第28話 必要な休息

「カイン様はただ強くなり、民たちを守ろうと努力している。だが、彼らは真正面から言える度胸がないため、陰口で盛り上がることしか出来ない。改めて、この構図を冷静に思い浮かべてください」


「彼等と、私の構図を……」


カインが傲慢であるならばまだしも、期待に応える為に……民を守るために強くなろうという気持ちは本物。


アストとしては……少々言葉が悪くなっても、カインに勘違いしてほしくなかった。


「どうでしょうか」


「…………小さな、怒りが湧いてきました」


力を入れてはいけないと解っている。

力を込めれば……グラスが割れてしまう。


「それが、普通です。他者を思いやる気持ちというのは大切です。騎士道精神というものに、その気持ちも含まれているでしょう。ただ……他者からのサンドバッグにならなければならない訳ではありません」


「……凄いな。店主は、心のケアというのも出来るのですか?」


「そんな大層なものではありません。人から言われなければ、気付けない事もあるというだけです…………ただ、陰口というのはなくならないでしょう。心が弱い者はそういった黒い感情を吐き出してしまいます。逆に……吐き出している方が、カイン様にとっても好都合という場合があります」


黒い感情を、毒を吐いていた方が良い。


その言葉は……今までカインを励ましていた内容とは違う。

当然、カインの頭には何故? という疑問が浮かぶも、カインは物事を自分で考えられない凡夫ではない。


「……………………なるほど。思いを溜め込めば溜め込むほど、爆発した時に凶刃となって私を襲い掛かるかもしれないという事ですね」


そういった例は、過去に何度かあった。

毎年のように学園内で起こっている訳ではなく、そんな事をすれば学園から退学に……家からも完全に居場所を失ってしまう。


だが、振り切れてしまった人物はそう……無敵な人になってしまう。


そして学園にいる者は、少なくともただの一般人ではない。

学園内だからと油断していれば、自分より劣っている者であっても、放たれた凶刃が突き刺さってもおかしくない。


「全員が、前だけ向いて歩けるわけではありませんからね。しかし、そういった事情を踏まえたとしても……わざわざカイン様が、彼らの願望に合わせる必要はないかと。何も…………悪い事はしてませんので」


「……こうして夜遅くに学園の外でお酒を呑んでいても、ですか?」


「それは、弱い者たちが陰口を呟き合うのと同じ…………ではありませんね。失礼しました。ただ、前を進み続ける為には、適度な休息も必要です」


正義の為だけに生き続ければ、いずれ限界が来る。

アスト(錬)の周囲にそういった人物がいたわけではないが、結末はある程度予想出来る。


「休息……そうですね。鍛錬も、休息を挟まなければなりません」


「その通りです。強くなり、民を守る……おそらくですが、それはカイン様の人生を通した目標。そうである以上、人生の中にも休息は必要です」


「店主は、まるで仙人ですね」


「それは……光栄ですが、そんなたいそれた存在ではありません。ただ……考える力が、人よりあるだけかと」


前世で漫画をよく読み、ライトノベルなどをそれなりに読んでいたアスト(錬)。

物語を読んでいる時、この人物がこうしていれば、主人公がこういった考えが出来ていればと…………アスト(錬)が考えたことをキャラたちが実行できていれば、それはそれでつまらないストーリーになっていたかもしれない。


しかし、ついついそう考えてしまい、それなりに感情移入がしやすいタイプでもあった。


だからこそ、精神年齢はまだ若造……生きてきた合計年数を足しても四十程度ではあるが、ある程度カウンセラーの真似事が出来る。


「そういった人間もいる。それは仕方ない事。しかし、自分には関係無い。そう思い、これまで通り進む……それが、一番の解決方法かと」


本当は、もう一つ別の考え方がアストの頭に浮かんでいた。


自分が弱い、結果が出ない、頑張れないからといって、他者に毒を吐く……陰口を叩く者は……あなたの目にどう映りますか?


ここまで正確に伝えれば、心優しいカインであっても、心の中に黒い塊が、モヤが生まれてもおかしくない。


(この考えは、おそらく伝えなくて良かった。完璧超ヤバい聖人とかならともかく、今心が疲弊しているということは、カイン様の心も完璧ではなく……質の悪い弱者に対する悪感情も生まれる。そうなると、自然とそういった質の悪い弱者と対面してしまった時、顔に出てしまうかもしれない)


聞かれたのか否か分からない。

それでも、顔を合わせた時に苦虫を潰したような顔を……もしくは見下すような顔をされれば溝は深まるばかり。


わざわざ質の悪い弱者の気持ちを考えることなど必要はないかもしれないが、小さな切っ掛けが最悪の事態に発展するかもしれないことを考えれば、アストの判断は非常にナイスだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る