、その方法を試した者は今のところいない。
首を傾げる守人に対して明彦が口元をゆがめる。
「くっくっく、実は秘密の出入り口があるんだな、これが!」
「マジかよ。何でお前がそんなことを知ってるんだ?」
「この学校の先輩から後輩へと秘密裏に伝わる伝統の一つなんだよ」
「そんな伝統があったんだ。というか、明彦も先輩から聞いたのか」
「そうだよ。旧北校舎の北側に面した窓ガラスのうち、西の端の一つは鍵が閉められてないから開けられるんだ」
得意気に話す明彦に対して守人は何も言えなくなった。何でも伝統で片付けられるのではと一瞬思ってしまう。すぐに気のせいだと気付いたが。
守人が黙っていると明彦に尋ねられる。
「実はぼくも教えてもらっただけで行ったことがないんだ。いい機会だから行くかい、守人くん?」
「おおそうか。だったら行ってみようかな」
「私はパス。そこまで興味ないし」
「だったら、俺と明彦の二人で行くか」
「いいね、行こう」
合意した守人と明彦はうなずくと立ち上がった。下校する智代と別れて鞄をそのままに教室を出る。
そろそろ日が朱くなる頃に二人は旧校舎のある校内の西側へと向かった。
月野瀬高等学校は隣接する住宅街とのプライバシー問題を解決するため、壁の内側に沿って木々が植えられている。そのため、校内は林に囲まれているようになっていた。
そんな校内の西側の敷地はこの林によって隔離されている。ここに今は使われていない旧校舎群があるのだ。
この旧校舎群の北の端にある旧北校舎に守人たち二人は来ていた。明彦の案内で北面の西の端にある窓の前に立っている。例の窓の真下にはビール瓶のプラケースが逆さにして置いてあった。
窓をゆっくりと開けた明彦が得意げに語る。
「ほら、開くだろう? 後はこのケースを踏み台にして中に入るんだ」
「よく今まで先生に見つからなかったもんだな」
「妨害電波の装置の点検で来たとしても、みんな校舎の南側からしか出入りしないみたいなんだ。このビールケースもずっとここに置いてあるのにそのままってことは、見回りもしてないんだと思う」
「立ち入り禁止の割にはザルだな」
「普通はこんなとこに人なんて来ないからね」
話し終えると明彦がビールケースを踏み台にして旧北校舎の廊下へと移った。守人がそれに続く。
廊下の見える範囲はすべて古びていた。清掃されていないので汚れや埃が目立つ。教室内を覗くと机と椅子が教壇と反対側に寄せられていた。
外側から見るのとはまた違った雰囲気の旧北校舎に守人は何となく気圧される。同じ校舎のはずなのに場違いな場所にいるという感覚が強くなった。
廊下を歩き始めると明彦がつぶやく。
「やっぱりここに近づいてからはネット回線に繋がらないな。今も妨害電波は出てるようだね」
「フェアリーナビも使えないのか?」
「いや、クラリッサは
守人の問いかけに明彦がフェアリーナビのクラリッサを立体表示させた。半透明なクラシカルメイドの姿が浮かび上がる。
ズボンのポケットに入れていた
廊下を東に進むと階段前までやって来た。階段の真北には外に通じる北出口の扉があり、階段脇には南出口の扉に通じる短い通路がある。更にその短い通路の階段側にも鉄製の扉があった。
物珍しげに周囲を見ている守人に明彦が声をかける。
「この階段を上って三階の上から屋上に出られるらしいんだ。鍵はかかってないはずだから、妨害電波の装置を見られるはずだよ」
「随分と不用心だな。普通は鍵を掛けるもんだろう」
「鍵をなくしたか、壊れてるんじゃないかな。まぁ、屋上に行けるんだしいいじゃないか」
守人の言葉に適当に答えた明彦が階段を上り始めた。
二人が三階の更に上にある扉の前にたどり着くと明彦が開ける。涼しい風を受けながら屋上に出ると見晴らしの良い光景が広がっていた。
周囲を見渡せば西側にすぐ裏山が迫っており、他の三方には住宅が並んでいる。学校の敷地は壁に囲まれていて、その内側には壁に沿って背の高い木々が植林されていた。
校内で特徴的なのは二人がいる場所だ。敷地の西側とそれ以外は林で分けられており、孤立したこの場所に東西に長い旧校舎が北から三棟並んでいる。その旧北校舎の東側には林に囲まれたプールがあり、旧中校舎と旧南校舎の東側には倉庫と体育館が並んでいた。
その光景に守人が声を上げる。
「見晴らしはいいなぁ。遠くまで見える」
「そうだね。なかなかの場所だとは思うよ」
「で、妨害電波の装置はどこにあるんだ? ああもしかしてあれか?」
ぐるりと周囲を見ていた守人が、屋上で唯一出張っている階段を内包した立方体の東側にその装置を見つけた。三脚に支えられた細いプラスチックの棒の先が三つ叉に別れている。また、その棒の下部には四角い箱が取り付けられていた。
その装置を見た明彦がためらいがちに感想を漏らす。
「何て言うか、思ってたよりも小さいね」
「言っちゃ悪いけど、これで本当にプールの所まで妨害電波を出せるのか? 俺でも持ち上げられるだろう。ほら」
何とも言えない表情の守人が装置に近づいて三脚に乗せられていた重りを脇にのけた。そのまま両手で掴んで持ち上げて明彦に向き直る。
「それはぼくも同感だけど、現に
「うん。こうかな」
指摘されて守人は慎重に装置を戻した。こんなことで先生に怒られてもつまらない。そして、湧いた疑問を口にする。
「けど、なんでこんなところに置いてあるんだろう? どうせならプールの横に置けばいいのに」
「もしかしたらこれは学校外からプールにドローンを侵入させないためじゃないかな。だとしたらここに置くのが一番だと思う」
「なるほど。さすが明彦、冴えてるなぁ」
「くっくっく、それほどでもないよ」
褒められた明彦は不敵に笑った。
しばらく旧北校舎の屋上でうろついたり景色を見たりしていた二人だったが、すぐにやることもなくなる。おまけに体も冷えてきた。
先に根を上げた守人が明彦に声をかける。
「なぁ、そろそろ帰らないか?」
「とりあえずは目的も果たしたし、商店街に行くかい?」
「そうだな。ちょっと温かいものでも飲みたくなってきたし」
飽きてきたのは明彦じだったようで守人の提案にすぐに賛成した。
風の吹く屋上から旧北校舎の中へと戻った二人はそのまま階下へと進む。一階まで下りると明彦は迷わず西の端に向かった。
後ろを歩いていた守人も廊下に出る。そのとき、ふと階段脇の南出口の扉に通じる短い通路へと目を向けた。外に通じる扉の手前、階段の脇にある鉄製の扉が視界に入る。
「明彦、あそこには何があるんだ?」
「ええ? どれのことだい?」
「ほら、あの階段の下にあるごつい扉だよ」
「このドアのこと? えーっと」
呼ばれて引き返してきた明彦が守人の指差す先にある扉を見て黙った。
一見すると防火扉のような鉄製の扉である。ちょうど人一人が通れる大きさだ。
扉の目の前に立った二人のうち、明彦がつぶやく。
「開くのかな?」
「やってみるか?」
返事をした守人の視線を受けた明彦がうなずいた。
その鉄製の扉は扉と一体になっている取っ手を引っ張り出して回すタイプだ。その取っ手を引っ張り出して守人は掴む。そして、ゆっくりとひねった。
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