第138話 汗臭くはない……筈
宴会を終えた後、アストはまだ酔い潰れていなかった女性騎士たちに護衛されながら宿へと戻った。
(……なんで、あの場に居なかったんだろうな)
部屋に入ると、まだ抜けきってない疲れと満腹感、更にはアルコールによる酔いも追加されているため、直ぐにベッドへ倒れ込んだ。
(怪我してるようには……見えなかったけどな)
何故、あの宴会の場でアリステアの姿が見えなかったのか。
考えても考えても理由は浮かばず……気付いた時には、夢の中へと飛び立っていた。
「ん……っ…………やっぱり、痛いな」
目を覚ましたアストは、強めの筋肉痛とほんの少しの頭痛に辛さを感じるも、一応起きた。
「………………あれだよな。多分、ギルドに行かないとダメだよな」
アストが戦凶鬼、土竜亜種の討伐戦に参加したのは、善意ではなくしっかりと冒険者ギルドを通して指名依頼を受けたからという理由がある。
なので、ギルドに行って報酬金を受け取らなければならない。
「…………止めとこうかな」
二度寝するつもりはないが、冒険者ギルドに向かう気にはならない。
理由としては、ほんの少し感じる頭痛は置いておき、強めの筋肉痛が原因だった。
簡単に言ってしまうと、今のアストは万全の状態ではない。
そんな状況で、もし面倒な性格をしている同業者に喧嘩を売られたら……と考えると、どうしても面倒という気持ちが勝ってしまう。
(いや、戦凶鬼と土竜亜種との戦いに関するが既に広まってるなら……大丈夫、か?)
今回の討伐戦、冒険者ギルドはアストに対して断った方が良いと内密に伝えていた。
騎士団からの指名依頼……特に裏の悪名などもない騎士団からの指名依頼冒険者ギルドが断った方が良いと伝える事など、滅多にない。
それだけ冒険者ギルドがアストの戦力や探索力、人柄や指導力を評価している証拠。
故に、何も知らないバカがアストに絡もうとすれば、職員達が自ら止めに入ってもおかしくない。
「………………いや、止めておくか」
その可能性が高いと思いつつも、アストはこれから数日間、宿から出るのを止めた。
本業はバーテンダーで、冒険者は副業だと答えているアストだが、それでも冒険者として活動する為に積み重ねてきた努力……冒険者に成ってからも鍛錬は定期的に行っており、幾つもの困難を乗り越えてきた。
(……なんだかんだで、そういうプライドを持ってるみたいだな)
改めて自分には見方によっては子供っぽいプライドがあるのだと思いながら、アストは部屋を出ると従業員に声を掛け、朝食を部屋に持ってきて欲しいと伝えた。
そして昼食を食べ終えた後は、まだ筋肉痛が残っている体に鞭を打ち、筋トレを始めた。
「はぁ、はぁ、っ!? っ……もう、ちょい」
筋トレは、もう無理だと……限界だと、痛みを感じてきてからもうひと踏ん張りする。
前世で筋トレが趣味だった友人の言葉に従い、限界の一歩その先へ踏み出す。
「はぁ、はぁ…………はぁ~~~~。死ぬ死ぬ」
そう言いながら、ネットスーパーで購入したプロテインを摂取。
その後はベッドに腰を下ろし、現在ネットスーパーの亜空間に入れているモンスターの肉や果実、野菜や酒などの在庫を確認。
「……そういえば、チョコレートリキュールが結構減ってたな」
カクテルの補充などを行い、亜空間に入れている食材のリストを眺め、何か新しい料理などは作れないかとあれこれ考えた後……再び筋トレ開始。
そして限界の一歩先を迎えてから、今度は宿の従業員に昼食を頼む。
そんな日々を三日ほど過ごした後……頭痛は完全に消えており、全身の筋肉痛も無事消えた。
「…………まっ、実際のところそんなに変ってはいないだろうけどな」
この世界でも筋トレというのはそれなりに重要視されており、モンスターを倒すことなどで身体能力や魔力量の限界を超えることがあるが、越えられる壁の数は人によって限界がある。
アストは……十八歳にして、既にその限界に到達していた。
基本的にこれ以上強くなることはないが、アスト自身……そこに関してはそれほど気にしてはいなかった。
「よし、行くか」
三日ぶりの外出。
太陽の光が身に染みると思いながら……同時に、冒険者ギルドに着くまでの道中、やけに視線を向けられるなとも感じていた。
(風呂に入れないから、濡らしたタオルで体は拭いていた。なんなら、上手く床に水が零れない様に、頭も洗っていたから特に匂いはしないと思うんだが…………もしかしなくても、そういう事か)
バーテンダー……接客業である以上、その辺りは十分に気を付けているアスト。
であれば、必然的に多くの視線を向けられる理由に辿り着く。
なんだかんだで何度か修羅場を越えてきたアストは、回れ右をすることなくそのままギルドへ向かい、中に入った。
時刻は既に十時を過ぎており、割の良い依頼を狙っていた冒険者たちは既に仕事へ向かっている。
ロビーにいる冒険者の数は少ないが、当然従業員たちはせっせと働いており……そのうちの一人がアストを発見した瞬間、思わず手に持っていた書類を全て落してしまった。
「あ、アストさん!!!!」
「「「「「「「っ!!!」」」」」」」
名前を出されては、どうしても注目が集まってしまう。
だが、アストはそれを咎める気にはなれず、苦笑いを浮かべながらカウンターへと向かった。
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