5 ルチアの嘘

 養父母と二年半ぶりの再会を喜び合う。


「ルチア……! こんなに痩せ細って、可哀想に……っ」


 お母さん養母が私を抱き締めて、頬を寄せた。愛情たっぷりの温もりが嬉しくて、私の目にも涙が滲む。


「――ルチア様、あまり長居は」


 生真面目な表情のマルコが、口を挟む。あまり猶予はなさそうだ。仕方ない。早めに一番大事な話を伝えることにした。


「お父さんお母さん、よく聞いて」


 涙目の二人を交互に見つめる。


「新たな聖女のロザンナ様は、恐らく聖女の力を持っていないの」

「え――?」


 驚愕の声が、養父母からだけでなく、マルコからも漏れた。いや、あんた分かってなかったのか。そっちの方が意外だわ。


「きっとこの先、このハダニエル王国は徐々に荒れていくわ。だからお願い。他国に逃げてほしいの」


 三人ともが、息を呑む。


 聖力を持つ人間は、何もこの国にしかいない訳じゃない。珍しくはあるけど、どこにでも少しはいるそうだ。


 ただし、聖女ほど強力な聖力を持つ者は滅多に現れないらしいけど。


 各国の中心部に設置された祈祷台には、国土全体に届く魔法陣が組み込まれている。魔法陣に聖力を注ぐことで、国土に広がる瘴気を浄化する仕組みだ。


 聖女がいない国は、瘴気が濃くなってくると聖女を保有する国に莫大な費用を支払って聖女を借りる――なんてこともあるらしい。


 瘴気が濃くない間は、自国内の聖力を持つ人たちでこまめに浄化する。その内抑えきれなくなって瘴気から生まれた魔物が増え、最終的に魔物暴走スタンピードが起こる。衝突によって数を減らした人間と魔物が再び数を増やして――というのが、繰り返されている歴史だった。


 ハダニエル王国も、何十年も聖女を必要としていなかった。なのに急に必要になったのは、瘴気が急激に増えてきたからだ。原因は、まだ判明していない。


「姉さんにもこのことを伝えてもらいたいの。勿論すぐに魔物暴走スタンピードが起きる訳じゃないと思うし、ここは王都だし防壁で囲まれているから安全な方ではあるけど」

「信じるわ……他でもないあなたの言葉だから」

「ありがとう……!」


 見ず知らずの他人の子供を大事に育ててくれた優しい人たちだ。魔物に殺されたくなんかない。だから、どうしてもこのことだけは伝えたかった。


 だから、伝えられてよかった。


 お母さんが、私の頬を撫でながら尋ねる。


「待って、ルチア。あなたはどうするの」


 お父さんが頷いた。


「そうだ、一緒に逃げようルチア!」


 それができたら、どんなにかよかっただろう。


 ――でもね。


「ごめんなさい。実は陛下から極秘任務を承っていて、すぐに向かわないといけないの」

「極秘任務?」


 当然、国外追放の話はすぐに伝わってくるだろう。でも、これならどちらが本当の話なのか、二人には分からなくなる筈。


 間違っても、お城に抗議なんて行かないで国を捨てて逃げてくれるように。その為の嘘だ。


「本当にごめんなさい。できることなら一緒に行きたかったけど」

「ルチア……」


 養父母にぎゅっと抱きつくと、二人とも私を慈しむように抱き締め返してくれた。


 そもそも、私といると、二人に危険が迫る可能性が高い。


 アルベルト様が暗に匂わせた「手土産」は、私の死亡が確認できる何かだからだ。


 ロザンナ様が何を吹き込んだのかは知らないけど、あの様子だと相当悪者に仕立て上げられているのは間違いない。


 勿論マルコに大人しく殺されてやるつもりなんてない。だけど、マルコが貴族の身分を捨てたくない以上、彼は何としてでも私を殺そうとするだろう。


 だから、養父母は私とはいない方がいい。


 ――きっと、これが今生の別れになるだろうけど。


 一旦溢れ出した涙は、もう止まってはくれなかった。


「お父さん、お母さん……大好きよ」

「ルチア……!」


 ひしと抱き締め合っていると、お城の方からドーン! という大きな爆発音が響いてくる。


 マルコが私の肩を掴んだ。


「式典の終了を告げる合図の花火です。そろそろ出ましょう」

「……ええ」


 養父母から、身体を離す。涙を拭きながら、彼らに別れを告げた。私に会ったことはくれぐれも内密に、と言い聞かせて。


「ルチア……! ルチア!」


 むせび泣く大切な人たちの声を背に、私とマルコは闇夜に紛れて王都を抜け出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る