第109話 エレノアのドヤ顔

 先導役は大神殿から来ている聖騎士団、そのすぐ後ろを二台の馬車を囲むように聖国の聖騎士団が護衛している。

 ちなみに二台の馬車は高位神官や聖女、世話係として来ている女性神官達が乗っているが、馬車に乗り込む聖女の顔は人買いに連れて行かれる者のようだった。



 そして最後尾を俺達第三騎士団が護衛しているが、俺達も王家から支給された馬車が一台同行している。

 その馬車には当然ジャンヌとジェスが乗っているのだ。



 王家の馬車には防音処理が施されているから声は聞こえないが、窓から見える二人はとても楽しそうに話していた。

 ジェスは時々馬車に飽きると、俺の前に座ってエレノアに揺られて移動している。



 聖国までは馬車でひと月半ほどかかるが、今は王都を出発して約半月といったところか。

 この人数ではどうしても小さな村などでは村の外で野営しなければならなくなる者が出てくるが、それは当然のように俺達第三騎士団だ。



 聖騎士達も一部の護衛を残し、野営をしていたりするが。

 従騎士スクワイア達が夕食の準備をしている間に各自馬の手入れをしていると、聖女や神官達が宿泊する村の方からフラフラと向かって来る人影があった。



「ジュスタン団長~……」



 現れたのは聖女エレノア。

 出発した時に比べて随分とゲッソリしている。

 後方からは聖騎士団長のアクセルが心配そうに付いて来ているので勝手に抜け出したわけではなさそうだ。



「どうした。もうすぐ暗くなるから村にいた方がいいんじゃないのか? 夕食もまだだろう?」



「そうそれっ! それが問題なんですよ! 私もここで食事がしたいです……、味付けが……村で提供される料理に文句を言うわけにはいかないけれど、道中も私に料理させてと何度言いそうになった事か!! でもそんなの言えない雰囲気なんですよ!! 馬車の中でもずっと小難しい神様や聖国の話ばっかりだし!! ジェスちゃん達の馬車に乗りたい……っ」



 聖騎士達は村を挟んで反対側で野営をしているため、声が聞こえないのをいい事に好き放題言っている。

 ジャンヌを探しに行った時に聖女の料理の腕を知っているアクセルは苦笑いをしているが、小さく頷いているので気持ちは同じなのだろう。



「数日に一回でもいいからジュスタン団長の馬に乗せてもらえたらなぁ、ジェスちゃんみたいに。いつも楽しそうにしているから羨ましくって……。この子エレノアも毎日ジュスタン団長に大事に手入れされて幸せそうだし」



 羨まし気に愛馬エレノアを見上げる聖女、ブルルと鼻息で応える愛馬の顔がドヤ顔に見えるのは気のせいだろうか。



「まぁ、エレノアは毎日長距離を頑張って歩いてくれてるからな。ちゃんとねぎらってやらないと」



 鼻面を撫でてやると、エレノアは甘えるように顔を俺の胸元に寄せてきた。



「うぅ……、私も甘やかされたいです……」



「甘やかされたいらしいぞ、アクセル団長。頑張れ」



「え? は? えぇっ!?」



 俺は馬のエレノアとジェスを甘やかすので手一杯なんだ、聖女までは勘弁してくれ。

 基本的に一緒にいるアクセルに任せるという判断は間違っていないはずだ。

 だが聖騎士なせいか、女性の扱いに慣れていないのは一目瞭然だけどな。



「ああそうだ、アクセル団長、俺が率いる第三騎士団と別れた後は、できるだけジャンヌと副団長のオレールを聖女と一緒に行動させてくれ。ジャンヌであれば女性だから聖女を神殿関係者だけにしなくて済むだろう。聖女も……エレノアもそうしたいと聖国の奴らに言ってくれ」



 うっかり聖女と言ったせいか、また不細工な顔になっていたのでちゃんと名前で呼んでみた。

 どうやら正解だったらしく、普通の顔に戻って頷く。



「わかりました。でもあまり副団長さんとは話した事がないんですよねぇ」



「なら今からでも慣れるといい。安心しろ、一度結婚に失敗しているが、貴族だから女性のエスコートの仕方などは心得ているからな。オレール! ちょっと来てくれ」



 馬の手入れ道具を自分の魔法鞄マジックバッグに片付けていたオレールを呼び出す。



「どうしました? 聖女様とアクセル聖騎士団長がいらっしゃってるなんて、何かあったのですか?」



「食事のマズさと、移動中の神官達に対する愚痴を言いに来たんだ」



「ジュスタン団長! …………まぁ、間違ってないですけど」



「ははっ、確かに香草を使った料理になれてしまっているなら、道中の食事はつらいでしょう。しかも聖女様はご自身でも料理を作られるとか、自分で作った方が美味しいのなら、余計につらいですよね」



「そうなんです! あっ、私の事はエレノアって呼んでください!」



「ではエレノア様と呼ばせていただきますね、私の事はオレールとお呼びください。団長がフラレスに向かった後は、何かあればお気軽に声をおかけください。私に出来る事であればお力になりますので」



「ありがとうございます!」



 聖女に対し、気負わず自然体のオレールに好印象を持ったようだ。

 周りは聖女様として気遣う者ばかりでうんざりなのだろう。

 ちなみにフラレスというのは俺達が魔物討伐の支援に向かう町の名前で、聖国の手前で別の道を行く事になる。



 しばらくすると、俺達の食事の準備ができたので聖女に村に戻るように言うと、料理の香りだけを胸いっぱいに吸い込んでトボトボと戻って行った。

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