第18話 判定

『旦那様、神官様がいらっしゃいました』



 この時の家令の声が、俺にはどの声優よりもイケボに聞こえた。

 家令が執務室を出て行ってからの空気が!



 俺の事を嫌っているのはわかっているが、ちゃんと仕事をしてきたのだからチクチク言葉はやめてほしい。

 魔物の急増でタレーラン辺境伯領に来た俺達は、今回邪神の欠片を破壊した事により魔物の発生が減るのならば王都に帰る事になる。



 つまりはタレーラン辺境伯の娘がいる王都へ、しかも王太子の婚約者として教育を受けるために生活している王城へ戻るのだ。

 これまで俺が言い寄っていた事を娘であるディアーヌ嬢から聞いていた父親としては、娘の元に害虫が向かうに等しいというわけで……。



 遠回しに言われた事を意訳すると、「あれだけ娘に執着していたお前の言葉なんぞ信用できるか」「いっそのことここで命を落としてくれた方が娘は平和に暮らせるだろう」「一部にお前の事を評価するような事を言っている者もいるが、私は騙されん」等々……。



 もうすぐここを去るからって、言いたい事を(遠回しにだが)たっぷりと吐き出してくれたわけだ。

 必死に(遠回しに)これまでの行動は若気のいたりだった、これからは別人と思ってくれていいと訴えていたが、辺境伯の目を見る限り信用はしてくれてないだろう。



「通せ」



 家令と共に執務室に入って来たのは、何度か見た事のある神官だった。

 高位神官の証であるストラを着けたその神官は、辺境伯の執務机の上に置いておいたハンカチに包まれたままの邪神の欠片を見て顔色を変えて口元を押さえた。



「これは……! 残滓ざんしだけとはいえ、なんと禍々しい……!」



 まるでカビの胞子が放出されているのが見えているような反応をしている。



「という事はこれは本物の邪神の欠片という事だな?」



「邪神の欠片は伝承でしか知りませんが、これがそうだと言われれば納得する邪気ですね。もう何の影響もないようですが、早々に浄化する事をおすすめします」



「うぅむ、浄化か……」



 辺境伯が唸った。そりゃそうだろう、邪気に変質した魔素を浄化するには聖女でもない限り、数人の高位神官が必要になる、つまりはその分浄財じょうざいも必要になるという事だ。

 ただでさえここ数ヶ月魔物のせいで疲弊しているタレーラン辺境伯領の財政では、かなり厳しいだろう。



「辺境伯、これは大切な証拠品です。私が預かり、王城に提出した方がよいかと。神官殿には確認した旨を一筆したためていただいて、それも合わせて提出した場合、もしかすると神官殿は浄化する際に王城に呼び出しがあるやもしれませんが……。そこは最初に判定した者の責任、という事でご足労願います」



「王城に……。ま、まぁそうですね、これまで邪神の欠片をこうして目にする事はほとんどなかったと文献にも書かれていますし、関わった者の責任として受け止めましょう」



 今のを意訳すると、「辺境伯領で浄化しない分、高額の浄財は入らないが、一筆書く事により王家にも王都の中央神殿にも存在をアピールできるぞ」というわけなのだが、やはり中央進出は魅力的なようですんなり受け入れたようだ。



 辺境伯に対しても、高額の浄財を出す事もなく危険な物を俺が持ち去る事で恩が売れる。

 しかも浄化する時は王城に提出しているため、浄財は国の予算から出されるから騎士団の予算には影響しない。



「では応接室に準備させよう。ギレム、案内と紙とペンの準備を頼む。それと神官殿に渡す浄財もな」



「かしこまりました。ではご案内いたします」



 神官は家令に連れられて執務室から出て行った。

 俺は立ち上がり、辺境伯の執務机に鎮座している邪神の欠片を魔法鞄マジックバッグへと回収する。



「ではこの邪神の欠片は私が責任を持って王城へと届けましょう。陛下やご令嬢にお渡しする手紙があるなら、それも預かりますので。そうですね……、安静が必要な部下がいるので一週間ほどで出発します」



「わかった。…………その、助かった」



 辺境伯にしては小さな声だったが、初めてデレた。

 いや、デレたわけじゃないだろうが、お礼なんて初めて言われたよ。

 実際俺達第三騎士団を受け入れるだけでも、食費やら色々かかっていただろうから、高額の浄財分が浮いたのは大きいだろう。



「いえ、この領地を辺境伯に与えたのは王家ですから、浄化するための浄財はくらいは負担してもらわないと割に合わないというものですよ。では失礼します」



「ああ、ご苦労だった」



 執務室を出てドアを閉め、俺は肺の中の空気を全て吐き出した。

 よしっ、これで怪我をした部下達が動けるまで回復したら、王都へ帰還だ!

 それまでに一度マルクとクロエの様子を見に行くか。



 宿舎へと戻ると、本来見回り中のはずの部下達が戻ってきていて大騒ぎになっていた。

 どうやら予定外に森から戻ってきた俺達の姿を見たせいで、何事かと確認のために集まったらしい。

 本来安静にしているはずの奴も何人か玄関のホールまで下りて来ている。



「あっ、ジュスタン団長! スタンピードがなくなったって本当ですかっ!?」



「だーかーらー! もう終わったってさっきオレが言っただろ!? オレが活躍したんだって!」



「カシアスがこんな事言ってますけど!」



 どうやらカシアスが報告したのに信じてもらえてないようだ。

 不憫ふびんな奴め。



「ふはっ、それは本当だ。さっき辺境伯にも報告してきたところだからな。カシアスが活躍したのも本当だぞ」



「笑った……」



「は?」



 誰だ今言ったの、俺だって笑うくらいしてただろ。

 あ、従騎士スクワイアのアメデオがみんなから叩かれてる、あいつが言ったのか。



「そんなに俺の笑顔が珍しいか?」



「いやぁ、笑顔というか、その笑顔がというか……」



 ジトリとした目をアメデオに向けると、引き攣った笑みを浮かべてモゴモゴと言っている。

 その時玄関ホールの吹き抜けの二階から、シモンが顔を出して大きな声で話しかけきた。



「それはさぁ、きっとこの笑顔・・・・じゃないって事だと思うぜ~!」



 シモンは『この笑顔』と言いながら、香辛料の発注をしに行った時の俺の顔真似をしてサッと姿を消した。

 玄関ホールからシモンを見上げていた奴らの数人が、噴き出して笑いをこらえて肩を震わせている。



 俺は両手に拳を作ると、無言で二階への階段を駆け上がった。

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