第62話 思いを忘れずに
「…………」
「マティアス様、大丈夫ですか」
「っ! え、えぇ。勿論大丈夫です。アストさんや、騎士たちが守ってくれたので」
手練れの連中であったのは間違いない。
裏に……闇に生きる者たちらしく、使用していた刃などには毒なども使用されていた。
触れれば、命を脅かす毒も使用されていた。
(っ、僕は…………僕は、何も出来ない!!!!!!)
表情に、悔しさが滲み出ていた。
それを察したアストは……再度呼吸を整え、マティアスの正面に膝を付いて、眼を見た。
「マティアス様。私は冒険者ギルドから仕事を受けました。私にとって冒険者とは副業ではありますが、それでも誇りを持って仕事を行っています。今の私は、マティアス様をお守りする戦闘者です」
護衛たちの戦力を考えれば、アストはマティアスの話し相手……食事を用意する係であっても問題無いかもしれない。
だが、それでも仕事内容は王族であるマティアスの護衛、それは変わらない事実である。
「そして彼らは、マティアス様をお守りする盾であり、襲い掛かる襲撃者を蹴散らす剣であり、杖です……今は、マティアス様を守り、障害を取り除くことこそが使命かと」
アストの言葉に、騎士たちやメイドも含め、彼らは誇らしげに頷く。
「故に、剣として杖として、盾として……戦闘者として、傷つくことは致し方ない事です」
「っ…………申し訳、ない。私の心が、弱いばかりに」
「ご自分を責めないでください。貴方のような方を守れることを誇りに思います」
守れることが、誇らしく思える。
そういった人物は、中々いる者ではない。
「……もし、ご自身が戦えなかったことを気になさっているのであれば……その思いを忘れないことが、マティアス様の未来に繋がるかと」
「僕の、未来に………………アストさん、ありがとうございます」
「光栄です」
偉そうに語れるほど、大した人生を歩んではいない。
そう思っているアストではあるが、その言葉……人生のアドバイスを伝えられたマティアスにとっては、なんとも胸に響くものであった。
(……この男、やはり貴族出身の令息か? いや、そもそもこのアドバイス力……本当に年齢通りの人物なのか?)
(これで俺より歳下って、マジかよ。なんつ~か、学生時代の教師を思い出すっていうか……いや、それはそれでアストに失礼か?)
(この人……やっぱりスカウトするべきじゃないかしら?)
アストがマティアスに人生のアドバイスを伝える光景を見ていた騎士たちは、様々なことを考えていたが……全員、一度同じことを考えていた。
どうにかして、この男を引き入れるべきではないかと。
だが、そんな考えが思いっきり顔に出ていたのか、マティアスの専属メイドである女性から、鋭い視線を向けられてしまった。
(全く……気持ちは解らなくもありませんが、彼はあくまで冒険者であり、バーテンダー。そうした二足の草鞋というスタイルで活動しているからこそ、マティアス様の心に光を灯すことが出来た。それを考えれば……惜しいと思っても、こちら側の世界に引き抜くべきではないでしょう)
実力派メイドもマティアスの執事として、良き相談相手としてアストをもう一度スカウト出来ないかと考えてしまったが、裏でそれを行おうとすれば一度事情を理解して引いたマティアスの考えを踏みにじることになる。
結局その惜しいという気持ちはアストの護衛依頼が終わるまで引きずることになるが、最後までスカウトの話題を出すことはなかった。
「お疲れ様です。こちらが依頼達成の料金になります。お確かめください」
「………………ありがとうございます」
受付嬢から渡された袋の中には、報酬通りの金額が入っていた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
どういった依頼内容だったのか、そして道中に何があったのか知っている受付嬢は、無事依頼達成してくれたアストにこちらこそと、感謝の意を伝えたかった。
(やっぱり、王都の受付嬢はレベルが高いな~)
そんな受付嬢の気持ちを知る訳がなく、重責から解放されたアストは王都の冒険者ギルドで仕事をしている受付嬢のレベルの高さに感心していた。
「……とりあえず観光するか。せっかく王都に来たんだしな」
まだ時間は昼過ぎということもあり、王都を観光するには十分な時間がある。
(今回の依頼はかなり美味しかったし、正直…………これから一か月ぐらいは仕事しなくても良いかもな)
結局アストが冒険者らしい仕事を行ったのは、黒装束の者たちが襲って来た時のみ。
料理やマティアスの話し相手など、仕事をしていたとはいえ……普通に考えれば、美味しい仕事であったのは間違いない。
(とりあえず、数日間ぐらいは観光とバーテンダーの仕事に集中しても良さそうだな)
また新しい客との出会いがある。
そう思うと、自然と胸が高鳴る。
だが……依頼を終えてから数日後、予想外とは警戒が解けた後に、見計らっていたかのように降りかかってくるものだと思い知らされる。
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