090 エピローグⅢ それぞれの明日


 その日、エルフの森に滞在していたカオスオーダー二人は、インベントリ内に保存していた食料で恒例のバーベキューを行っていた。

 なお戦力の多くを喪失している彼らが東京に帰らないのは世界各地のモンスターが駆逐されきったことを知らず、道中は危険だと思っているからである。

 妖怪仙人によるエルフの森への襲撃がなくなったことも怪訝に思っているが、妖怪仙人が全滅した事実を彼らはまだ知らないし、知る手段もない。

「はぁ……いつまでこんなことやってればいいんだか」

 茶髪の男性カオスオーダー、以前は焦りに焦って願望染みた妄想のような提案しかしてこなかった安井やすいは彼の契約エルフの死亡が確認されてからは諦めたのか、落ち着いた様子で焚き火を眺めている。

「とはいえ、そろそろ動かないとだぞ」

 禿頭の中年男のカオスオーダー、山茶花さざんかは相変わらず諦めの混じった表情だが、最近は時折新しく契約したエルフと共に森の巡回なども行っていた。

「わかってんよ……まー、たぶんだけど妖怪仙人、撤退したみたいだしな」

 安井の返答にこくりと頷く山茶花。

 流石に連日続いていた襲撃がなくなれば妖怪仙人がなんらかの別のアクションを、どこかこことは別の場所で行っていることは予想できた。

 理由もわかる。あれのせいだろうな、と山茶花は先日に起こった真昼の夜・・・・のことを思い出す。

 人類絶滅級レイドボス『とばりきみ』。レイドボス化したクリスタル・ブラッドプールの顕現。

 カオスオーダーたちが使う掲示板内でもあの強大で絶望的で、どうしようもない災害・・に対して、様々な意見や情報、あるいは顕現時に行われたクリスタルとの会話の記録などが提出されていた。

 とはいえカオスオーダーたちがいくら情報を出しても、知恵を振り絞っても、対策は何も出ていない。

 やれることもクリスタルをテイムしているセイメイの魔法刻印の中で、判明しているスキルを再検証するだとか、吸血鬼と契約したプレイヤーによる影魔法の検証だとか、そういった程度のものだ。

 わかるのだ。現状どうやってもクリスタルを倒すことはできない、と。

 加えて大聖女アリスの死が教会から報告されたこともあって、世界の今後はひたすらに暗かった。

 そして、そんなクリスタル対策のために全世界に散っていたカオスオーダーたちが近日、東京へと集まってくることにもなっている。

 その影にはモンスターやダンジョンが消滅した――クリスタルは何も発表していないが、周辺からモンスターが消えれば察することもある――ことによって、金策がしにくくなったカオスオーダーたちの新宿ダンジョン遠征という目的もなくはなかったし、クリスタルに殺されなかった、各国の東京派遣人材の生き残りと契約して、戦力を増強したいという目的もある。

 もともと日本にはカオスオーダーの数は多かったが、近い内にカオスオーダーの総戦力が揃うことになるだろう。

「俺たちも契約キャラを増やさないとなー」

 山茶花の呟き。出遅れる、というよりはこの世界で生きていくためにもカオスオーダーとしての活動は必須だった。

 あるいは、この世界でできた友人が死んだ村から出ていくことで自分の人生を歩むことの方が大事だとようやく気づいたのか。

 友人の仇である妖怪仙人たちがいなくなったことにより、山茶花の胸中もなんとか落ち着いてきていた。

「クリスタルの討伐、か」

 山茶花は無理だと思っている。

 あのときのあの姿。世界を夜で覆ったクリスタル。そんなクリスタルに反抗したエルフの戦士たちは、クリスタルが手を振っただけで虐殺された。

 しかし、とも山茶花は思った。

「無理かもしれないが……死にたくないしな」

 クリスタルに対抗できるとは欠片も思わない。だが、だからといってこのまま座して死を待つつもりはなかった。

 なぜならセイメイとかいうヤバいヤツがその気になれば、あの化け物はいつでもこの世界に降臨できるのである。

 友人の死を経験したことで厭世的で、軽度の鬱気味になった山茶花だったが、それでも死ぬつもりはない。

 気持ちの問題で今は無理かもしれないが、新しい人生をそれなりに楽しく生きる。そういった目標を忘れたわけではない。

 世界の主役になれなくとも、自分の人生を胸を張って生き残る。それぐらいはしたかった。

 山茶花の独り言に安井が同調する。

「あんま心配すんなって。強い奴らが力を合わせればなんとかなるだろ。ゲームじゃなんとかなってたし」

 気楽に言う安井だが、彼は山茶花と違い、未だ契約してくれるキャラクター戦力の補充は終わっていない。

 契約キャラクターは損耗したままであり、カオスオーダーのフルパーティーである6人の契約キャラクターが揃っていないのだ。

 とはいえ、このまま待っていても契約キャラクターが増えるわけではない。

(時間を掛ければ安井と契約してくれるキャラクターもいるかもしれないが……ここじゃあ無理だろうな)

 長期間滞在しているのだ。安井と性格の合いそうなエルフはもういなかった。

 山茶花はビール片手にソーセージにかぶりついている安井に告げる。

「安井、とりあえず明日にでも移動を開始しようや。東京に行けば契約のための縁も増えるだろうし、戦力強化のためのクエストだって探せば……――あ?」

 山茶花は口ごもった。

「なんだ? どうした?」

 安井は黙り込んだ山茶花を見て、彼の視線の向いている方向を怪訝そうに見た。

 森? なんだ、やっぱ薄暗いよな? モンスターでもいるのか? 最近モンスターを見なかったから討伐するなら俺が――そんなことを考えた安井は、契約キャラクターを召喚しようとして……――固まった。


 ――森の中から金色の少女が歩いてきていた。


 金色の少女。エルフの少女だ。すたすたと、何の障害もないように森の中から歩いてくる。

 それ自体は不思議ではない。エルフは森の民だ。森での活動に慣れている。

 だが、その歩き方は……なんだ? あれは?

 うねうねと、少女の長い金色の髪が浮き上がって草や木々を払い、エルフの村への道を作っているのだ。

 普通なら不気味に思う状況。

 だが金色の少女には高い魅力ステータスがあるのだろう。あるいは、もともとの造形が神がかっているのか。


 ――美しい・・・


 二人は少女から目が離せなかった。

 完璧な物質を見ると人間はときにすべてを忘れて見入ってしまう。黄金律という言葉が、自然と頭の中に浮かんだ。

「なん……だ? ありゃ」

「エル、フだよ、な?」

 耳の長さと超絶的な美形で種族は判断できる。

 美しい。美しすぎる。完璧だ。だが……だが、異様な存在だった。

 どうすればいいかわからない。言葉が出ない。

 それに、彼女の周囲には、彼女が引き連れているのか大量の精霊が浮遊しながら付き従っていた。

 小さなもの、大きなもの。

 炎、氷、雷、樹、岩、光、闇……様々な属性の精霊たち。

 それが少女――エルメトが持つ『精霊使役【Ⅲ】』と『精霊種支配【Ⅱ】』による効果だとはわからずに、だけれどもなにかアクションをする必要があると思い……山茶花は少女の姿を自身の魔法刻印に装填してある『スクリーンショット』というスキルで少女の姿を保存。すぐさまカオスオーダー掲示板にて情報の共有を行った。

 『鑑定』ではなかったのは、無許可の鑑定による敵対・・を警戒したため。

 とりあえず、これで死んでも情報は残せる。少しだけほっとする。死にたくはないが。相手が強者ならばすでに戦闘の間合い、逃げられる距離ではない。

 対して安井が行ったのは『鑑定』だった。

 ステータスアナライズによる相手の強さの確認は、ゲームではなくなったこの世界ではほとんど必須の行動だ。

 ただし安井はこの世界での対人戦闘経験が少なかった。

 掲示板で情報収集を頻繁に行っている山茶花からは非敵対キャラクターに対する鑑定の危険性を聞かされてはいたし、そのときは一応頷いてはいたが、本当の意味でその危険性を何も理解していなかった。


 ――だって、敵のレベルがわかんなけりゃ逃げることもできねぇだろ?


 もちろん、確実に敵対していると思われる妖怪仙人に蹴散らされたときも鑑定は行っている。

 当たり前に殺されそうになったが、そのときは契約キャラクターが盾になってくれていた。

 ゆえに、彼はここでも使った。


 ――それが二人の命運をはっきりと分けた。


 少女が立ち止まり、二人を見た。

 まずい、と山茶花は思った。

(安井め、『鑑定』を使ったな!)

 とっさに山茶花は後退りして、背後にあった焚き火を踏み、炙っていた食料を地面に転がしてしまう。カオスオーダーの魔法刻印によって焚き火程度では火傷を負うことはないが、それでも山茶花は「あッ、や、やべ」と焚き火からも距離を取った。

「んー、私を『鑑定』した?」

 焚き火から距離を取った山茶花は一瞬、なにか黄金色の糸のようなものが閃いたのを見た。肉眼では通常見えない細さだったが、火に反射してわかったのだ。

 そうして、隣から悲鳴を聞いた。


 ――安井の身体が宙に浮いていた。


 お、あ、と安井は口をぱくぱくとさせている。

「――は?」

 少女の黄金の髪が、超高速で伸びたのだ。

 一瞬前には自分たちの傍には一切存在していなかった、少女の黄金の髪によって安井は絡め取られていた。

 判断を……判断? 何を? いや、どうすれば?

(わ、理解できるわかる。やばい。勝てない相手だ。しょ、召喚……――どうする? 逃げられる、か?)

 悩むが山茶花の口は勝手に動く。なにかしなければ終わる。人生ゲームオーバー。ここで終わり。死ぬ。死ぬ。殺される。

 とりあえず、相手が何をするつもりなのか。

 この間、数秒。しかし山茶花は一生分の勇気を振り絞ってエルメトに声をかけた。

「や、安井!! お、おい! アンタ!!」

 エルメトは捕まえている安井を見て首を横に傾げ、そうしてから声をかけてきた山茶花に視線を向けた。

 そのエルメトの口から出た言葉は、遅すぎる忠告・・

「あー、カオスオーダーか。出会い頭の鑑定は結構温和な奴でも即敵対になるから気をつけた方がいいよ」

 忠告が遅いというべきか。それともそう言ってくれるならば安井を許してくれるのか。

 今更ながらに自分が致命的な位置にいると気づいた安井が暴れ出した。安井の身体を拘束していた黄金の髪が、数を増して彼の身体を覆っていっていたからだ。

「う、うあああああああああ!! は、離せ! 離してくれ! い、嫌だ。嫌、い――あ、お、うぅぷ、お、あ」

 遅かった。安井を拘束している髪がどんどんと成長していき、安井の顔を覆ってしまう。

 安井が殺される、と山茶花は思った。

 この事態に対処すべく契約キャラクターの召喚をしようとして……――エルメトの不気味さに山茶花は躊躇した。

 手を出せば、自分も敵対していると思われる。

 自分が拘束されていないのは、まだ・・敵対していないから。


 ――勝てるのか? 俺が。あれに。


 安井を拘束した動きは捉えきれなかった。妖怪仙人のときと同じだ。自分がなにかをする前に相手が動いている。

(レベルが、足りない……)

 思い出されるのは、友人のエルフが死んだ瞬間。あの後悔を繰り返すのか?

「安井……ぐ……うぐ……す、すまん」

 勝てるかわからない戦いに、自分を信じて契約してくれているエルフたちの命を投入することはできない。

 再びの契約キャラクターの死を想像し、山茶花の動きは停止した。

 逃げることも、戦うこともできずに、エルメトの動きを見るだけの山茶花。

(安井……ここで、死んじまうのか)

 自然と山茶花は涙を流した。助けてやれなくてすまん。

 迂闊で、軽挙妄動の多い男だったが友人ではあったのだ。

 だが、彼の想像とは違い、エルフの少女――エルメトは安井の生命を奪うことはなかった。

 一分か、二分か。緊張で動けない山茶花の前に、べしゃり、と繭状になっていた安井の拘束が解かれ、地面に投げ出されていた。

「…………」

「や、安井? 生きて、るのか?」

 気絶でもしているのか安井の意識はない。ただ、息はしているのか胸は上下するように動いている。

「はい。刻印の鑑定記録と脳の記憶の消去完了、と。カオスオーダー、私が温和でよかったねー?」

 そうエルメトは言ったが、彼女は特別温和というわけではない。

 殺人経験が称号として記録されてしまうから、自身の主であるセイメイからの好感度を保つために殺人は犯さなかった。それだけだった。

 だが、そんなことをエルメトはわざわざ言わない。

 不躾なカオスオーダーの記憶をぐちゃぐちゃにして、死んでない状態に固定・・しただけで済ませてやった。

 一年ぐらいの記憶と、多少の肉体の動かし方を忘れているだろうが生命は奪わなかった。

 なんて優しいんだろう。菩薩かなにかか自分エルメトは。彼女は自分に対して心中で自画自賛していた。

 カオスオーダーなんてダンゴムシぐらいの価値しかない奴らに対し、特等に優しい対処で済ませてやったのだ。

 セイメイだってきっと褒めてくれる。

 そうしてエルメトは、彼らから興味を失って、再びエルフの村へと歩き出す。

 鑑定防止魔道具、どこで手に入るんだろうな、なんてことを考えながら。

 山茶花はそれを見送ることしかできない。

 勝てない。勝てるわけがない。あんな、あんな、化け物に。

 山茶花は情報を載せた掲示板に意識を向ける。

 そこにはエルメトが無数に従えている精霊たちの情報が、他のカオスオーダーによって掲示板に載せられていた。

 エルメトが連れているのはレベル40やレベル60の精霊が無数。加えてエルメトはエルフではない。

 エルフよりも肌の白色が強く、髪の黄金が濃い。

 おそらくはレベル80以上のキャラクター。種族は上位ハイエルフ。

 原作に詳しいカオスオーダーからは、森のどこかで死んでいるはずのハイエルフに似ているとの書き込みもあった。

「生きて……いたのか」

 俺たちが助けるまでもなかった。だが、どうして……なんで生きている? 原作はどうなっている?

 呆けつつも倒れている安井の治療をしようとする山茶花に一切の興味を向けず、エルメトは村への侵入を果たした。


                ◇◆◇◆◇


「帰ってきたぞー。おー」

 エルフの村に入り、やる気のない拳をぐっと握るエルメト。

 快適な次元図書館に帰ってセイメイの上でごろごろしつつドーナツでも食べたい、と本心では思っているがやるべきことをやらなければならない。

「ちょっと君? 知らないエルフだね? どこから――」

 そんなエルメトに気付いた村人である一般エルフがエルメトに誰何の声を掛けては繭状にされ、なにかの処理・・をされて、地面に転がされていく。それを見たエルフが逃げようとするのを捕まえて、繭にする。

「あー、めんどい。まー、まずは私の世界樹ラボを返してもらわないとねー。あと、たぶん手を出せば出てくる奴の排除も頑張らないとなー」

 エルメトの目的は前の自分が残した、恨み言・・・だ。

 それと、前の自分の研究室兼素材保管庫兼セイメイへのお土産となる世界樹を取り戻すべくここにやってきた。

 住んでいるエルフに感情的な興味はない。

 ただし上等な素材になりそうだからこのエルフの森は自分の支配地とする。

 住んでいるエルフは全部改造して従順にしてから家畜として飼うことにする。

 良質な個体がいれば、育ててセイメイへの奉公人として捧げてもいいかもしれない。

 聖女と吸血鬼だけでは彼の気分も滅入るだろう、というエルメトなりの好意だった。

 カブトムシぐらいには喜んでくれるだろうか? 無理かな? カナブンぐらいは喜んで欲しい。

「あとは……あれだなー。はー、めんど」

 エルメトは誓っている。

 公爵級の邪神である『真理忘却のヌル』をぶち殺す。

 恨み言の解消はある。だが、ここを拠点にするならば邪神は世界樹の奪還のために確実に自分を殺しに来る。

 だから今度は先制攻撃で自分がぶち殺すのだ。

 ヌルの召喚陣はヒュージレガリアにあった『邪神知識』より入手している。

 召喚の供物として使える、いくらでも採取できる海産物ホヤの部位も豊富にある。

 先制攻撃。先制攻撃である。奴がやってくる前に、召喚してぶち殺す。

「面倒だけどさぁ。やるべきことをやらなきゃいけないからね」

 ラボの改修。エルフを家畜化。お金だって稼いで、セイメイと遊ぶ玩具を買い揃えよう。

 やるべきことはいっぱいだった。


 ――そうして邪神とハイエルフの戦いは数日間続けられる。


 勝利したのはエルメトだった。

 当然だった。世界演算があるエルメトにとって、戦いとは事前に用意した絶対に勝てる戦術をぶつける場でしかないからだ。

 ゆえに彼女は勝てなければ絶対に戦わないし、戦うのならば絶対に勝利する。

 こうしてエルフの村は帰還した絶対暴君ハイエルフによって乗っ取られた。


                ◇◆◇◆◇


 TIPS:前のエルメトの治世

 それなりに世界の安定のために働いていたハイエルフたちだったが、一般エルフたちが邪神と組んで反逆を企むぐらいには邪智暴虐していた。

 反逆成功後は復讐を恐れたエルフたちにより、ハイエルフ型の命の泥はエルメトを除いてすべて殺されている。


 なおエルメトが生き残れたのは世界樹の管理権限を持っていたためであり、慈悲などではけしてない。


                ◇◆◇◆◇


 クリスタル・ブラッドプール。

 彼女は東京23区内の魔族領。その吸血鬼領にある高層ビルの一室にいた。

「うーん」

 クリスタルは悩んでいる。

 彼女の足元には人間が複数いた。手足が千切れ、床に血をぶち撒けて転がっていた。

「く、クソ。こ、殺せ」

「う、うぁ……手も足も出なかった」

「なんで、こっちの攻撃が何も効かなかったんだ」

 彼らはカオスオーダーだ。

 魔族領で雇っていたカオスオーダーたちが、レイドボスとして暴れたクリスタルを討伐すべく、離反して歯向かってきた。

 なお、山茶花や安井のような雑魚ではない。

 彼らの契約キャラクターはカオスオーダーによる特別な成長と強化を受けている。

 刻印深度は全員がⅣ以上。レベルも80を越え、スキルも強力なものを揃えていた。


 ――それが一蹴された。


 人類絶滅級のレイドボスを経験したクリスタルだが、彼女の影魔法はそのままの性能だ。何も変わっていない。

 しかし、スキルは変わらずとも操っているクリスタル自身が成長していた。もともと使いこなしていた影魔法を100%を越えて行使していた。

 ゆえにクリスタルへのすべての攻撃は無効化され、クリスタルからのすべての攻撃は致命的だった。

「で、これ、何?」

 クリスタルは問うた。

 この場には、もう一人魔族がいた。

 妖怪種族のトップである妖狐ムラサメだ。

 カオスオーダーは彼女が連れてきた。彼女が雇っていたからだ、カオスオーダーたちを。

 カオスオーダーたちの普段の働きが見事だった。だから褒美に、ムラサメはクリスタルへの顔合わせをセッティングしてやったのだ。

 つまるところ裏切られたのはムラサメもだった。

 しかしそんなことはクリスタルには関係がない。

 ムラサメは戦闘終了後に、即座にクリスタルに対して土下座をしていた。否、戦闘中にしていたかもしれない。

 瞬殺であったから、それらがどっちであろうとも、ほとんど意味はないことではあったが。

「クリスタル殿。此度は本当に申し訳ないことをした」

 ムラサメの謝罪は堂に行ったものだった。

 臆しビビッていない。九本の尻尾はしゅんとはしておらず、ふさふさとしたまま。

 申し訳なさはある。だけれど臆病な姿は見せられない。

 何しろクリスタル相手にビビれば、それだけで殺されることもある。堂々としていた方が生存率は高かった。

 そしてクリスタルが決意すればそれだけで種族絶滅へと向かってしまう。意地でも名誉を挽回しなければならなかった。

「別にいいわよ。こんなもの大した脅威でもなんでもないし」

 脅威ではない・・・・・・。クリスタルの言葉は真実だ。

 偏在がある以上、ここのクリスタルが破壊されても即座に復活する。

 もちろんカオスオーダーたちも無策ではない。

 スキル封印や特殊なアイテムなどでクリスタルの偏在を封じようとする動きはあった。だが、クリスタル自身の持つ耐性に加え、新スキルである第四スキル『闇の聖杯』を用い、抵抗レジストを成功させていた。

「対策はあった。無策ではなかった」

 クリスタルの呟き。でも、とクリスタルは足元の男女を見る。

 クリスタルを憎しみの目で見ているカオスオーダーたち。そしてレベルだけは高かったが全く脅威でもなんでもなかった契約キャラクターたちを。

「うーん。大したことないのよね。レベルだけ高い奴らって」

 妖怪仙人がそうだった。

 もちろん長く生きただけアイテムやそれなりの工夫で抵抗してくれたが、脅威となるほどの強さはない。

「大聖女ほど戦い慣れていないというか……私を殺すには、ある種の真理に到達したものではないとダメなのかしらね」

 クリスタルが『生命いのちの答え』や『影の真髄』に到達したように。

 なぜか自殺してしまった大聖女もまた、なにかの答えに到達していたのだろう。

 そういう意味でクリスタルの主であるセイメイもまた一つの答えを持っている。『嘘をつかない』。彼はそのためだけに行動した結果、世界演算などというとんでもないスキルを完成させていた。

 あれもまた、セイメイが正しくクリスタルを滅ぼすと誓って使えば、クリスタルを殺せるだけの性能を持つスキルである……とクリスタルは解釈している。

 ついでに言えば自分クリスタルはセイメイを殺せないので、確実にセイメイからの攻撃は通ることになる。

 死ぬのはクリスタルだった。セイメイはクリスタルを殺せるのだ。

 彼が決意すれば、ではあったが。

 そんな主と違って、襲撃者たちのなんと情けないことか。

「工夫がないのよね」

 影魔法で串刺しにしている半死半生の襲撃者たちを見ながらクリスタルは高層ビルの窓を影を操って開けた。

 そしてそのまま襲撃者たちを叩き落として解放した。

 200メートルほどの高さからの落下だが、レベルが80の契約キャラクターがいるのだ。カオスオーダーたちは落下死することはないだろう。

「あの……クリスタル殿。殺さないので?」

 ムラサメの問いにクリスタルは晴れやかな顔で答える。

「ん? そうね。私、当分殺しはやめるわ」

 殺しをやめる? 殺して殺して殺し尽くして到頭とうとう人類絶滅まで行おうとした化け物がなにを言い出したのか。

 口をぽかんと開いたままのムラサメを無視し、クリスタルは執務椅子に座ると、黙り込んだ。

 その頭の中に巡っているのは、クリスタルの一番の関心事――セイメイのことである。

(素戔嗚の件はセイメイの危機だった)

 クリスタルが素戔嗚と戦えば、秒殺とは行かないが必ず殺し、セイメイを助けることができた。

 だがクリスタルは助けに行けなかった。

 当の本人であるセイメイによって次元図書館を出禁にされていたから。

 もちろん今は出禁ではない。あの場所にはエルメトだの聖女たちだのとつまらない奴ばかりで興味がないから行かないが、行こうと思えば行けるようにセイメイは設定してくれている。頼み込んで、懇願して、抱きついて、泣きついて、嫌がるセイメイにようやく了承させた。

 だが、とクリスタルは深い溜息を吐いた。

 先の晴れやかさと違う、あまりに陰鬱とした音色にムラサメは何を考えているのか、少しだけ不安に思う。

「もう一度言うわ。殺しはやめるわ。生命たちが成熟し、実をつけるそのときまで」

 そう、殺しはやめる。剪定は終わった。

 育ちすぎ、旬を過ぎた命は削ぎ落とした。

 若く、成長の余地のある命を残した。

 ゆえに待つ。

 クリスタルを殺すために自身を鍛え上げ、クリスタルを殺せる領域まで己を高めた存在が現れるそのときまで。

 あるいはセイメイの生命が尽き、帳を下ろすことになるそのときまで。

 もちろん手入れはする。彼女にとって殺人は必要だから行っていることだ。不殺を誓ったわけではない。

 あまりにもくだらなすぎて、今殺すことが救いになるような哀れな存在は殺すだろうし、セイメイにふざけた真似をする存在が出てきたら駆除をする。

 だけれど、とりあえず積極的に殺すのはクリスタルはやめることにした。

 生命を大事にし、隷属仲間を尊んで、セイメイの警戒心を解くことに集中するべきだと思ったのだ。

(セイメイの信頼が足りなかったのはよくなかったわ。本当に)

 クリスタルが殺しすぎなければ、セイメイも次元図書館を出禁にはしていなかっただろう。

 クリスタルは反省した。殺しは当分の間やめようと思った。反省できるのだ。

 少なくとも有事の際、セイメイの傍にすぐ行けるぐらいの信頼を得るためにも。


            ――二章『古き神々と人類絶滅のレイドボス』 了


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