第92話 訓練再開
休養日が終わり、皆元気いっぱいに訓練を再開……、というわけではなかった。
結局身体がなまらないように、毎日多少は剣を振っていたからな。
俺としてはジェスが菓子だけでなく、俺が作った物であれば酒のツマミになるような物でも喜んで食べる事が発覚したのが収穫だ。
甘い物は結構好きだが、やはり今の俺は酒や酒に合う物の方が好きだからな。
小説の中で酒臭い息を吐きながらディアーヌ嬢に話しかけるシーンもあったから、そういう人に迷惑をかけるような飲み方はしないように気を付けよう。
色んな店で飲むのもいいが、宿舎で部下達と飲むのもそれはそれで楽しいからいくつか作り置きも作ってある。
それに菓子と違って、匂いに釣られて部下達が部屋の前に集まる事も減ったしな。
甘い匂いでなければ食堂からの匂いと思うのだろう。
何人かが食堂で不思議そうにしていたのは、その匂いのする料理が出てこなかったせいかもしれない。
休養日と違ってみっちり訓練をすると、第三騎士団の者とはいえ昼になる頃には全員グッタリしている。
それは俺も同じ事だ。
「ジュスタ~ン! もうお昼だよ! あとねぇ、なんかお知らせがあるって文官の人が言ってた!」
ジェスが知らせに来たと同時に、正午の鐘が鳴り響いた。
「ふぅ……っ、午前の訓練はここまで! 一時間後に再開だ!」
声を揃えて返事をした部下達は、木剣を片付けて我先にと食堂へ向かう。
オレールはともかく、若い部下達はまだまだ食欲の権化だ。
「それじゃあ食事の前に執務室に寄るか。どんな事か言ってなかったか?」
「えっとねー、ひとつじゃないんだって。いくつかお知らせする事がありますって言ってた!」
「そうか、教えてくれてありがとうな」
頭を撫でると、えへへと嬉しそうに笑うジェス。
執務室に到着すると、事務長のオーバンが三つの封筒を差し出してきた。
ひとつは工房からの報せ、ジェスの鱗を使った剣が完成したらしい。
もうひとつは聖女帰還の先触れが来たという、王城からの報せだった。
どうやら今日の午後には到着するとの事。
そちらは要人という事で、第一騎士団が出迎えに行くんだとか。
そして最後の封筒も王城からで、こちらはドワーフの一団が王都に向かっているから五日以内に到着するだろうという報せだった。
こちらは要人として第一騎士団が出迎えてもいいが、面識がある第三騎士団というか、俺が出迎えるべきだろうという提案に見せかけた命令書だな。
「なんだったの?」
読み終わるまで大人しく待っていたジェスが、見上げながら聞いてきた。
「聖女が今日の午後に到着するらしい。ジャンヌ達もドワーフの里から下りて街道を移動しているそうだ。あとはジェスの鱗を使った剣が出来たらしいから、食事の後に見に行こうか」
「わぁい! 行く行く!!」
嬉しそうにピョイピョイと跳ねるジェス、文官達も微笑ましそうにその様子を見守っている。
最初に小さいドラゴン姿のジェスを見た時は少し怯えていたのに、人化した姿は好ましいようだ。
俺の弟の姿だから当然だな。
俺とジェスが食堂に到着すると、腹ペコの部下達が一気に押し寄せたせいで料理人達はぐったりとしていた。
もうすでに食べ終わった者もいるらしく、チラホラと空席もあった。
今日の昼食はラムのソテーと豆のスープとパン。
本当はこの固いパンもロールパンくらい柔らかくしたいが、ドライイーストが手に入らないから断念している。
何かでビールを混ぜて発酵させるというのを見た気がするが、エールでも大丈夫なのだろうか。
結局そんな風に悩んでいる内に時間が過ぎて、今に至る。
というわけで、いつか聖女がヒロイン補正で作ってくれると期待しておこう。
騎士は力を入れる時にどうしても歯を食いしばるから、顎を鍛えるという意味ではこの固いパンの方がいいしな。
食事を済ませ、ジェスと職人達の工房へ歩いて向かう事にした。
その前にオレールに言ってから行かないと。
オレールの部屋に向かい、午後は工房へ行ってくると告げると、通りかかったシモンとマリウスが騒ぎ出した。
いや、正確には二人が通りかかったが、シモンだけが訓練をサボるのはズルいと騒ぎ出したのだ。
「誰がサボりだ。武器の確認も立派な俺の仕事だぞ」
「だってジェスの鱗を使ったやつだろ!? 俺も早く見たいのに!! ジェスだって俺に見てもらいたいよな!? なっ!?」
こいつ、ジェスを味方に付ける気か!?
「えっとね、最初はジュスタンがいいの。それにボクの鱗で作った剣を使えるのはジュスタンだからね!」
「そんなぁ……」
シモンの期待を裏切り、ジェスはニッコリ笑ってシモンの意見を切り捨てた。
「ククッ、残念だったな。お前はしっかり午後の訓練で鍛えるといい。オレール、シモンがダラけていたら報告するように」
「わかりました」
「そろそろ休憩時間も終わるぞ、訓練場に戻れ」
「シモン、訓練頑張ってね!」
「ジェス……、へぇ~い……」
シモンはオレールとマリウスに残念なモノを見る目を向けられながら、訓練場へと戻って行った。
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