第107話 番人なので

(っ!!!!???? い、いきなりなんだ!!!???)


「ところでマスター……ある嬢ちゃんと、喧嘩になったみたいだな」


「ある、嬢ちゃんと言いますと………………っ、ヴァレア・エルハールトさんのことですか」


何故、目の前の初老男性からアストの冒険者人生の中でトップクラスの圧が放たれたのか……納得がいった。


(ヴァレアが所属してるクランの……トップ連中と、関係のある人物なのだろうな)


冒険者とはまた違う圧である事を即座に把握したアスト。

その圧の違い、放たれる圧倒的な存在感から……一つの結論に至った。


「しらばっくれない様でなによりだ」


「しらばっくれるも何も、互いに合意の上で対決をしたまでですので。それに……その後、私は彼女からの依頼を受けました」


「ほ~~~~ん…………でもよ、マスター。世の中……そう甘くはないって事は、多分知ってるよな」


「…………」


ヴァレアは、ただの冒険者ではない。

それは実力的な意味ではなく、伯爵家の令嬢であることに加えて、王都……だけではなく、カルダール王国全体の中でもトップクラスに有名なクランに所属している冒険者は。


そんなクランの中でも有望株という認識を持たれている。


アストはそんなヴァレアを直接勝負ではないにしろ、彼女との勝負に勝った。


「……こういう時、口八丁に話題を逸らすか、それとも自分には自分なりの手札があると口にするのが一般的なのでしょう…………ですが、私はバーテンダーです」


言い終えると同時に、アストから覚悟が極まった圧が放たれた。


巡回の騎士が現場を目撃すれば、間違いなく実力者同士の喧嘩が始まると予想し、直ぐに応援を呼ぶ。


「バーテンダーとはバーの番人。そしてミーティアは俺の城。ここで暴れるのであれば……番人として、あなたを制圧します」


「ふ、ふっふっふ。小童が……生意気に言うじゃないか」


「お客様。あなたがどういった人物なのか、ある程度把握しています。だからこそ……宣言します。一方的に蹂躙出来ると思わない方が良いですよ」


虚勢、ではない。


全体的なスペックを見ても、アストが目の前の初老男性に勝てる部分は殆どない。


しかし……凶悪なモンスターとの戦闘時と同じく、命を懸けられるのであれば……一方的な戦況になることは、まずない。


(この若造……ふっふっふ、ふっふっふっふっふっふっふ。解ってはいたが、中々どうして面白いな)


初老の男も、アストが何かを隠している事に……その隠し事が、自分の首に刃を届かせる何かであることにも気付いていた。


「ふっふっふ、はっはっは!!!!!!!! いやぁ~~~~~、すまんすまん。ちょっと悪ふざけし過ぎたな」


「……全く、悪ふざけの度を越えていますよ、お客様……いえ、アルガド様」


「そこまで気付いていたか」


アルガドという名の男は、王都を拠点とする裏の組織のトップ……ギャングのボスである。

ただ、ギャングのボスとはいえ、ただ悪事万歳拍手喝采といった腐りきった存在ではなく、寧ろ義を重んじる組織のボスである。


「これまでの人生の中で、そういった人物に絡まれたことがあります。加えて、外見や存在感等から察するのに……アルガド様であると推察しました」


「一本取られた、というべきか。冷静な態度を取り続けていたのも、俺がただ圧を放っていただけだと解っていたんだな」


「正直なところ、驚かされたのは事実です。ただ、冒険者人生の中で格上の方々に試された経験が何度かありました。アルガド様が発する圧は、その方々が発していた圧と似ていましたので」


「なっはっは!!!! そこまで解ったうえで……問題無く対処出来るという態度を示したのだな」


あなた、本当は俺にどうこうする気はないんでしょ、という対応を取られてしまえば、アルガドとしてもそのつもりなので一本取られた形にはなる。


だが、アストは敢えてそこで戦るなら戦れるぞという姿勢を示した。


「伝えた通り、私はバーの番人ですので」


「バーの番人、か……そうだな。久しぶりにブルっときたよ。それだけ強いのに、冒険者としては今以上に上を目指すつもりはないんだろ」


「私の本業はバーテンダーで、冒険者は副業です。あまり嘗められたくはないという気持ちもあって、今の立場で登りましたが……これ以上は求める必要がありません。というより、求めることも出来ませんので」


「…………若いくせに、謙虚なマスターだな」


「世の中を上手く生きていくコツは、ある程度の謙虚さだと思っていますので」


そう言いながら、アストはオールドファッションド、グラスを用意し、中に氷を入れ……ウィスキーを四十五、アマレットというアーモンド風のリキュールを十五ほど注ぎ、ステアした一杯をアルガドの前に置いた。


「サービスです」


「おいおい、何か返さなきゃいけないのは俺の方だぞ」


「であれば、貸し一つということで、よろしくお願いいたします」


「……ふっふっふ。本当に、若造らしからぬ奴だ……ところで、こいつは……あれか」


「えぇ、ゴッドファーザーでございます」


琥珀色に輝くカクテルを見て、アルガドはアストに対して「本当に色々と上手い野郎だ」と思いながら味わった。

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