第11話 暖かい茶の一杯も

 普通なら大きな門の前には家令を先頭に、侍女やメイド達、黒服の執事達が何人も待ち構えているはずだ。

 侯爵家へ嫁いできた伯爵令嬢だよ?


「お待ちしておりました、奥様」

 と寄ってきたのは、まだ若いメイドで、私を見てふふっと笑った。

「どうぞ」

 メイドは私の先に立って歩き、開いたドアを先に抜け、玄関内に入る。

 私のサラが、「ちょっとお待ちなさい。あなた」と言ったが、私はそれを押さえた。

 どうせなら最後まで手の内は見せてもらいたいからだ。


「こちらですわ」

 と案内された部屋は一応は侯爵の妻の為に用意された部屋なのだろう。調度品は豪華で美しく、テーブルや椅子も素晴らしい品だ。絨毯はふかふかで、ソファにクッションも添えてある。

「では」 

 と言ってメイドが去って行こうとしたので、

「侯爵様はどちらにいらっしゃるのかしら?」

 と声をかけると、

「先日、こちらへお戻りになられましたけど、今朝早く、王都へお戻りになりました」

 と言った。

「そう……いつお戻りに?」

「さあ、存じません」

「あなた、お名前は?」

「……はぁ」

 え!? ちょっと待って、私の勘違いでなければ今、ため息つかれた?

「クラリスですけど」

 ですけど?

 ですけど?

「クラリスね、分かりました。もういいわ」

 クラリスはふんって感じで踵を返し、部屋を出て行った。


「何なんですか、あれでも侯爵家のメイドですか? リリアン様に対する態度! それに私は仮にも女主人付きのレディーズ・メイドですよ? 何の挨拶もなしですか!」

 ドアが閉まるや否やサラが憤慨して言った。 

「そうね、こういう場合は侯爵様がいらして、家令一同も揃って出迎えるはずだけどね」

 伯爵家の図書室でここ数ヶ月。本を読んで過ごしたのは伊達じゃない。

 さすが部屋は豪華だが、北の領地で寒さを感じる季節に部屋の暖炉に火も入れてくれないばかりか、遠方から来た奥様に暖かい茶の一杯も出てこなかった。


「どういう意味なのかしらね?」

 仮にも自分達の主人が迎えた妻に対してのこの振る舞い。

 私はこの屋敷の女主人になったのだから、人事権に口を出す権利さえあるのに。

「サラ、悪いけど暖かいお茶が欲しいわ」

 と言うとサラが、

「分かりました。すぐに」

 と部屋を出て行った。


「妖精のおっさん、いる?」

 と声をかけると、小さいおっさんが二、三匹、ひょこっと現れた。

「ついてきてると思ったんだ。ね、サラについていってみてもらえない? ちょっと内情を知りたいの」

 手の平にピンク色の魔力をためると妖精のおっさんは嬉しそうにそれを抱き締めながらふらふらっと部屋から消えた。

 と思ったら、部屋のあちこちから別の妖精が顔を出した。

 警戒してるのか、こちらには近寄ってこない。

「あなた達、この屋敷の妖精さん? こちらの妖精はおっさんじゃないのね」

 老若男女、様々に見せる妖精がふわふわと飛んでいる。

 可愛い少女のような子もいるし、おじいさんみたいな格好もいる。

 男の子もいるし、太ったおばさんみたいなのもいる。

「へえ、妖精って言ってもいろいろいるんだね」

 一匹の男の子みたいな妖精が私の方へ飛んで来て、手のひらあたりに止まった。

 私が動くと慌てて飛び去る。

「あー、魔力のおやつが欲しいのね? いいけど、あなたちのお屋敷の人は私に暖かいお茶の一杯もくれないのに、私はあなたたちにおやつをあげなきゃならないの?」

 と少し意地悪を言うと、妖精達はしょぼんとした顔をした。

「嘘、ごめん。冗談よ。私はこの家に嫁いできたリリアンよ。どうぞよろしくね」

 手のひらに魔力のボールを集めて、それをふいっと空間に投げてやると、一斉に妖精達が群がった。

 しばらくそれを眺めていたら一番年かさの白い髭を生やしたじいさんみたいな妖精が近くへ飛んで来て、

「ありがとございます、こんな上質の魔力を食べたのは久しぶりで」

 と言った。

「え! しゃべれたんだ! うちのおっさん達、しゃべらないんだけど」

「それは……あまり人間とは近しい仲にはならないのが我らの掟ですのでね」

「へえ」

「あなたから溢れる魔力だけで我らにはご馳走ですのに、惜しげもなく最上の魔力を分けていただいたのだ、感謝の意を伝えとうございます」

「へえ、まあ、いつまでいるか分からないけどよろしくね。うちのおっさん達とも仲良くしてやってくださる?」

 白い髭の白爺はにこっと笑って丁寧なお辞儀をした。

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