3 ルチアの家族
マルコと衛兵によって手首を拘束された後、簡単な旅装を整えたマルコと共に城を出た。
早かった。ここまで瞬速だった。余程早く追い出したかったんだと思う。
城からは、賑やかな笑い声と楽団が奏でる優雅な音楽が漏れてくる。
城に連れて来る時は拉致して、追い出す時は追放。あの人種とは付き合い切れない。
情けからか、マルコが私に裾の長い黒いマントを被せてくれた。これで手の拘束が隠れる。
「――行きましょうか、ルチア様」
こんな状態で、まだ私に敬語を使うんだ。自嘲気味に小さく笑うと、マルコが怪訝そうな顔になった。
「ルチア様?」
「……」
騎士に似つかわしい精悍な顔立ちに、立派な体躯。聖女の専属護衛騎士になるくらいだから、いい身分なんだろう。知らないけど。
あの場ではああ言わないと、とばっちりを受けるだけなのは分かっていた。だから、理解はできる。これまで本当によく尽くしてくれたし、恨みもない。ちょっぴりいいなと思ってたから、すごーく残念だったけど。
まあ、この感じなら、私のささやかな願いくらいは聞いてくれそうだ。
「マルコ、お願いがあります」
「――なんでしょう」
彼も複雑な気持ちだろうけど、彼の気持ちを慮るほどの余裕は私には残っていない。
私の中で膨らんできているのは、焦燥感だ。こればかりは、直接私の口から伝えたい。
「養父母に最後の挨拶をさせてほしいのです。それくらいはいいでしょう?」
じっと見上げると、マルコは戸惑ったように目を泳がせる。
無言のまま見つめ続けていると、マルコは溜息を吐いた後、頷いた。
「……わかりました。手短にお願いします」
「はい。それと、逃げないから手首の拘束を解いてくれます?」
歩きにくいんです、と私が続けると、マルコは渋い顔のまま拘束を解いてくれた。
◇
私は伯爵の父とメイドだった母の間に出来た、いわゆる庶子だ。
母はとても美しい人だったけど、その美しさが仇となった。
同じ屋敷で働く庭師の男との結婚を控え幸せ一杯だったある日、彼女は雇い主のアルジェント伯爵に襲われた。抵抗するも無駄に終わり、やがて身籠る。
腹を立てた庭師の男が抗議しに行くと、その場で切り殺されてしまった。幸福から一気に不幸のどん底へと突き落とされた母は、死にたいと願ったそうだ。だけど、後継の男子がいなかった伯爵に子供を産めと命じられ、屋敷に軟禁されてしまう。
母は私を産むとすぐに、身体から空気が抜けるように静かに天に召された。母の最期を看取ったメイド仲間から聞いた。
伯爵は、赤子が女だと知ると途端に興味を失った。母に付き添った年若いメイド仲間に「どこかに捨ててこい」と言い捨てると、母の亡き骸に一瞥もくれずに立ち去ったそうだ。最低な男だ。
捨ててこいと言われたものの、彼女は産まれたばかりの私を見捨てられなくて――私を彼女の父母に託した。それが私の養父母だ。
伯爵から「どこに捨ててきたのか」と聞かれた彼女は、「丁度子を欲しがっている平民の夫婦がいたので譲った、どこの誰かは分からない」と咄嗟に嘘を吐いた。どこの誰とも告げずに立ち去ったと伝えると、伯爵は満足したそうだ。
だけど、いつボロが出るか分からない。頃合いをみて、彼女は職場を移した。
そんな彼女は、今では双子のお母さんだ。優しい旦那様とパン屋を営んでいる。彼女がいなければ、私は自分の出自も知らず、捨てられた恨みを抱えながら生きていたかもしれない。もしくは、とうに死んでいたかのどちらかだ。だから、彼女には心から感謝している。
貧しいながら、養父母の元、私は幸せ一杯に育った。
赤ん坊の時は薄い金髪だと思われていた髪は、大きくなるにつれて明らかに白髪だと分かる。
かつて伯爵家でメイドをしていた義理の姉となった彼女曰く、父親も母親も、髪は茶色だったそうだ。
となれば、遺伝ではない。母親からの栄養が足りなかったのかもなあ、としょんぼりした養父に頭を撫でてもらい、「もっと栄養つけようね」と養母の分のおかずを分けてもらった、優しい記憶。
まさかこの髪色が聖女の証だなんて、誰も思ってなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます