8・ミシェルの家

 ヒトリ、ツバメ、トーマ、そしてミシェルを乗せた馬車はトーマとミシェルの育った町マルティスへと向かっていた。

 医者はというと、もう自分に出来る事が無いのと病院をこれ以上留守に出来ない為にルノシラ王国へ歩いて帰って行った。


「……」


「……」


「……」


 道中の3人は無言で、馬の蹄の音と馬車の車輪の回る音だけがなっている。


「……ん?」


 トーマが突然、卵が入れているお腹を触りだした。


「どうかしたの?」


 トーマの行動にツバメが問いかける。


「……今、卵が動いた気が…………っ! やっぱり動いてる!」


「えっ嘘ッ! ヒトリ! ちょっとストップ!」


「え? あっ! う、うん!」


 ツバメの言葉にヒトリは慌てて手綱を引き、馬車を止めた。

 トーマは服の裾を上げ卵を取り出す。

 すると卵はヒビが入っており、ユラユラと揺れていた。

 そしてヒビはどんどんと大きくなり、卵の殻がバリバリと割れ……。


『――ピィ~!!』


 勢いよく卵の中からレッドワイバーンの赤ちゃんが飛び出して来た。


「わっ!」

「生まれた~! うわ~かわいい~!」

「あわわ……」


 トーマは驚き、ツバメは魅了され、ヒトリは何故かあたふたしていた。


『…………ピィ~ピィ~』


 レッドワイバーンの赤ちゃんはしばらくトーマを凝視したのち、鳴きながらトーマの顔をペロペロと舐め始める。


「なっちょっ! 急に何をっ」


「刷り込みで、トーマくんを親と認識したみたいですね。え~と……レッドワイバーンは雑食だけど何か食べられる物はあったかな?」


 ツバメが馬車に積んであった袋の中を漁り出す。


「あっ……保存食の干し肉なら……あるけど……」


「じゃあ、それを水で柔らかくするからちょうだい」


「う、うん」


 ツバメが水筒を持って御者台へと移動する。


「……俺が……親……?」


 トーマがレッドワイバーンの赤ちゃんを茫然と見ながらつぶやく。

 その様子を見たツバメが心配そうに声をかけた。


「育てられそうにないですか? それなら、モンスターを飼育している人を紹介しますけど……」


 ツバメの提案にトーマは少し考え、答えを出す。


「……いえ、俺が育てます」


「そう、わかりました」


 ツバメは水で柔らかくした干し肉をトーマに渡した。

 受け取ったトーマは干し肉を一口サイズにちぎり、レッドワイバーンの赤ちゃんの口へと持って行く。

 レッドワイバーンの赤ちゃんは嬉しそうに噛みつき食べ始める。


「おいおい、俺の手は食うなよ……あっそうだ……名前…………ヒトリさん、お願いがあるんですけどいいですか?」


「あっ……え? ボ、ボクにお願いですか?」


 急に指名されヒトリがあたふたとする。


「はい、この子の名付け親になってもらえませんか?」


「…………ええっ!? ボッボボボクが名付け親!? おわっ!」


「ちょっ!」


 ヒトリは驚きのあまり御者台から落ちかけ、ツバメが慌ててヒトリの腕を掴み引き戻した。


「危ないわね」


「あ、ありがとう……あっあの……どうしてボクなんですか?」


「この子もヒトリさんに助けられた1匹ですから。それにミシェルも同じ事を言うと思います、ですからお願いします」


 頭を下げるトーマ。


『ピィ~』


 それを見たレッドワイバーンの赤ちゃんも真似をして頭を下げた。


「……あっ……わ、わかりましたから頭を上げて下さい……名前か~……ん~……」


 腕を組み、悩むヒトリ。

 そして、ちらっとミシェルの方を見て思いつく。


「……シェリー……あっあの、シェリーはどうでしょう……?」


「シェリー……いい名前です! 今日からよろしくな、シェリー!」


 トーマは両手でシェリーのお腹をもち、身体を持ち上げた。


『ピィ~!』


 シェリーが楽しそうに鳴く。


「……あのさ、盛り上がっている所悪いんだけど……シェリーって女の子の名前でしょ? その子ってどっちなの?」


「「あっ」」


 ツバメの言葉に一瞬、場の空気が固まる。

 急いで確認した結果、メスであり無事に名前が決まった。



 日がくれた頃にマルティスへ到着する。

 トーマはシェリーを自分の肩に乗せ、ミシェルを抱きかかえて馬車から降りた。


「本当に色々とありがとうございました」


 御者台に乗っているヒトリとツバメにトーマは頭を下げた。


「いいえ、気にしないでください。それでは」


「あっ……お、お元気で」


 ヒトリは馬車を走らせ、来た道を戻って行く。


「……さて、帰ろうか。ミシェルの家へ」


 馬車の姿が消えるまで見送っていたトーマが振り返り歩き始めた。




 ミシェルの家の前まで着き、明かりがついているのを見てトーマは躊躇する。

 両親がミシェルの姿を見て、どういう反応をするのかわからない……それが怖かったからだ。

 罵声や怒声を浴びせられるかもしれないが、それでもミシェルを送り届けなければいけない。

 覚悟を決めたトーマは扉をノックした。


『はい、どなたですか?』


 家の中から男性の声が聞こえた。

 ミシェルの父親ケニオンだ。


「……おじさん、トーマです」


『っ! ………………今開けるよ』


 少し間が経ち、扉が開いた。

 そこにはケニオンと横には母親のラリサが立っていた。


「あの……」


「お帰り、トーマ君……ミシェル」


「お帰りなさい、2人共……」


 両親は優しい微笑みを浮かべ、お帰りの言葉をかける。


「え……」


 予想外の出来事にトーマが困惑する。


「さっ中に入って」


 両親は扉から退き、トーマを招いた。


「えっ……あっ……はい」


 トーマがミシェルの家の中へ入り、両親と一緒にミシェルの部屋までミシェルを運んだ。

 そしてベッドの上にミシェルを下ろした。


「ここまで、この娘を運んでくれてありがとうね」


 ラリサがベッドの脇に座り、ミシェルの頭を愛おしそうに撫でた。


「私達が動揺していないのを不思議に思うかい?」


「え? あ…………はい」


 ケニオンの問いかけに、トーマは素直に答える。


「ミシェルの命はあと半年。君たちが旅立つ少し前、そう医者から宣告を受けたんだ。私達は悲しみに暮れた……だが、あの子は悲しむ素振りを見せずこう言ったんだ……」


『パパ、ママ……ごめんなさい。あと半年の命、あたしの自由に使わせてくれないかな?』


「……とね。最初は拒んだが、ミシェルは強情な子だろ? 喧嘩をしつつ3人で話し合い、結局根負けした私達はミシェルの想いを優先する事を決めたんだ」


「その後、ミシェルはノートに色々書き始めたわ……1晩中かけてね。そして、あなたと旅に出た……だから、旅から帰って来た時……その時は……」


「……」


 もうすでに2人は覚悟を決めていたのだ。

 知らなかったとはいえ、家の前で躊躇してしまった事を恥ずかしいとトーマは感じた。


「ミシェルのノートを見せてくれるかい?」


「……はい」


 トーマがミシェルのカバンからノートを取り出し、ケニオンに手渡した。


「ありがとう」


 ケニオンはラリサの横へ座り、ノートを開いた。


「……ほぉー……色々と見て回ったんだな。わが子ながらすごい事だな」


「そうね……あ、このレッドワイバーンの卵ってもしかして……」


 ラリサがトーマの肩でジッとしていたシェリーを見た。


「はい、ミシェルが卵を持ち帰ってしまって……その後ずっと温めて……今日、孵りました」


「あらあら、そうなの。じゃあ今日はその子のお誕生日ね」


 ミシェルの命日であり、シェリーの誕生日。

 トーマは複雑な気分だった。


「……トーマ君、ノートの中を見た事は?」


「無いです。絶対に見せてくれませんでした」


「……そうか」


 ケニオンがラリサを見る。

 それを見たラリサは頷いた。

 すると、ケニオンはノートの数ページを破った。


「え? あの、何を……」


 そして立ち上がり、ノートをトーマに渡した。


「ノートは君が持っていてくれ。ただこのページは私達、家族にあてた物だから貰っておく」


 ケニオンは破ったページを丁寧に大事に折りたたむ。


「え?」


「そのノートはミシェルが君に宛てた物だ……だから、受け取ってくれ」


「………………わかりました」


 トーマはノートを自分の荷物の中へとしまい込む。


「さて……すまないが、後は家族だけにしてもらっていいかな?」


「はい、お邪魔しました」


 トーマはミシェルの部屋から出た。

 すると、部屋の中からラリサのすすり泣く声が聞こえてきた。

 これ以上自分はここに居てはいけないと思ったトーマは、駆け足でミシェルの家から出て行くのだった。

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