第20話 聖魔法と雪の精霊のようなもん

 子ドラゴンは白く雪が積もった山脈の中で速度を落とし、ゆっくり旋回しながら地面に降りた。

 地面と言っても見渡す限りさくさくの雪だ。

 私はそこへ降りたが、どこにもドラゴンなんかいない。

「いないじゃん」

「キュー!」

 子ドラゴンが鳴くと、地面がブルブルっと震えて雪の山が割れた。

「えーーーーーーー!」

 雪が割れてどさどさと降り注ぎ、あやうく生き埋めになるところで、私の目に真っ青の壁が見えた。その壁をずーっと上へ見上げると、巨大なドラゴンがいた。 

「雪の山じゃなくて、ドラゴンの身体に雪が積もってただけか」

 子ドラゴンがふわふわと浮いて、上の方のドラゴンの顔あたりまで上昇して甘えるように鳴いた。

「で、その刀傷はどこよ!?」

 大きな声で叫ばないと吹雪の風で話なんか出来ないし、苦しそうなドラゴンの咆吼が時々聞こえてきた。

「ここですじゃ」

 と白爺がドラゴンの前足の付け根をさした。

 確かに黒い傷があり、そこから体液が流れだし、肉が腐っていくような臭気がした。

「聖魔法ねぇ。ブック!」

 ステイタスを確認出来るブックを取り出し、ページをめくる。


「せ……聖魔法……ヒール……癒やし、体力回復、魔力回復、状態異常回復、ホーリー……アンデッド系に攻撃または呪い、汚れを修復する効果……ふーん。そんで……? えっと聖なる光よ、聖魔法使いの名において命ずる、邪悪なる死霊達を闇へ返し、その傷を癒やしたまえ!!」

 と本に書いてある通りに唱えて、傷の近くに手を当ててみる。

 パッと光が発し、それは目を瞑ってもまぶたの中が真っ白になるくらい眩しい光だった。

 

 誰もしばらくしゃべらず、子ドラゴンでさえ、ぎゅっとドラゴンにしがみつき、おっさんや白爺も惚けたようにドラゴンの傷の辺りをじっと見つめていた。

シュワシュワと白い湯気のような物がドラゴンの傷から溢れだし、それは風に流されて消え去った。

 そして「グワワワワ!!!」という咆吼があがり、山や地面が揺れた。

 そしてドラゴンが立ち上がった。

「わーやった、やったでぇ」

 と格調の低い声でおっさんが言った。


「いたぞ!」

 と怒鳴る声がし、馬の駆ける音、騎士達に血気盛んな声が聞こえてきた。

「え、どうすんの? こっから」

 と言う私の目に飛び込んできたのは先頭を真っ先に駆けてくる、ガイラス・ウエールズ侯爵その人だった。


「ちょ、あれ侯爵じゃない? やばくない? 顔、見られたくないんだけど!」

 と言うと、白爺が首を傾げた。

「国を守ったあなたの偉大なる功績は」

 とか言い出したので、

「だからそういうのいいんで。私、モブでいいんで! とにかく隠れたいんです! とりあえず、消えたい! 何かない? き、消える魔法……えーっとハイドロ! かな?」

「うお! りりちゃん消えたがな」

 とおっさんの声がした。

「マジ? 消えてる? 私、見えない?」

「見えてへん、見えてへん、凄いな!」

「しーっ」

 私からは侯爵が馬から降りて駆けてくるのが見えた。

「団長! 危険です! ドラゴンが!」

 と部下の声も聞こえてくる。

「今、ここに人がいた。消えた? まさか。ドレス姿の女だった……」

 侯爵がブツブツいいながら周囲を歩く。

 ドラゴンは侯爵や軍隊を見下ろしているが、攻撃する気配はなかった。

 そうだ!


「人間よ」

 と私は声を出した。

 侯爵がぎょっとした感じで辺りを見渡した。


「人間よ。伝えたい事があります。このアイスドラゴンは隣国で死霊王に呪いの刀傷を追わされ負傷し、逃げてきたのです。アイスドラゴンが死んだら死霊王の穢れがこの地に放たれ、ドラゴンも氷の核になって国全体を凍らせて皆、死に絶えるところでした。傷は癒やしました。人間に危害は加えません。ですからドラゴンをそのままにして撤退しなさい」


「あなたはどなたですか」


「私は……雪の精霊みたいなもんです。このドラゴンよりも隣国で勢力を伸ばしている死霊王を警戒しなさい」


「確かに……その噂は聞いているが」


「それと貴方には妻がいますか」


「ああ、いるが」


「あなたに女難の相が出ています。妻以外に愛しく思う女性がいるなら、妻とは離縁してあげなさい。離縁した後も女が一人で生きていけるように、金目の物をたくさん持たせてあげなさい」


「え? 私には妻以外にはそんな女はいない。というか結婚したばかりで妻にもまだ数回しか会えていない。このアイスドラゴン討伐の任務の為、我が領地に戻っても屋敷に顔を出す暇もなく急いでここまで来たのだ」


「それと召使いの躾もちゃんとしなさい」


「あなたは……」


「さあ、もう行きなさい」


 と私が言うと、侯爵はため息をついて踵を返した。


「くしゅん」

 やっべ、くしゃみでちゃった。

 侯爵は一度振り返ったが、また首をかしげながら部下達の方へ戻って行った。

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