第56話 護衛?

(何故……何故、こんな事に?)


今現在、アストの目の前には非情にニコニコと可愛らしい笑みを浮かべたカルダール王国の第五王子、マティアス・ルーダ・カルダールがいる。


場所は馬車の中。


そう……アストは現在、馬車の里ではなく、場所の中にいる。


「初めまして、アストさん」


「お目にかかれて光栄です、マティアス様」


冒険者の中には、相手が権力者であろうとタメ口で話すのがカッコイイ!!! と考える者がいる。


実際のところ、そういった態度の冒険者を気に入る武闘派の貴族も存在する。

ただ……それはその人物がそれ相応の実力を伴っていればの話である。


ただの馬鹿がそのような無礼な態度を取れば、速攻で打ち首……最低でも牢屋にぶち込まれる。


(この人が、第五王子の……)


翡翠色のマッシュヘアー。

その神秘さすら感じる神に負けない柔和なイケメンフェイスを持っている。


「無理な事を言っている自覚はあります。ただ、あまり固くならないでくれると嬉しいです。冒険者たちの中で、僕と歳が近い方があなただったので」


「っ……か、解りました。無礼にならない程度の態度で接しさせてもらいます」


今回の移動に護衛としてアストが選ばれた理由は、なるべくマティアスと歳が近く、それでいて一定以上の実力がある。

その条件を満たすのがアストだった。


(まぁ、確かに条件を満たせるのは、俺ぐらいになる、か)


歳が近いとはいえ、マティアスはまだ十歳。

一応冒険者ギルドには、アストよりも更にマティアスに歳が近い者もいるが、やはりアストほど実力が伴っている者はいない。


「ありがとうございます。そういえば、アストさんは冒険者として活動しているだけではなく、バーテンダーとして活動しているとお聞きしました」


「はい。実際のところは冒険者は副業で、本業がバーテンダーといった形で活動しています」


「な、なるほど。バーテンダーの方が本業、なんですね」


マティアスは……これまでアストが出会ってきたどの十歳よりも、賢明で聡明。

しかし、冒険者活動は副業で、本業はバーテンダーだと断言する人物の存在は初であり、決して小さくない衝撃を体験。


(つか、この王子様……本当に十歳、なのか?)


だが、目の前の存在に驚いているのはマティアスだけではなく、アストも同じだった。


当然ながら、身に付けているマジックアイテムを使用し、目の前の第五王子を鑑定することなど出来ない。

そんな事をすれば一発でアウトであり、バレれば端っこで待機しているメイドが凶器を取り出し、バトル待ったなしの状況に発展してしまう。


ただ、それでも長年戦う、強くなることに時間を費やしてきた経験から、目の前の王族がどれほど才気溢れる存在であり、既に高レベルな技術力を有しているのか解かってしまう。


(カイン様と出会った時にも、少なからず衝撃を感じたが……現段階ではカイン様の方が上。戦闘力に関してはまだ俺の方が上だとは思うが……末恐ろしいとは、まさにこのことだな)


誰であっても視れば視るほど、身震いしてしまう末恐ろしさを、マティアスは有していた。


「本業と副業を両立していては、大変ではありませんか」


「…………マティアス様は、武芸以外の事も励まれていると思います。私としては、それと同じかと」


「なるほど……しかし、僕の武芸や勉学に関しては、あくまで学習に含まれます。まだ歳若い子供の考えですが、学習と仕事は違うかと」


(……いやぁ~~~~~、本当に十歳の子供と話してる気がしないんですが?)


子供が、ガキんちょが大人の真似をしようと背伸びしている……ということではない。

顔を見れば、声色から本当に自然体で出た考えなのだと、納得してしまう。


「そうですね。マティアス様の考えは……おそらく、正しいと思います。ただ、私は副業である冒険者、本業であるバーテンダー……どちらにも、楽しさを感じています」


「楽しさ、ですか」


「その通りです。同業者たちと共に強敵を倒し、街に戻って来た時に宴会で呑むエールの味……客として店に訪れてくれた者たちとの会話……どれも、その職に就いて活動していなければ感じられない楽しさです」


楽しさがあるからこそ、仕事であっても苦の割合が大きくならず、何年も本業と副業を両立することができる。


(仕事であっても、学習であっても……正直なところ、そこに楽しさがなかったら本当にただの苦行になるからな)


アスト(錬)は決して馬鹿ではなかった。

楽しくない事ではあっても、一定レベルまでであれば勉強することができ、零点を取ったことはないのは当たり前で、赤点と呼ばれる点数も一度も取ったことはない。


だが、楽しいと感じた瞬間は殆どなかった。


「……羨ましいですね」


「っ」


羨ましい。

その言葉に、寂しさを感じたアスト。

何故……羨ましいという言葉に寂しさが含まれているのか。


アストはただの平民。

実は貴族の隠し子といった事情もない。

それでも、これまでの経験から……何故、そこに寂しさが含まれているのか、解ってしまった。

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