第7話 謁見終了とルミカ嬢

 謁見の時間は無事終わり、国王とその一団がその場を退いても皇太子とルミカは不満そうな顔で突っ立ったままだった。

「皇太子様は侯爵様の素顔をご存じなかったのね。幼いころから騎士団に守られて自らも剣の手ほどきをうけられたでしょうに」

 と私はつい呟いたのだがそれを耳にした侯爵がふっと笑って、

「あなたのような箱入り娘にも私の噂が届いてますか。二目と見られない醜い男だと? そしてそれを承知で侯爵家へ嫁ぐとは噂通りの方だ」

「噂通りですか?」

「ええ、魔術師の家系で唯一魔力が発現せず、美しいが病弱で気弱な姫」

 侯爵の言葉には侮蔑が含まれていた。

 役立たずの娘を醜い侯爵へ押しつけ、その資金にあやかりたい伯爵家。

 そして親の言いなり黙って従う気弱でウジウジした娘。

 本当にね。もうマジ腹立つ。

「あなたの素顔が世間で言うところの醜い男ではなかったように、私も役立たずの娘でなければよろしいですけどね」

 とだけ私は言った。

「確かに伯爵家のお嬢様はいつも涙で潤んでいる瞳が美しいと聞いていたが」

「そうですわ、私、一年中、花粉症ですの」

 と言ったが、きっと意味が分からないのだろう、侯爵は首をかしげただけだった。

「では姫、次に会うのは大師堂で。私はまだ任務が残っておりますので」

 侯爵は丁寧に腰を下げた挨拶をし、私の手の甲に触れるか触れないかのキスをした。

「なんか食えそーにない人ね。早々に離縁してもらいましょっと」



 その夜、我が伯爵家では親しい人を招いての晩餐会となった。

 親族や親交のある同じような家柄の貴族達。

 皆が一応にリリアンが侯爵家へ嫁ぐ事を僥倖であると口々に言った。

 引っ込み思案であがり症、緊張のあまりまともな受け答えをするのも難しいリリアンが格上の侯爵家でやっていけるのか、皇太子の提案だからどちらも断れないにしても恥だけはかかせてくれるな、という風な事をべらべらとしゃべり続ける伯母様や大伯母様や、顔を見るのも初めてのようなお祖父様がたくさんいた。

 晩餐会だというのに当の侯爵は最初に顔は出したが、引退するまでの任務が溜まっているらしく、私にはお愛想の一つも言わずに帰ってしまった。


「リリアン、あなたがいなくなると淋しいわぁ」

 とルミカが言った。

 王都で最新のモードというドレスを着ていて、華やかで何かいい匂いがして、綺麗で派手で皇太子妃にはぴったりの女性だな、と私はそんな事を考えていた。

 ルミカは意地が悪くて、リリアンはよく返答に困っていた。

「あなた、侯爵家の奥様になるのだから、今までみたいにぼーっとしていては駄目よ? 分かってらっしゃる?」

「あーはい」

「妖精様が見えるとか言って、一人で窓際でうふふとか笑っているけど駄目よ? 頭のおかした方と思われると伯爵家にも迷惑がかかるのよ?」

「あーはい」

「妖精様が見えるのは魔力がよほどなければ見えないの。街の外にいる魔物などは誰しも見えるけど、妖精様は女神様の眷属なのだから、賢者様か大魔法使い様くらいしか見えないの、それをご存じ?? ご存じないわよね?」

「あーまあ、はい」

 妖精のおっさんは確かにいる。

 今もルミカ嬢のふわふわリボンの先にぶら下がって遊んでいるんだけど。

「こんな調子で大丈夫なのかしら。私はあなたの友達ですから心配ですわ。嫁いですぐに離縁されるなんてよしてくださいね」

「ありがとうございます。大丈夫です。そう言えば、侯爵様も醜いってほどじゃなかったですね。安心しました」

 と言うとルミカがちょっと口を尖らせた。

「ま、あ、まあ、そうね。この世の者とは思えないほどではなかったですわ。でもアレクサンダー様の方が素敵ですけど」

「はあ」

「それに、とても剣の腕がよくお強いらしいですけど引退されるんでしょ? そうなったら田舎の侯爵なだけですものね。まあ、あなたとはお似合いですわ。私がアレクサンダー様に嫁ぐ日には田舎から出てきて見にいらしてね? 王宮からパレードをいたしますから。今からその為の準備で大変ですのよ。アレクサンダー様も私も衣装やら何やら。国中から集めた宝石に上等の布、外国諸国からの贈り物もたくさんになるでしょうし」

「はあ」

「そう言えば、アレクサンダー様が私の為に国で一番腕のいい仕立屋のデザインをね」

 私は延々としゃべり続けるルミカを眺めていた。

 よくしゃべって元気だなぁ。

 私はね、今日の朝、王様への謁見の為に早起きしたんですよ。

 晩餐会でもあっちこっちからひっきりなしにご高説をいただいてあんまり食べられなかったんですよ。

 

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