6・少女の病

 メレディスがヒトリを、トーマがミシェルを背負い、バァルは5人の【影】を引き摺って冒険者ギルドに戻って来た。

 冒険者ギルド内に入ると、ヒトリとミシェルの姿を見たツバメが大慌で駆け寄って来る。


「どっどうしたんですか!? 何かあっ……って、バァルさん! その黒い人達ってっまさか【影】!?」


「その通りだが……まず、この2人を寝かせられる部屋は無いか? それと医者も呼んでくれ。何があったのは落ち着てから話す」


「そっそうですね! 部屋はこっちです!」


 ツバメはすぐさま2階にある空き部屋に案内し、走って医者を呼びに行った。



 その日の夕方。

 ヒトリを診ていたツバメがミシェルの寝ている部屋に入ってくる。

 部屋の中にはトーマとバァル、そして初老の男の姿があった。

 ツバメが急いで呼んで来た医者だ。

 医者はベッドの上で苦しそうな表情をしているミシェルの身体に聴診器をあて検診をしている。

 部屋に入って来たツバメに気付いたトーマは、心配そうな顔をして訪ねた。


「あ、ツバメさん。ヒトリさんはどうですか?」


「今はすやすやと寝てる。見た目はボロボロだったけど、大した怪我はしてないから問題ないわ」


「そうですか……良かったです」


 ツバメの言葉にトーマは胸を撫でおろす。


「大した怪我は無しか……メレディスの言っていた事は嘘ではないようだな。普通のEランクでは到底3人を相手にする事なんて出来ん……なあツバメ、あの者は……」


「あれ? メレディスさんの姿が無いようですが?」


 バァルの言葉を遮る様に、ツバメは大げさにメレディスを探す素振りを見せた。

 その様子にバァルは小さくため息をつく。


「……メレディスは報告も兼ねて、【影】達を連れて城に帰らせた。俺は森であった事を話す為に残っているが、これについてはギルド長とも話がしたい。出来るか?」


「この後すぐに確認します。それで、ミシェルちゃんの方はどうなんですか?」


「…………良くないな」


 聴診器を耳から外し、医者が振り返る。

 その顔は険しく、ミシェルの容態がかなりひどい事が3人もすぐに分かった。


「先生……ミシェルの身に一体何が起こったんですか?」


 トーマが震える声で、恐る恐る医者に聞く。


「血液の色が黒に近く、脈が相当速い……体も相当弱っている所を見るに、これは血毒変化症ちどくへんかしょうだな」


血毒変化症ちどくへんかしょう……?」


「文字通り、体内に流れる血液が徐々に有害な毒に変化していき体を蝕む奇病だ」


「そ、それは治るものなんですか?」


 トーマの質問に医者は首を横に振る。


「今現在、この奇病を治せる薬も医者もいない。どうして血が毒に変わってしまうのか、全く原因がわからんのだ」


「そんな……」


 医者の言葉にトーマは肩を落とした。


「末期症状が出て来ているから、1ヶ月ほど前くらいから辛かったはずだ」


「え? 1ヶ月前って……昨日今日は元気でしたけど」


「ふむ……恐らくになるが、この娘は三つ目人だ。体内の魔力をコントロールして痛みを和らげていたり、無理やり体を動かしていたのだろう。だが【影】との戦いで一気に魔力を消費し、それらの制御が出来なくなったと考えられるな」


「「「……」」」


 医者の言葉に3人はただただ黙って、ミシェルの苦しそうな顔を見ていた。


「こうなってしまうと、もって1週間……早ければ2~3日といったところだ」


「なっ! ……2~3日だって!?」


 医者は立ち上がり、持って来たカバンの中を探る。

 そして、黄色い液体が入った小瓶を5本取り出した。


「気休め程度にしかならんが、これは痛み止めの薬だ。苦しみ出したら一口飲ませるといい……これ以上は力になれず、すまないな」


 医者は薬の入った小瓶を机の上に置き、部屋から出ていった。

 トーマは悔しそうな顔でミシェルの顔を見続けている。


「……」

「……」


 ツバメとバァルはお互いの顔を見合いトーマに声をかけず、黙って部屋から出ていった。



 ヒトリとミシェルが冒険者ギルドに運び込まれてから2日経った。

 ようやく眠りから覚めたヒトリは、ミシェルが寝ている部屋を訪ねた。

 ノックをするとトーマの返事があり、ヒトリは部屋の中へと入る。


「あ、ヒトリさんでしたか。やっと起きたんですね」


 振り返ったトーマの顔は疲れからなのか、生気のない顔をしていた。


「あっ……す、すみません! 激しく動いた後、どうしても眠たくなっちゃうんです! ……って、あの……そのお腹はどうしたんですか?」


 トーマのお腹がぽっこりと膨らんでいる事に気が付いた。


「ああ、卵ですよ。ミシェルの奴、こんな時でも卵の心配をするので仕方なく俺が温める羽目になったんです。笑えるでしょ?」


 トーマが苦笑しながら卵を擦った。


「あっ……な、なるほど、それで…………えと、ミシェルさんの容体はどうですか?」


 ヒトリの言葉にトーマは頭を横に振った。


「今は薬で落ちついていますが、それも一時的です。医者の言う通り、ミシェルは悪化する一方で……もしかしたら今日にでも……」


 トーマがそれ以上言葉が出ず、口を固く結んだ。


「あっ……すみません、ボクが【影】全員を相手にしていればこんな事には……!」


 ヒトリは頭を下げた。


「いえ、謝る必要なんてないです。ミシェルの体はすでにもう病におかされていましたし、むしろ俺は感謝してます。あの時ヒトリさんが3人を止めていなければ、俺達は騎士が来る前に【影】に殺されていたと思います。あ、そうだ! お礼を渡さないといけませんね」


 トーマは立ち上がり、机の上に置いてあった荷物を漁り始めた。


「え? お礼? いやっそんな! う、受け取れないですぅ! 護衛の依頼じゃありませんし!」


 ヒトリは頭と両手を左右に振った。


「そう言わず受け取ってください。えーと、財布は……おっと」


 動かしていた手がミシェルのカバンに当たり、床へ落ちる。

 その衝撃でカバンの中からノートが出てしまい床に散らばってしまった。

 ヒトリは慌ててカバンとノートを拾い上げた。


「……あっ……こ、これって……」


 ヒトリは拾ったノートの中身を見て息を呑む。


「それがミシェルのやりたい事を書いたノートです。俺には中身を絶対に見せてくれなかったので、何が書いてあるのか全くしらないんですけどね」


「――うっ! あぐっ!」


 ミシェルが苦しみ出し、トーマは慌てて薬を手に持ち駆け寄った。

 その様子を見ていたヒトリはゆっくりとノートを閉じ、真剣な顔になる。


「……ちょっと待っていてくださいね!」


「え?」


 ヒトリが部屋から飛び出して行った。

 突然の事にトーマは目を白黒させる。


「……どうしたんだろう?」


 部屋に残されたトーマは首を傾げるのだった。




 ヒトリが部屋から飛び出してから1時間と少し。

 ヒトリとツバメ、そしてミシェルを診てくれた医者が部屋に入って来た。

 そして、いきなりミシェルの身体を2枚の毛布で包みだした。


「ちょっ!? 何をしているんですか!」


 トーマが3人に向かって怒鳴った。

 すると、ツバメが依頼書を取り出してトーマに見せる。


「冒険者ギルドからの依頼、【2人に虹花を必ず見せる】をヒトリが受けました! なので、今からレンイ森へと向かいます!」


「……へ? え? ええっ!?」


 訳がわからずうろたえるトーマ。

 そんなトーマを後目に、ヒトリ達は毛布に包んだミシェルを部屋の外に連れ出していった。


「…………っ! 待ってくれ! どういう事なのかちゃんと説明をしてくれ!!」


 我に返ったトーマは、大急ぎで3人の後を追いかけた。

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