6・逃走

 地面に倒れたホブゴブリンはピクリとも動かない。

 確認するまでも無く、事切れている事がわかる。


『ギギイイイイイ!!』


『ギャギャギャギャアア!』


 ヒトリとホブゴブリンの戦闘を見ていた他のゴブリン達が一斉に逃げ出す。

 この巣の中で一番強いホブゴブリンが倒されてしまい、到底太刀打ちできないと判断した為だ。


「……メレディスさん、2人をお願いします」


 そう言うと、ヒトリは治癒ポーションを道具袋から取り出す。

 そしてメレディスの傍まで転がし、駆け出していった。


「えっ? あっ……いっちゃった」


 メレディスが治癒ポーションを拾い上げると、遠くの方でゴブリン達の叫び声が聞こえる。


「……逃がさないって事ね。案外、アタシより怒ってたりするのかも」


 残党が礼拝堂に入って来ても大丈夫なように剣を抜きつつ治癒ポーションを飲み、守りやすいように女性2人を石像の下へと固めた。


「……」


 倒れているホブゴブリンを見て、これまでの戦闘を思い出す。

 入り口での音無き奇襲、壁を走り場を乱す、ホブゴブリンを小型ナイフ1本で倒してしまう。

 ヒューマンには到底できない事をヒトリはやっていた。

 この事を他の人に話しても信じてもらえないだろう。

 それほどまでにヒトリの身体能力が異常だ。


「ほんと……何でEランクなのかしら……」


 メレディスは首を傾げるしかなかった。



 数分後には遺跡内は静かになり、仮面を外したヒトリが礼拝堂に戻って来た。


「ゴブリンはどうなりました?」


「あっ……い、行けるところは全て回ったので……多分、全部倒したと思います。隠し通路が無ければ……の話ですけどぉ」


「……そうですか」


 洞窟とは違いここは古い遺跡。

 人工物である以上、隠し通路があっても不思議ではない。

 今から隠し通路を探し出すとすれば時間がかかるだろう。

 そうなると、もしそれで逃げたゴブリンがいたとしても探し出すのは到底無理だ。


「……こればかりは仕方ないか……他に生存者はいましたか?」


 追う事を諦めたメレディスは撤収をする事に決めた。


「あっ……後3人発見したのですが……その……」


 言い淀むヒトリで全て察しがつく。

 メレディスは奥歯をかみしめた。


「……っ!」


 もっと自分達が早く来ていれば、その3人も助かっていたかもしれない。

 そう思うと悔やんでも悔やみきれない思いだった。


「…………彼女達を外へ……その後、3人のいた場所を教えてください……その人達もここから出してあげないと」


「あっ……はい、そうですね。わかりました」


 ヒトリとメレディスは、それぞれ女性を背負い出口へと向かった。 




「ヒトリさん、事が終わったら打ち上げしましょうか」


 遺跡の外に出たメレディスは、遺跡内部の図面を描いているヒトリに声をかけた。


「…………ふええっ!? う、打ち上げって……2人でしょっ食事をって事ですか!?」


 メレディスの誘いにヒトリは動揺し、図面の線が大きく波打った。


「はい。せっかくの縁ですし、親睦も深めましょう」


「……し……親睦……を? あ~……え~と……」


「近くの街にある酒場でいいですかね?」


「……あの~……その~……」


「あ、この辺りは一角猪が獲れ……」


「…………こっこれ! 遺跡の中を描いた奴です!」


 ヒトリは話を遮るかのように、遺跡内部の図面をメレディスへ押し付けた。


「あっはい、ありがとうございます」


「あっ! あとみなさんを運ぶのにの荷車が必要ですよねそれにボク達だけだと手が足りませんから今すぐ近くの村まで行って荷車と人手をお願いしてきますのでここで待っていてください!!」


 ヒトリは早口でしゃべった後、あっという間に走って行ってしまった。


「……? 何だったんだ……?」


 約2時間後、近くの村から荷車と5人の若者たちがやって来た。

 だがそこにヒトリの姿は無く、メレディスはヒトリから預かった手紙を渡された。

 そこには一言こう書いてあった。


【持病のしゃくが出てしまったので先に帰ります】


 と……。



 深夜のルノシラ王国の城下町。

 町が暗闇に染まる中、本日終了の看板が掛けられてた冒険者ギルドの窓からは明かりが漏れていた。

 ギルドの中にはツバメが1人残って事務作業をしていた。


「え~と……この依頼の合計金額は…………ん?」


 入り口の扉の開く音がして、ツバメは顔をあげた。

 そこにはヒトリの姿があった。


「あ、おかえり」


 ツバメは驚きもせず、勝手に入って来た事を怒りもしない。

 笑顔で受付のカウンターにある自分の席に座った。


「……た、ただいまぁ」


 ヒトリは目を擦り、眠そうな声を出しながらヨタヨタとツバメの所へ歩いて行く。


「……これ、報告書……」


 ゴブリンの巣で起きた事を書いた紙をカウンターの上に置く。

 ツバメはその報告書を手に取り、軽く目を通した。


「古い遺跡が巣になっていて、ゴブリン24匹、ホブゴブリン1匹、捕まっていた人は5名で内生存2名か……うん、わかった。おつかれさま」


「……う、うん……あと……これ、何かわかる……?」


 ヒトリは道具袋から手のひらより少し大きいサイズの悪魔を象った石像を取り出し、ツバメに手渡した。


「ん? なにこの悪趣味な石像は?」


 ツバメが石像を回し見る。


「ゴ、ゴブリンの巣の中で見つけたの……古い遺跡なのに、その石像は新しい感じがしておかしいなぁと思って……」


「……なるほど、確かに最近作られた感じね。わかった、調べる為に預かっておくわ」


「うっうん、お願い……ふあ~……」


 ヒトリは大きなあくびをした。


「さっきから、かなり眠そうね。そんなに動き回ったの?」


「……ちょっと……色々と……それじゃあ、宿屋に戻って……寝るねぇ」


「おやすみ。あっ道で寝るんじゃないわよ」


「ふあ~い……」


 アクビともとれる返事をして、ヒトリはギルドから出ていった。



「ツバメさん!」


 次の日の昼頃。

 冒険者ギルドの扉を乱暴に開け、叫びながらメレディスがドカドカとツバメの元へ歩いて来た。


「あ、おつかれさまです。丁度、依頼の詳細をまとめ終――」


「ヒトリさん、来てますか!?」


 メレディスはカウンターを両手でバンッと叩いた。


「えと、まだ来てないです……というか、まだ宿屋で寝ていると思います」


「はあ!? 寝てっ!? もうお昼ですよ! ああ! もう!」


 メレディスの様子に、大方の見当がついたツバメは頬を指で書いた。


「あ~……逃げちゃいましたか?」


「そうなんです! 後始末を全部アタシに押し付けて、手紙には帰ると一言だけ! 2人で一緒に食事を食べようって話したのに……」


「ああ……逃げたのは間違いなく、その食事だな……」


「何か言いました?」


「いえ! 何も! えと、すみません。後でよおく叱っておきますから、今回は許してあげてください」


 ツバメは頭を下げた。


「ツバメさんが謝る事じゃないですよ! ……わかりました……今回は大目に見ます。それより……」


 メレディスは辺りを少し見わたしたのち、ツバメに顔を近づけた。


「彼女は一体何者なんですか?」


「さぁ~? 私もよく知りませんので」


「あんなに親しそうなのにしているのにですか?」


「冒険者の暗黙のルールに、あまり詮索しないというのもありますから。でも、私の言う通り実力はありましたでしょ?」


 ツバメが依頼の詳細をまとめた紙を、メレディスの顔の前に出した。

 この話はこれでおしまい、そう言っている様な行動だ。


「…………ですから何者かって話になるんですよ……はあ~……もういいです、気にはなりますけど……」


 メレディスは紙を受けとってから目を通して、丸めて道具袋の中へしまい込んだ。


「ありがとうございます。では、アタシは城に戻って報告してきますね」


「はい、またヒトリの事お願い致します」


 ツバメは笑顔で小さく右手を振った。


「最後まで居てくれるのなら……それでは」


 メレディスは苦笑いをしてギルドから出ていった。

 そして外に出ると両手を挙げて伸びした。


「んん~~……よ~し、アタシも壁走りが出来るぐらい訓練を頑張るぞお!」


 メレディスは城に向かって駆け出した。




 ―了―

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