第4章 マンドラゴラとEランク冒険者

1・マンドラゴラの恩返し

 リトーレス大陸東部、クルーズ地方の名も無き森林の中。

 性悪そうな男2人と1匹の中型犬が、ある作業をしていた。


 中型犬にはロープがくくり付けられており、先には草の根元部分に巻き付けられている。

 犬がロープを引っ張り、草を抜こうとしているわけだ。


「ほら頑張れ! もっと力を籠めろ!」


「踏ん張れ! やっと見つけたお宝なんだからな!!」


 その犬の様子を、性悪そうな男2人は遠く離れた場所で声を張り上げていた。

 そんな2人の背後から体格のいい大男が声をかける。


「……こんな所で何をしているんだ?」


「ああん? 見てわからないのか? マンドラゴラを採ろうとして……うわっ!?」


 振り返った1人が大男を見て、尻餅をついた。


「ん? おい、どうし……ひいっ!!」


 もう1人の男も振り返り、悲鳴をあげる。

 2人に声をかけた大男は胴体と手足は人だが、頭が特殊だった。

 立派な大顎が生えており、頭には2本の触覚、目は複眼……蟻の虫人だ。

 しかも、その蟻の虫人の手には伐採斧が握られている。


「あっ……ああっ……ひいいいいいいいいい!! 助けてくれええええ!!」


 尻餅をついた男が後ずさりをしつつ立ち上がり、その場から走って逃げ出す。


「ちょっ! ちょっと! 待ってくれよ!!」


 もう1人の男も慌てて後を追いかけて走って行った。


「……ふんっ」


 虫人は逃げる男たちの背中を見つつ、右足を引きずり犬の方へと歩いて行った。


『キャンキャン!』


 近づいてくる虫人に対して、犬が必死に逃げようとする。

 しかし、ロープがマンドラゴラにくくりつけてあるせいでそれが出来ない。


「……それ以上暴れるな」


 虫人は持っていた伐採斧を振り、犬にくくり付けられたロープを切る。

 自由になった犬は男達とは別の方向へ走って行った。


「……ったく……野生のマンドラゴラを狙う馬鹿は一向に減らんな……」


 マンドラゴラ。

 赤い釣鐘状の花を咲かせ、根茎が人型になっている不思議な植物。

 人のように動き、引き抜くと悲鳴を上げて、まともに聞いた人間は発狂して死んでしまう。

 その為、耳栓をしたり犬といった動物に引っこ抜かせる。


 マンドラゴラは幻覚や幻聴、死に至る神経毒が含まれるが調合次第では効果の大きい治癒ポーション、解毒薬が作れる為に薬草としても使用されている。

 希少植物の為に王国が無断採取を禁じていたが、近年では栽培方法が発見され数多く出回ってはいる。

 しかし、どういう訳か栽培されたマンドラゴラは元気が無く効果も小さい。

 その為に今だに裏では自生しているマンドラゴラは高値で取引されている。


「……あーあ、花の茎が折れてるし、危なく目の部分まで抜けちゃってるよ……このまま元に戻したところで、またあの馬鹿たちが来そうだし……しょうがねぇな……」


 蟻の虫人は手で地面を掘り、マンドラゴラの抜けかかった部分に土をかぶせて埋め戻した。

 そして、マンドラゴラを中心に周りの土を円状に掘り、土ごとマンドラゴラを持ち上げた。


「……何で、俺がこんな事をしないといけないんだか……」


 虫人はぶつくさ文句を言いつつ、森の中にある自宅の小屋へと歩き始めた。


 彼の名前はサク、元Bランク冒険者でちょっと名の知れた人物だった。

 しかし、10年ほど前に9つの頭を持つ蛇のヒュドラ討伐で仲間を庇い猛毒の息をまともに浴びてしまう。

 意識不明の重体で10日ほど生死の境をさまよったが、幸い意識が戻り命も助かった。

 だが猛毒の後遺症により両手足が麻痺し、特に右足が酷く思うように動かなくなってしまった。

 これにより冒険者を引退を決意。

 元々1人で自然に囲まれている状態を好んでいた彼は、この森に移り住み木こりとして生活を始めた。




 自宅の小屋に着くと、サクは辺りを見わたす。

 そして、小屋から少し離れた日当たりのいい場所へと向かった。


「……この辺りならいいかな?」


 マンドラゴラの入った土の塊を地面に置き、穴を掘り始める。

 ある程度の深さまで掘ると、その穴にマンドラゴラの入った土の塊を入れ、掘った土をかけて埋めた。


「……これで良しっと。ここまで来て抜く奴はないだろう……あとは……」


 サクはパンパンと手を叩きながら家の中へと入り、青いスカーフと紫色の液体の入った小瓶を手に外へ出て来る。


「……流石にこの状態で放ってはおけんよな」


 落ちていた木の枝を拾い、折れている茎の部分にあててスカーフを巻いて固定をする。

 しっかりとスカーフを結んだ後、小瓶の栓を抜いて紫色の液体をマンドラゴラにかけた。


「……ゴアゴ博士特性の治癒ポーション、植物にも効くかどうかわからんが……まぁ毒でもないし何もしないよりはましだろう」


 治癒ポーションをかけ終わったサクは満足そうに家へと入って行った。

 風が吹き、固定された赤い釣鐘状の花がユラユラと揺れる。


 マンドラゴラの傍には、治癒ポーションの中身と一緒に出てきた魔石の欠片がキラリと光った。



 次の日の朝。

 コンコンと家の扉を叩く音がした。


「……誰だ? こんな朝から訪ねて来るなんて」


 朝食の準備をしていたサクは手を止め、扉を開けた。


「……はい、どな……たっ!?」


 扉を開けると、そこには人の型をした土の塊が立っていた。


「……なっ!? モンスター!?」


 サクは即座に入り口の傍に置いてある伐採斧を手に持ち、振り上げた。

 それを見た土の塊が慌てて両手を振る。


「わああああ! 待って下さイ! ウチでス! ウチ! あなたに助けられたものでス!」


「……ウチだあ? 俺は土の塊のモンスターなんて助けた事はねぇよ!」


 サクの怒鳴り声に。


「ホントですっテ! ちょっト! ちょっとだけ待って下さイ!」


 土の塊がそう言うと、両手で自分の体を激しく叩いて土を落とし始めた。


「……んん?」


 戦闘態勢をとりつつその様子を見ていたサクがある事に気付く。

 頭のてっぺんに赤い釣鐘状の花が咲いていた。

 しかも、その茎には木の枝と青いスカーフが巻かれている。


「…………えっ?」


 サクはチラッと土の塊の後ろ、マンドラゴラの埋めた場所を見る。

 そこにはぽっかりと穴が空いていた。


「…………ま、まさか……」


「――えと、これならどうですカ?」


 サクが恐る恐る目線を戻すと、目の前には全身真っ黒な10歳くらいの子供が立っていた。

 人の形をしているが一目でヒトではない事がわかる。

 肩よりも伸びた髪は一見束ねて固めている様に見えるが、一束一束ぐにゃぐにゃと曲がっており更には枝分かれもしている……まさに植物の根その物だ。

 体にも根菜特有の細かいヒゲのような側根が目立ち、両手両足の指は長さも太さもまちまちで、こちらも植物の根っこ。


「…………お前……あのマンドラゴラ……なのか……?」


「はイ! そうでス! どうしてなのわからないですけド、この様に動ける様になったのデ、昨日の助けられた恩を返しに来ましタ!」


 マンドラゴラがにっこりと笑った。


「……はいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 サクのあらゆる感情を乗せた叫び声が森に響き渡るのだった。

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