第94話 ケーキのように、とは

 工房から宿舎に到着した時、馬と馬車が近付いて来る音が聞こえてきた。

 振り返ると一目でわかる神殿関係者の馬車と聖騎士達、それを先導する第一騎士団。

 道中雨でも降ったのか、妙に馬車が薄汚れている。



「エレノア達も王都に到着したんだね! あっ、ほら、エレノアが手を振ってるよ! おかえり~!」



 ジェスが指差したのは、馬車の中から窓越しに満面の笑みで手を振る聖女の姿だった。

 そんな聖女にピョイピョイ飛び跳ねながら手を振るジェスが微笑ましい。



「それにしても、到着してすぐ王城に呼び出すとは。一日くらい休ませてやればいいものを」



 身支度をする準備はされているだろうが、長旅の後に謁見させるのはどうかと思う。

 王家と大神殿の関係が良好だと国民に知らしめるためだろうが、元気そうな聖女はともかく聖騎士達が可哀想だ。

 知らず知らず憐みの目を向けていたのか、聖騎士団長のアクセルが苦笑いして通り過ぎて行った。



「さぁ、訓練を頑張っている奴らにジェスの鱗を使った剣を自慢しに行こう」



「うん! 次に鱗が落ちた時にはシモンの剣に使ってもいいよ」



「ジェスは随分シモンが気に入ってるようだな」



「シモンはいつも遊んでくれるから好き! あとシモンの肩車はジュスタンのおんぶの次に好き」



 どうやらシモンはジェスにとって、大きなお友達らしい。

 いや、本来の姿からしたら小さなお友達か?

 訓練場へ向かうと、木剣の打ち合う音が聞こえてきた。



「おらぁっ! 胴がガラ空きだぁっ」



「腰が引けてるぞ! そんなんじゃ本来届く剣も届かないだろうが!」



「前に言った左に避けるクセが直ってないよ!」



 威勢よく指導しているのは俺の隊の部下達。

 どうしても俺が連れ回すせいで、必然的に他の小隊より場数が多くなって腕が上がっている。



「よし! 十五分休憩!」



 オレールの号令と共にその場に座り込む者もいれば、倒れ込む者すらいた。

 倒れ込んだ奴らは体力不足にもほどがあるな、走り込みをさせるか。

 そんな事を考えていたら、何人かが俺とジェスに気付いて近寄って来た。



「団長! ジェスの鱗を使った剣を取りに行ったんだって!? それか!?」



 真っ先に寄って来たのはカシアスだった。

 ジェスの鱗を使った剣と聞いて、ゾロゾロと皆集まって来た。

 やはりドラゴンの素材を使った剣ともなると、剣を使う者の憧れだから気持ちはわかる。



「ああ、俺とジェスが従魔契約しているせいか、魔力を通すと凄かったぞ」



 鞘から抜いてみせると、周りから感嘆の声が上がった。

 正直自慢したい気持ちがあったので、話を振ってくれて助かった。



「うわぁ、何かちょっと青みがかってるのはジェスの鱗の色が関係してるのかなぁ。……綺麗だ」



 エリオット隊の従騎士スクワイアアシルがうっとりしながら言った。

 ふふふ、そうだろうそうだろう。よし、更にいいモノを見せてやろう。

 剣に魔力を通すと剣身が輝きを増した、部下達の目は完全に憧れの宝物を目の前にした者のそれだ。



「普通の状態でもかなりの斬れ味だが、この魔力を通した状態だと鎧を着せた案山子もケーキのように簡単に斬れたぞ。聖女達はさっき王都に到着したみたいだが、ジェスの母親やドワーフ達もこちらに向かっているようだから、お前達もドワーフに認めてもらえるような腕になれば剣を打ってもらえるかもしれんぞ」



 うおぉぉ! と盛り上がる部下達。



「ケーキかぁ、ケーキって食べた事ないからどんな斬れ味だったのかイマイチわからないなぁ」



 雄叫びがひとしきり治まると、誰かがぽつりと呟いた。



「そういや団長が焼いてくれたパンケーキは食べた事あるけど、店で売ってるケーキってもっと分厚いよな。どっちが柔らかいんだろうなぁ」



 誰かの言葉を受け、俺をチラチラ見ながらそう言ったのはシモンだ。

 さすがにこの人数分のケーキを作っている余裕はない。

 しかし部下達は期待の籠った目でこちらを見ている、ジェスも。



「……わかった、後で貴族街のパティスリーに全員分注文しておいてやる。今回の魔物騒ぎで頑張った褒美だ」



 再び雄叫びが訓練場に響いた。

 お前ら、さっきより威勢のいい雄叫びなのは俺の気のせいか?



 ここにいるほとんどの者は家族を俸禄で養っているか、欲に負けて花街で散財しているから嗜好品であるスイーツにまで手が出ないのだろう。

 ジェスもシモン達とハイタッチして喜んでいるからよしとするか。



 新しい剣を自慢して満足した俺は、愛馬エレノアとパティスリーに向かう事にした。

 ジェスからエレノアが寂しがっているからと勧められたのだ。

 どうやら今回は二人(?)きりで出かけられるようにと、ジェスは自ら訓練場に残ると言って留守番している。



「こうして一人でエレノアと出かけるのは久しぶりな気がするな。前は時々訓練を兼ねた遠駆けをしていたが、最近は色々と忙しかったからなぁ」



 首筋を優しく叩くと、心なしかエレノアの機嫌がいいように見える。

 寂しがっていたというのはきっと正解なんだろう。



 エレノアを店の横に繋いで、パティスリーの中に入った。

 せっかくだからと有名店に入ったのだが、カフェと併設されているせいで貴族令嬢の視線が痛い。



 とりあえず俺と部下で五十人だろ、ジェスと……料理人達も騒ぎの間は昼夜問わず交代で頑張ってくれたから買っておくか。

 それと文官の三人もここ最近の仕事量が魔物の素材関連だけでもありえないくらい増えていたし、ねぎらってやらないとな。



「いらっしゃいませ、お決まりでしたら承ります」



「あ~……、適当に五十九ピース……、いや、適当にホールケーキを七つと切り分けた苺のケーキを三つ、明日の昼に第三騎士団の食堂まで届けて欲しいのだが、頼めるか?」



「明日でしたら問題ありません、第三騎士団の……第三騎士団ですかっ!? あ、し、失礼いたしました……、では明日のお昼にお届けいたします。こちらにご記入をお願いいたします」



 予約票に記入をし、代金を払って店を出た。

 これで明日の昼はケーキを切る体験と、大きさを均等にしなければならないプレッシャー体験の両方させてやれるな。

 エレノアに乗って、内心ニヤつきながら宿舎へと戻った。

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