異世界バーテンダー。冒険者が副業で、バーテンダーが本業ですので、お間違いなく。

第94話 恥をかかせない筈

「そ、そう、ですか」

「……場所を変えようか」

人が多くいる通りでする話でもないため、ナツキは偶に訪れる喫茶店の個室に移った。

「さて、もう一度言うが、私は私で彼の事を……アストという冒険者についてそれなりに調べた。個人的な感情ではあるが、お前が同世代の冒険者に負けるとは思っていなかったからな」

「っ……申し訳、ありません」

同世代の冒険者に負けるとは思っていなかった。

その言葉に対して嬉しいと感じる同時に、直接勝負ではないとはいえ、アストとの勝負に負けてしまった己の不甲斐なさに悔しさを感じる。

「別に怒っている訳ではない。ただ、世の中は広いというだけだ……アストという青年は、どうやら過去にAランクモンスターとの戦闘経験もある」

「か、彼が……止めを、刺したと」

「いや、止めを刺したのは共に戦っていたAランクの冒険者だ。表には出ていない情報だがな」

ナツキは有名クランの幹部ということもあり、独自の情報網で一般的には手に入らないアストの情報も手に入れていた。

「しかし、彼はそれなりに良いサポートをしていたそうだ」

「…………彼は、Cランクの冒険者だと、聞いていますが」

「それは間違いない。どうやら、本業のバーテンダーである仕事を考えれば、今がベストの状態と考えているらしい」

「なる、ほど？」

「さて…………そんな摩訶不思議とすら思える冒険者、アストだが……お前の私情による依頼を手伝ってもらう報酬として、さっさと処女を捨ててしまった方が良いと私は思う」

先程も言われた内容ではあるが、まだ純潔を保っているヴァレアとしては、そう簡単に捨てられるものではない。

「し、師匠。そうは言いますが」

「ヴァレア、私はお前に痴女になれと言っている訳ではない。ただ、未経験のまま歳を取っていくと、色々と面倒な事になる」

「め、面倒な事に、ですか」

「具体的に話すのはあれだが、取っておいて良いことはない」

冗談ではない。

師の真剣な表情から、本気で自分の為に説明してくれているのだと感じたヴァレア。

「特に貴族社会に戻るつもりはないのだろう」

「えぇ、勿論です」

「それなら、さっさと手頃な相手で済ませるのが一番良い。彼はクランの人間でもないという点を考えれば、一番良い相手と言えるだろう。ヴァレアも、手頃な相手とはいえ、弱い男には抱かれたくないだろう」

「ま、まぁそういった気持ちがないわけではありませんが」

「では、決まりだな」

師であるナツキとしても、まだ噂のアストという青年と話したことはないが、集めた情報を見る限り……そこら辺の冒険者より信用出来る。

「し、しかしですね師匠。その、私は初めてな訳で……ど、どう声を、掛ければ良いか」

「むっ…………そうだな。確かにそこは無計画に行かない方が良さそうだな」

ナツキは記憶を遡り、自身の初めての体験を思い出すが……非常に雰囲気と流れに身を任せた内容だった。

特に後悔が残る体験という訳ではないが、弟子の参考にはならないと判断。

「報酬、報酬で相手をするとなれば…………逆に、下手な小細工を弄さない方が良いかもしれないな」

「小細工をしない、ですか」

「そうだ。彼は侍、武士ではないだろうが、女性に恥をかかせる真似はしないだろう」

覚悟を決めてヴァレアが他の応酬について提案すれば、断ることはない……とナツキは確信している。

「そうでしょうか……しかし、もし彼が他の内容にしてくれと断ったら……」

顔から火が出るほど恥ずかしい思いをするのは間違いない。

「……ヴァレア。お前は冒険者として活動を始めてから、何度告白された」

「異性から告白された回数ですか？　正直、あまり覚えてはいません」

ヴァレアにとって何人から告白されたなど、誇ることではない、どうでも良い話であるため、本当に覚えていなかった。

「つまり、それだけお前は異性から好かれる、モテる存在だ。そんなお前を抱けるとなれば、アストの男としての本能が黙ってない筈だ」

「お、男としての本能……」

そういった話には初心であるため、蒸気は出ずとも頬が赤くなる。

「とにかく、今回は色んな意味で良いチャンスだ。戦闘面での学びも含めて、全力で活かすことを考えるんだ」

「わ、分かりました！！！！！」

師匠の言葉を受け、完全に気持ちが固まったヴァレア。

両者共に出発に向けた準備を進め、二日後……二人は待ち合わせ場所に集合。

「……まだ十五分も前なのだけど」

「遅れるのは良くないと思って」

前世での癖もあって、アストは基本的に集合時間の五分から十分前に着こうとする。

今回はヴァレアが貴族の令嬢、有名クランに所属してる冒険者ということもあり、失礼が無いように二十分前到着にした。

対して、ヴァレアも自分が頼んだ側ということもあって、絶対に遅刻しないように集合時間の十五分前に到着しようと思っていた。

「良い心がけですね。では、行きましょうか」

「えぇ」

こうして、アストは久しぶりに長期間、同業者と一時的にパーティー組んで活動を始めた。