第44話 初夜やで?

 夕食の間中、レオーナはテンション高くべらべらとしゃべり続けていて、サンドラを迎えに来た事はすでに忘れてしまっているようだった。

 侯爵は愛想良く相づちを打っていたがレオーナとの再開は実に二十年ぶりらしかった。

 長く騎士団にいて親戚同士や貴族連中とのつきあいもしてなかった侯爵には特に話題もないようだった。レオーナが一体誰の何の話をしているのかも見当もつかず、ノイルに話題を振るが、レオーナはノイルを無視して侯爵に食いついていた。ノイルはノイルでやたらと怯えた様子だったのは、レオーナとの結婚話をここでされたら困るからだと推測する。

 当主になった侯爵にレオーナと結婚しろと言われれば否とは言えないし、ベルモント家の次期当主となればいい話だから皆が賛成するだろうし。


 食事が終わりレオーナ様はまだしゃべりたそうだったが、

「ガイラス様、お疲れでしょう。今日は早くおやすみになってくださいな」

 と私が言うとうなずいた。

「そうさせてもらおう、客よりも先で申し訳ないがこれで」

 と侯爵が言い、レオーナは、

「そうね、そうした方がいいわ。お疲れですものね。私の事は気にしないで、当分の間、こちらに逗留しましすから、またゆっくりお話しできますわ」

 と言った。

 マジかよ、って思ったらノイルもサンドラもそんな顔をしていた。

 さらに、「部屋までお送りしますわ」と言い、侯爵の方へ近寄ろうとした。

「レオーナ様、どうぞ、あちらにワインでもお持ちしますから。ノイル様、お相手をしてさしあげては? あなたのお客様ですよね? じゃ、お願いします! ガイラス様、行きましょう」


 侯爵の背中を押して食堂から出ると、長い回廊を歩きながら、

「レオーナは何をしに来たんだ?」

 と侯爵が言った。

「サンドラ様をお迎えに来たみたいですけど」

「サンドラを? 何故?」

「躾け直すとおっしゃってましたけど」

「躾け? まだそんな事を言ってるのか、あの年で」

「とおっしゃると?」

「レオーナとは二十年ぶりくらいで子供の頃の彼女しか知らないが、昔もそう言って妹達をいじめていた。ベルモント家の長女として、というのが口癖だったがあれは完全にいじめだった。特にサンドラの扱いが酷くて、それでうちに引き取ったようだ」

「そうですか。サンドラ様も帰りたくないみたいですし。私からはレオーナ様にはすでにそう申し上げておりますけれど、もしガイラス様にお話しがあればお断りしていただければ」

「分かった。そうしよう。せっかく馬を急がせて帰ってきたのに、レオーナに会うとは思わなかった。しばらく逗留すると言っていたな」

 侯爵が大きなため息をついたので、

「馬を急がせてお戻りになったと言うことは、またすぐにお出かけですか?」 

 と聞き返すと、

「まさか、君に会いたい一心で急いだまでだよ。このままベッドへ連れて行ってもいいだろうか?」

 と私の耳元で侯爵が言った。

「で、でもまだレオーナ様が居間に」

「放っておけばいいさ。ベルモント家の長女としての蘊蓄を聞くのはもう十分だ」

「……」

「それで?」

「え?」

「君をベッドに連れて行けない理由が他に?」

「あ、ありません」

「それは良かった。休暇になったら君を三日はベッドから出さないと決めていたんだ」


 侯爵の低いバリトンボイスで腰が砕けそうになる。

 甘い声で囁かれてたり、優しくお姫様扱いしてもらったことなんぞない人生ですから。

 前世では夫の浮気や姑のいびりに耐える普通の主婦でしたから。

 そう言えば、今、リリアンは十八歳って設定だった。

「リリアンは十八歳十八歳、奥様は十八歳……奥様は魔女……」

 なんのこっちゃ。

 もうテンパってます。

 気をきかしたのか、おっさん達の姿は見えないが、かすかに、

「あかんて、初夜やで? 兄様、あかん、あっちいってて。女の子はデリケードやねんで。あかん、あかん、今夜は二人っきりにしといたげて」

 というカリンおばちゃんの声が聞こえてきた。

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