偽聖女と言われて婚約破棄され国外追放の上崖から突き落とされましたが、嘘吐き魔人に懐かれたので幸せです
ミドリ/緑虫@コミュ障騎士発売中
1 偽聖女と婚約破棄
あれ、と思った時には、岩場に倒れ込んでいた。
ガツンと地面に頬をぶつける。痛いのに身体が動かない。
「あ……うそ……」
急激に視界がぼやけていく。見に覚えのありすぎるこの感覚は、聖力切れだ。
――すると。
森の方から、こちらに近付いてくる足音がする。まだ魔物が残っていたんだろうか。
ぐらぐらと揺れ動いて見えにくい視界の先に、薄らぼんやりと二本の足が見える。……二本?
私の前にしゃがみ込む音。ぼやけた顔に見えるのは、赤く発光した一対の瞳だ。
――やっぱり魔物だ。
と、低い声が尋ねた。
「……お前」
喋ってる。喋られる魔物もいるんだ。知らなかったなあ――。
「殺されたいか?」
なんてことを聞くんだ。酷いけど、私は聖女だから憎いんだろうなあ。
「……して……」
「……なんだ?」
だってもう、動けない。だったらせめて――。
「殺して……」
一瞬で殺して。
喋る魔物がハッと息を呑む音が聞こえたと同時に、私は意識を手放した。
◇
『新聖女降臨一周年記念式典』の会場に、若い男の声が響き渡った。
「聖女――いや、偽聖女ルチア! お前の嘘は全て、この新聖女ロザンナが暴いた!」
女性なら誰しもが憧れる存在の王太子アルベルト様が、冷たく言い放つ。彼の腕には、儚げで愛らしい顔をした、聖女の証である白髪の女性が絡み付いていた。
彼女の髪は、私のパサついた踏み潰された雪みたいな髪とは違って、艷やかに光り輝いている。羨ましい限りだ。
聖女はみな、例外なく白髪だ。国の守護神である白の神獣の力を分け与えられた存在だから、と言われてる。
「お前は聖女と騙り、王族のみならず国民を裏切った!」
「アルベルト様――あの、偽聖女? 嘘とは一体?」
アルベルト様が憎々しげに睨みつけているのは、彼の婚約者である私だ。どう見ても婚約者を見る目つきじゃないけど。
ここ最近見かけないなあと思っていたら、再会の第一声がこれなんてさすがに酷くないか?
「とぼけるな! ロザンナには神託が下っている! それに我々は知っているのだぞ!」
「ええと、何をです?」
アルベルト様が何の話をしているのか、さっぱり分からない。
新たな聖女が現れたという神託の後、王城にロザンナ様がやってきた。次第にアルベルト様のご興味が私から彼女に移ったのは、気付いていた。
鼻の下を伸ばして過度に接触していれば、誰だって分かる。私だってアホじゃない。
以降、アルベルト様は人が変わったように冷たくなってしまった。大方、私に対する興味を失ったんだろう。
だけど、それと聖女を騙るのとは話が全く別。身に覚えのないことを責め立てられても、困惑しかない。
前から時折話が通じない時があるなーとは思っていたけど、ここまでとは。この人王太子だよね? この国の未来、大丈夫かな?
「ロザンナは毎日全力で加護を与えるべく祈り続けているというのに、お前は一日中寝ているだけではないか!」
「はあ?」
いやいやいや。思わず呆れ声を漏らす。私の横に立つ護衛騎士のマルコが、驚いた顔でこちらを見た。
そりゃあ驚くだろう。彼は私が毎日祈りを捧げているのを知っているんだから。私だってびっくりだ。
「何か誤解があるようですが、私は毎日、」
「黙れ! 口答えするな!」
ピシャリと怒鳴られ、思わず黙り込む。祝いの席で突然始まった断罪劇に、招待客のみんなも固唾を呑んで見守るだけだ。
怯えた様子でアルベルト様にひっついているロザンナ様の口許は――あれれ、笑ってるぞ。うっわー。性格わる。
私の代わりに、マルコが訴えた。
「お言葉ですがアルベルト様。ルチア様は毎日――」
だけど、マルコの言葉もアルベルト様は一切聞き入れなかった。
「お前も共犯だろう! そのガリガリのみすぼらしい女に甘い言葉でも囁かれたのか、汚らわしい!」
ガリガリ、みすぼらしい。この王子様は、一体どうしてそうなったか忘れたらしい。信じられない。
「アルベルト様! お待ち下さ――」
「黙れ、この裏切り者どもめ!」
こめかみに青筋を立てているアルベルト様には、私たちの困惑も伝わらないみたいだ。
「おお、愛しい聖女よ」とか色々と私に甘く囁いたことのある口で、冷酷にも言い放つ。
「今この時を以て、偽聖女ルチアとの婚約を破棄する!」
元々、聖女と祀り上げられた際に私の意思に関係なく決められた婚約だ。別にアルベルト様は好きでもなんでもないから、全然問題ない。むしろありがたい。
だけど、それだけで済む感じじゃなさそうな――。
「その上で、国外追放に処する!」
ほーらね。にしても、罪状もはっきりしてないのに国外追放。しかも独断で。駄目でしょ。愛は盲目だとしても、前はもう少し論理的思考ができていたのに本当に大丈夫かこの王子様。
でも実は、現況に限界を感じていた私にとって、追い出されるだけで済むなら願ったり叶ったりだった。
アルベルト様が、今度はマルコを睨みつける。
「護衛騎士マルコは、貴族籍を剥奪する!」
「おっ――お待ち下さい殿下!」
すると。
「……きゃっ!」
顔面蒼白のマルコが、突然私を突き飛ばした。
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