第39話 私の勝ち
ドアがノックされて、珍しくサンドラが訪ねてきた。
サラは笑顔で彼女を迎え入れた。
「どうぞ、お座りになってください」
サンドラは部屋の入り口に立ち、もじもじしていた。
「どうしたの? 何のご用かしら?」
「リリアン様、どうかクラリスとトムをお許しくださいませんか。私がお願いできる立場でないことは重々承知しております」
「あ、そういえば地下牢に放り込んだままだったわね」
「お願いします」
サンドラは私に頭を下げた。
いくら嫁いで来たとはいえ、元伯爵家の娘に公爵家所縁の者が頭を下げるのは外聞が悪いはずだけど。
「ええ、まあそろそろ牢屋からは出そうと思ってましたの」
ぱっと顔をあげ、うれしそうな表情をするサンドラ。
「いつまでもただ飯を食わしとくのも経費の無駄ですしね。その分、教会にもっていけば、二人の子供が満腹になれますし」
というと、顔をこわばらせた。
「リリアン様……」
「クラリスとトムはここを解雇しますわ。出て行ってもらいます」
「リリアン様! そんな! どうぞお慈悲を!」
「あの子達も、私の元では働きたくないでしょうから」
「お願いします! 私の元できちんと……」
「出来なかったから、こんな事態になったのでしょう?」
「……申し訳……」
「謝らないでったら。あの二人を追い出す先は私が決めます。領内を勝手にふらふらして、あちこちで私の悪口でも言いふらされたらたまらないわ」
サンドラは酷く悲しそうな顔をした。
「じゃ、今日あたり釈放してやってもいいわ。あなた、地下牢まで行って出してやればいいわ。私は先に教会に行ってますから、二人と一緒に来て頂戴。いいわね? 逃がしたりしたら、あなたはご実家に帰ってもらいますわよ?」
何故だか知らないが、サンドラは五歳の頃からここで暮らしていて、実家であるベルモント侯爵家へ帰るのを嫌がっていた。
「は、はい……」
サンドラは真っ青になって、震えながらうなずいた。
一足先に教会へ行き、神父様と話をしていると、使い古された方の朽ちかけ寸前の馬車で三人がやって来た。
サンドラは悲しそうな顔で、クラリスとトムは憔悴していた。
まあ一ヶ月近く地下牢暮らしだもんね。
でもメイドや執事の中には彼女らに同情する者もいたようで、こっそりおやつや毛布なんかを差し入れしていたのを知っているんだぞ。
「おお、クラリスにトム、久しぶりですえね。どうしてましたか? さあ、中を見て下さい!」
二人は立派に改善された新しい教会を見上げて目をぱちくりさせていた。
中に入ると綺麗に修繕された床や天井、窓を見て二人の青白い顔に笑みが出た。
トムはおずおずと私に会釈をしてから神父様に、
「神父様、これは……」
と言った。
「リリアン様のお口添えで侯爵様が修繕工事をしてくださったのですよ。雨漏りもすきま風も全て修理してくださったのです! 子供達の部屋もちゃんと仕切って作ってくださって、寝床や毛布もたくさんご寄付していただきました!」
神父様がそう言うとさすがにクラリスも私を見て、戸惑ったように俯いた。
「信者の皆様の長椅子も、説教台も新品のようにしていただいたんです!」
「あなた達、久しぶりなんでしょう。あちこち見て来たらいいわ。内覧が終わったら、子供達を全員連れてここへ来てちょうだい」
と私が言うと二人はうなずいて嬉しそうに天井を見上げたり、きょろきょろしながら奥の部屋へ入って行った。
「サンドラ様」
「は、はい!」
サンドラはビクッとしたように私を見た。
かなりびくついているみたいだ。あたしゃ、悪人か。
「あなたもここで働いてもらいますから」
「私がですか?」
「ええ、ここで学校をするのです。子供達に読み書きや国の歴史、近在の他国の文化、魔法、それに刺繍、歌、なんかを教えに通ってください。あなた侯爵家の出ですから裁縫や料理は出来ませんよね? 私みたいな貧乏伯爵家では裁縫から料理から結構なんでもやらされるんですけど、あなたみたいな方は本を読んだり、刺繍したりするだけでしょ?」
「すみません……」
「いや、別に嫌味じゃなくて、本当なら高貴なお嬢様ですもんね。それでここの子供達に字を教えたり、本を読んだりするのは嫌ですか? まあ拒否権はないんですけどね」
「いいえ、いいえ、リリアン様! ぜひ、私にお言いつけ下さい! 私。精一杯やらせて頂きますますわ!」
それは無理をして承諾しているのではなく、本当に嬉しそうに顔がぱあっと赤くなった。
「それは良かったわ。それであの二人もここで働いてもらいます」
「え! リリアン様!」
「あなたは通いですけど、あの二人はここで暮らしてもらいます。侯爵家は解雇ですから。ここであなたと一緒に子供達の面倒を見るの。神父様のお手伝いにみんなの体調管理、トムはここでコックをすればいいわ。きちんと栄養のある美味しい物をみんなに食べさせるの。いいわね?」
「はい、はい! ありがとうございます!」
サンドラの目から涙が溢れ側にいた神父様もうんうんと嬉しそうにうなずいた。
ごとっと音がして、新しい木のドアが開き、トム、クラリス、そして十五人ほどの子供達がぞろぞろと入ってきた。
「トム、クラリス、貴方達は今日で侯爵家を解雇します」
と言うと、また二人の目が大きく開き、唇を噛みしめた。
「あの、サンドラ様は……」
「サンドラ様の処罰ももう決定したわ。サンドラ様にはそれに納得していただきましたし。あなた達にも文句は言わせません。文句を言うならあなた達の大好きなサンドラ様の罰がもっと大きい物になるでしょうね」
クラリスとトムは震えながら項垂れた。
「いいわね? よく聞きなさい。明日からサンドラ様がここで子供達に読み書きや刺繍を教えます。クラリス、あなたはそれを手伝いなさい。トムは奥にある新しいキッチンを見た? あそこがあなたの仕事場。皆に美味しい食事を提供しなさい。教会の裏の空き地は掘り起こして畑にしてありますから、そこで農作物を育てなさい。子供達もみんなで手伝うのよ。そして月に一度は庭でバザーをしなさい。街の人達を招待して、トムの美味しいスープや焼き菓子、子供達が刺繍したハンカチや編み物、すぐには無理かもだけど農作物を売ってそれを資金にして必要な物を買いなさい。侯爵家はこれからも寄付、援助はします。でも、子供達が手に職をつけて自立出来る道を探してやりなさい。神父様のお手伝いも忘れずにみんなでやりなさい。いいわね?」
そう言うと子供達は「はーい」と口々に言い、トムとクラリスの頬に涙が流れた。
「私は先に帰ります。サンドラ様、あとの事はあなたが考えて、神父様や皆と相談しながらここを運営しなさい。毎月、侯爵家からどれだけの援助が必要なのか、書面にしてオラルドに提出しなさい。困ってるのは教会だけじゃないわ。領主として、ここだけに関わってるわけにはいかないの。お分かり?」
「はい、リリアン様」
「教会は学校にするけれど、もしもっと子供が増えれば孤児院を建てることも考えています。それらも踏まえてあなたのそのおつむでたくさんの事を考えなさい。教会は神父様の領域ですが、学校と孤児達についてはあなたを責任者としますからね? 困った事や相談したい事があればいつでも私が相談に乗ります。いいですか?」
「リリアン様……はい、ありがとうございます」
サンドラの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、ぶっちゃけ美しくもなかったが、頬が紅潮して少しは幸せそうにも見えた。
「じゃ」
と言って教会を出ようとした私にクラリスが、
「あの!」
と声をかけてきた。
「何? 今更、あなたから謝罪や感謝の言葉は要りません。あなたを鞭で打ったり、着の身着のままで追い出しても良かったけれどそうしなかったのはこれからあなたは一生、心の中で私に手を合わせながら生きていくでしょう? その方が気持ちがいいからよ。喧嘩を売った相手が悪かったわね? ほっほっほ」
と言い捨てて「決まったじゃん!」と思いながら教会を出た。
けど、すぐ扉が開いて、
「「ありがとうございました!」」
と言う二人の涙声が背中に聞こえてきた。
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