第59話 移り香
「ああ……、疲れた……っ」
夜会が終わって自室に戻り、マントを脱いでソファに放り投げた。
『ジュスタン! ボクずっとおりこうさんだったでしょ!? クッキーもらえるよねっ!?』
「そうだな、すごくおりこうさんだったぞ。ほら、おいで。今はこれしかないけど、また何か作ってやるからな」
ソファに座って
俺の背中をよじ登って肩越しにクッキーを見ると、目を輝かせながら飛んでテーブルへと着地した。
『わぁい! ほかにも美味しいものがいっぱいあるの!?』
「あ、いや、俺が作れるのはそんなにないが、店で買えば色々あるぞ。今度買いに行くか?」
『ううん、ジュスタンが作ったやつがいい!』
お兄ちゃんが作ったやつがいい! 弟達が俺に言っていた言葉。
不意に視界が霞み、瞬きするとポタポタと雫が膝の上に落ちた。
『ジュスタン……?』
「グスッ、いや、なんでもない。そうか、俺が作ったやつがいいのか、仕方ないな」
自分の部屋でよかった、もしこんなところを
前世を思い出したばかりの時に泣いた事はあれ以来触れてこないから、案外そっとしておいてくれるかもしれないが。
ジェスの頭を撫でて視界を
相手はドラゴンだから気にしないかもしれないが、やはりいい歳して泣いているところを見られるのは恥ずかしい。
「俺は今から食事してくるが、ジェスはどうする? 部屋で待っているか?」
『うん、ボクもうこのまま寝るよ、なんだかまだ眠いんだ』
「そうか、ベッドで寝ていていいからな」
『わかったぁ、おやすみなさい』
着替えるのは面倒だし、このまま食堂へ行くか。
今日は護衛任務の騎士達のために、料理人が遅くまで残って食堂で料理を提供してくれる事になっている。
中央の階段を下りて行くと、ちょうど俺の隊の部下達が戻って来た。
「おかえり、ご苦労だったな」
「ただ今戻りました! 団長はいつ戻っていたんですか?」
「十五分ほど前かな、今から食事しようと思って下りて来たところだ」
マリウスの質問に答えていたら、シモンとアルノーがスンスンと俺の身体を嗅いでいた。
「うわっ、何なんだ!」
「いい匂いがする……」
「ずりぃよ! オレ達が寒い中面倒な貴族達に頑張って笑顔で護衛してきたっていうのによ! 団長は夜会で美味いモン食って、女の移り香がするような事してさぁ! オレ達にも! そんな美味しい任務を!」
俺の周りをグルグル回りながら騒ぎ立てるシモン。
こっちの気苦労も知らずに、好き勝手言っているシモンの首を片腕で捕まえた。
張り付けた笑顔でヘッドロックをし、脳天に拳をゆっくり回転させながらグリグリと押し付ける。
「いだだだだだだ!! 挟まれるのも
「移り香は聖女に上着を貸した時に着いたんだろうよ。こっちは次から次へと聖女に挨拶に来る貴族や絡みに来た王太子やら……面倒さはお前達の比じゃないからな? 代わってくれるというのなら、喜んで代わってやりたかったぞ?」
「うわぁ、団長ってこんな爽やかな笑顔しながら拷問できる人だったんだね。それにしても、聖女に上着を貸すような仲だっていうのも驚きなんだけど」
「王命で夜会のエスコートをしていたからな。休憩で庭園に出た時に貸しただけだ、さすがに震えさせておくわけにもいかんだろう」
「団長なら『寒ければ勝手に戻れ』とか言いそうと思ったのオレだけか?」
拳は止まっているものの、俺にヘッドロックされたままのシモンが、一部俺のモノマネをしつつ再び余計な事を言った。
当然再始動する俺の拳。
「痛い痛い痛い!! 皆だって口に出さないだけでそう思ってるって!!」
他の部下達に視線を向けると、全員一斉に目を逸らした。
まぁ、以前の
今回も王命だから最後まで面倒を見たが、でなければ目の前で言葉にして助けを求められない限り放置していたと思う。
「フン、まぁいい。いつもより遅いからさっさと食事を済ませろ、護衛が終わった奴らがドンドン帰って来るだろうからな」
シモンを固定していた腕の力を緩めると、海老のように後方へ飛んで逃げた。
直後に
「やべぇよ、てっぺんハゲてねぇ?」
「あ……っ、シモン……!」
「えっ!? 何!? やっぱりさっきのでハゲてるのかっ!?」
「ううん、ちょっと頭皮が赤くなってるだけー」
「まぎらわしい言い方するんじゃねぇよ!!」
シモンとアルノーのじゃれ合いが聞こえてくるが、ガスパールとマリウスはちゃっかりと俺について来ていた。
恐らく空腹が限界なのだろう。
その後、遅れてやってきた二人の分も食事を準備しておくというアフターフォローを、マリウスはしっかりしていた。
将来的に必要となる
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます