第11話 捉え方次第

「恐怖を乗り越えることが出来たから、ですかね」


「恐怖を乗り越えることが出来たから……ですか」


「そうです。重要なのは乗り越えることは出来たけど、命懸けの戦いに対する恐怖が消えたわけではありません」


「乗り越えることが出来たのに、ですか」


まだ上手く理解出来ていないリーデに、アストは優しく自身の考えを伝える。


「乗り越えた、克服した……だからといって、本当に思考回路が壊れてしまっている人以外は、ふとした瞬間に恐怖を感じます。冒険者として活動していれば、いつ想定していない出来事、イレギュラーに遭遇してしまうか分かりませんからね」


アストの最近の出来事を上げると、三十体弱のリザードマンの群れに襲われてしまった件。


シェイクを使用したお陰で事なきを得たが、勘弁してほしいイレギュラーであるのは間違いない。

それ以外にアストは冒険者として活動を始めてから、何度もイレギュラーに遭遇している。


「もう自分に恐れるものは何もない。どんな敵が相手だろうと戦える。そんな張りぼて自信を持っていると、その想定外のイレギュラーと遭遇した時にボロが出てしまいます」


「……で、でも。元から臆病で……恐怖心が強かったら、駄目ですよね」


「それはリーデさん。あなたの捉え方次第です」


「ぼ、僕自身の考え方、ですか?」


「はい。これまた個人的な見解ですが、臆病な人は、それだけ慎重なタイプだと思います」


用心深い性格であれば、モンスターを倒したとしても、万が一まだ生きているかもしれないと……漁夫の利を狙っているかもしれない、という可能性を常に考えることが出来る。


「何事も慎重に考えて行動出来る人が居ると、パーティーの生存率がぐっと上がります」


全員が慎重では前に進むことが出来なくなる為、パーティーには他の性質を持ったメンバーが必要ではある。


ただ、アストの説明は実際に冒険者の生存率などに関するデータと照らし合わせても間違いはない。


「とはいえ、ならず者……気が強い人が多い冒険者にそれを求めるのも難しいことではあるでしょう。ですから、まだ若い内から臆病な心を持っているリーデさんは、寧ろ貴重な存在です」


「あ、ありがとうございます?」


褒めてくれているという事はなんとなく解る。

ただ、釈然としない部分が残っていた。


「…………少し、考え方が変わったと、思います。それでも……恐怖を乗り越えなければならない時は、来ますよね」


「えぇ、勿論です」


戦闘職である冒険者は、他の職業に比べて、圧倒的に死ぬ可能性が高い。


どうしても……死は首元に迫ってくる。


「リーデさん、何事も捉え方です。臆病なら……先に考えて用意してしまえば良いんです」


「っ、遭遇するかもしれない危機に対して、どう対処するか考えて……事前に準備しておく、ということですね」


「その通りです。自分が臆病であると認めれば、それならどうするべきなのか……認めることで、自ずと道は見えてくるかと」


「………………」


自分は臆病だと、今まで恥だと思っていた部分を認める。


これまでその恥を変えなければ、捨てなければとずっと考え続けていた。

しかし目の前の先輩冒険者は……バーテンダーは、その恥を攻めなかった。


寧ろ長所の一つであると肯定してくれた。


「……ありがとうございます」


心の底から感謝の言葉を伝え……もう氷が完全に溶けてしまったカルーアミルクを一口。


「やっぱり、美味しいですね」


「ふふ、そう言ってもらえると幸いです」


臆病……それは決して短所ではない。

臆病であるからこそ、直ぐに前に進むのではなく、右を……左を、後ろや目の前ではなくその更に奥を見ることが出来る。


(それでも……恐怖に打ち勝たなければならない時は、必ず来る。その時に生き残れるか……乗り越える為の一歩を踏み出せるか。それは……心の強さ、それまで積み重ねてきた自信次第)


アストはリーデの家族でなければ、教師でもない。

彼は冒険者という枠の中では一応先輩ではあるが、本業はバーテンダー。


リーデが一人前になるまで面倒を見続けることは出来ない。


出来ることは相談に乗る。自分のこれまでの人生の中からアドバイスを絞り出し、伝えることのみ。


「お通しです」


ルーキーでも懐に優しい値段のローストビーフを提供。


「……バーテンダーの方って、こんなに料理も上手く出来ないとダメなんですか?」


リーデは料理に関して詳しくないが、一口食べただけで普段酒場とかで食べている肉料理と比べて比と味違うと感じた。


「そんな事はありませんよ。料理に関しては、自分の趣味も入っていますから。肉料理がお好みでしたら、こちらの列の料理がお手頃かと」


どの料理も他のバー、料理店と比べて格段に安い。

その中でも、ルーキーの懐に優しい値段の料理を紹介。


「えっと……では、この料理をお願いしても良いですか」


「かしこまりました。少々お待ちください」


懐が痛まない程度まで呑んで食べ続け、リーデは早速アドバイスを受けた内容通り……先輩冒険者であるアストにこれまでどういった脅威を体験し、どうやって乗り越えたのか……先輩の体験、知識を必死で自分の武器に変えようとした。

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